前科持ち
「奈美子先生、前科者だらけのとんでもないクラスを受け持ちましたなあ」
音楽主任の花岡先生が気の毒そうに言った。
近年、公立の小学校で学級崩壊が増えている。
なかでも私が受け持つことになった二年三組は(刑法41条の改正により)どの子も前科を持っているという最悪のクラスだった。
「本来ならば私が担任になるはずだったのに申し訳ない」
花岡先生は私に頭を下げた。
花岡先生は生徒からバーコードじいちゃんと呼ばれ、親しまれている。
だがその一方、からかわれやすい性格で、授業に支障をきたすことから担任を外れたのだ。
「気になさらないでください。問題児といっても小学二年生。全力で頑張らせて頂きます」
私は笑顔で答えると、ホームルーム帳を手に、小さなスナイパー達が待つ戦場に向かった。
『最初の出会いがその後の一年を決定する』これは私が師と仰ぐ教戦士・カーツ・O・シーの言葉だ。
その言葉を胸に私は教室の扉に手をかけた。
と、頭上に黒板消しが挟まっているのが見て取れた。
「古典的なトラップを・・・」
私はフッと笑いながら、それをまず落とした後、勢いよく教室に飛び込んだ。
その途端・・・。
スッテーン!
なんと、上に注目させておいて床にバナナの皮を並べて置くという、さらに古典的なトラップにひっかかってしまったのだった。
「ハハハ奈美子ちゃん、パンツ丸見え~!」
生徒達に大笑いをされてしまった。
「なめてんじゃねえぞ、てめえら! こちとらァ前科16犯、魔道奈美子だ! ちんけたことをしさらすとドタマ勝ち割るぞォ」
私は祖父譲りの大声で啖呵を切ると、ホームルーム帳をバシーンと床に叩きつけた。
クラスは一瞬にして静まった。
私にはドラマのような「極道教師」という異名がつき、気の弱い子が二、三人ちびったが、これは仕方がない。
小学校低学年のクラスでは何よりも正常なクラス運営が要求されるのだ。
ちなみに私が言った前科16犯というのは嘘ではない。
なぜこれほどの前科が付いてしまったのかと言うと・・・、
「は~い、ストップ! 魔道奈美子はこれで前科17犯~」
突然、コンビニの陰から出て来た元同級生の警察官、吉岡が私を止めた。
「自転車で傘をさすのは違反だと前にも言ったよな」
吉岡が楽しそうに反則キップを取りだした。
自転車事故を防ぐ為、厳罰化が計られたのは一昨年。以来、罰金を科せられるケースが増えたのだが、問題は自動車にはある反則金制度がない為、すべてが刑事手続きの対象となることだ。
その為、二人乗りや無灯火といった自転車での違反には、いわゆる前科が付く。
子供達に前科持ちが多いのもその為なのだ。
それなのに、他の警察官なら見逃してくれる些細なことでも、この吉岡は見逃してくれない。
「教師をクビになったら俺の嫁になれよ~」
吉岡はヘラヘラ笑いながら私に反則キップを手渡した。
「誰がてめえの世話なんぞになるか!」
私は捨てゼリフを残してその場を去り、家に戻った。
濡れた髪を乾かす為にドライヤーをかけていると、無造作に置いてあった反則キップを祖父に見つかった。
極道を生業に、これまで殺人以外は全部やった豪語する、とんでもない祖父・魔道凶太郎。
その祖父から「おお、これで奈美子は前科17犯か。その年で俺を越すとは大したもんだ」と褒められてしまった。
前科も安くなったもんだね。
( おしまい )