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「あーはっはっは、どうした、早くやれ!! 3・2・1……」
覆面が引き金に指をかける。
ディーラーはしかし、パソコンのモニターを見つめたまま、マウスの握る手を動かさなかった。
恐怖で動けなかったのではない。動かさなかったのだ。
ディーラーの中年男性は、もうここで死んでもいいやと思った。
かつては華のビジネスだった証券業も、長年の不景気でいまや斜陽産業だ。2008年のリーマンショック後、投資家たちは手痛い損失を受け、株の世界から離れていった。口座開設数も手数料収入も年々右肩下がりだ。
俺が悪いんじゃない、時代が悪いんだ。それなのに、ノルマを達成できないこと、支店の業績が落ちること、そのすべての責任が彼ひとりに背負わされていた。
残業時間は月180時間を超える。このまま過労死するくらいなら、強盗に撃ち殺された方がずっと楽に違いない。さあ、はやく、俺を殺してくれよ。
ディーラーは覆面を見つめ、観念して目を閉じた。口元は微笑んでいるようでさえあった。
安らかに眠ろう。
「待って!! おじちゃんを殺さないで!!!」
とつぜん聞こえた少女の声に驚き、目を開ける。
短パンに黒いシャツを着た、中学生ほどの女の子が、走ってくるではないか。
これは夢――なのか!?
ディーラーはぼんやりと眺めることしかできない。
少女は覆面と中年のあいだに立ちふさがると、銃口を直視したまま両腕を真横に広げた。
中年男性は、少女の背中に守られている現状を察し、呆気に取られる。
「て、てっめえ……どっから入りやがった」
覆面から血走った目を見せ、男は問う。咄嗟の出来事に、彼は混乱するばかりだった。
「えへへ、チョコパイをさがしてたの」
頓珍漢な答えが返ってきた。
「は、はやくそこをどけ。死にたくなければな」
声を凄ませて強盗は言った。
目の前の少女を殺したくなかった。
澄んだ黒い瞳が、病気で死んだ妹にそっくりだったのだ。
金だ、金さえあれば、妹は助かった。この世の絶対の正義は、金なんだ。
だからこそ、俺は組織に入った。
搾取される側から、支配する側に移るために。
この世界を支配し、経済を牛耳っている権力をぶっ壊す。
妹を殺した社会に、セカイに復讐してやるんだ。
だから、頼むからそこをどいてくれ。
俺はお前を殺したくないんだ。
「いいよ、あたしを殺しても。その代わり、おじちゃんを救ってあげて」
少女は無垢な笑みを浮かべて言った。
覆面のなかで目を見開き、歯をがちがちと震わせる。
ああ、駄目だ駄目だ駄目だ。殺せるわけが無い。
神よ!! どうして俺にこんな残酷な試練を負わせる!!!
死に際の妹の笑顔がフラッシュバックする。死の三日前に、妹は言ったのだ。
『もう……いいよ。あたしのことはもういいから……その代わり、お兄ちゃんは生きて……』
俺は妹を救えなかった。救えない救えない救えない。
だから、目の前の少女は"救えない"
覆面は決意を固めて銃を握りなおした。