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死にたい少女とチョコパイ聖戦  作者: 五条ダン
第一話 死にたい少女と覆面強盗
2/8

「あーはっはっは、どうした、早くやれ!! 3・2・1……」


 覆面が引き金に指をかける。



 ディーラーはしかし、パソコンのモニターを見つめたまま、マウスの握る手を動かさなかった。


 恐怖で動けなかったのではない。動かさなかったのだ。


 

 ディーラーの中年男性は、もうここで死んでもいいやと思った。

 かつては華のビジネスだった証券業も、長年の不景気でいまや斜陽産業だ。2008年のリーマンショック後、投資家たちは手痛い損失を受け、株の世界から離れていった。口座開設数も手数料収入も年々右肩下がりだ。


 俺が悪いんじゃない、時代が悪いんだ。それなのに、ノルマを達成できないこと、支店の業績が落ちること、そのすべての責任が彼ひとりに背負わされていた。

 残業時間は月180時間を超える。このまま過労死するくらいなら、強盗に撃ち殺された方がずっと楽に違いない。さあ、はやく、俺を殺してくれよ。


 ディーラーは覆面を見つめ、観念して目を閉じた。口元は微笑んでいるようでさえあった。

 安らかに眠ろう。



「待って!! おじちゃんを殺さないで!!!」


 とつぜん聞こえた少女の声に驚き、目を開ける。


 短パンに黒いシャツを着た、中学生ほどの女の子が、走ってくるではないか。



 これは夢――なのか!?

 ディーラーはぼんやりと眺めることしかできない。


 少女は覆面と中年のあいだに立ちふさがると、銃口を直視したまま両腕を真横に広げた。

 

 中年男性は、少女の背中に守られている現状を察し、呆気に取られる。



「て、てっめえ……どっから入りやがった」

 覆面から血走った目を見せ、男は問う。咄嗟の出来事に、彼は混乱するばかりだった。



「えへへ、チョコパイをさがしてたの」


 頓珍漢な答えが返ってきた。



「は、はやくそこをどけ。死にたくなければな」

 声を凄ませて強盗は言った。


 目の前の少女を殺したくなかった。

 澄んだ黒い瞳が、病気で死んだ妹にそっくりだったのだ。


 金だ、金さえあれば、妹は助かった。この世の絶対の正義は、金なんだ。

 だからこそ、俺は組織に入った。


 搾取される側から、支配する側に移るために。

 この世界を支配し、経済を牛耳っている権力をぶっ壊す。


 妹を殺した社会に、セカイに復讐してやるんだ。


 だから、頼むからそこをどいてくれ。

 俺はお前を殺したくないんだ。



「いいよ、あたしを殺しても。その代わり、おじちゃんを救ってあげて」


 少女は無垢な笑みを浮かべて言った。



 覆面のなかで目を見開き、歯をがちがちと震わせる。

 ああ、駄目だ駄目だ駄目だ。殺せるわけが無い。

 

 神よ!! どうして俺にこんな残酷な試練を負わせる!!!


 死に際の妹の笑顔がフラッシュバックする。死の三日前に、妹は言ったのだ。


『もう……いいよ。あたしのことはもういいから……その代わり、お兄ちゃんは生きて……』


 俺は妹を救えなかった。救えない救えない救えない。

 だから、目の前の少女は"救えない"


 覆面は決意を固めて銃を握りなおした。



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