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黄昏ナイト  作者: oga
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久々上げます

 トマトは、心身ともに疲弊していた。




何せ、子供の頃から憧れていたドラグーンナイトの選抜試験に、とうとう応募資格すらなくなってしまったからだ。




適当な地元の騎士団に入隊し、少なくとも39までに入隊する算段だったが、その人生設計はもろくも崩れ去った。




寮を抜け出し、退団代行というサービスを利用して退団すると、実家でしばらく寝て過ごしていた。




手頃な小説やらを全て読んでしまい、手持ち無沙汰になると、夜、鬱屈とした感情に襲われる。




トマトは自室のベッドで天井を見上げた。






「ゔゔゔ…」






 心の中の言葉にならない、苦しみ。




胃から喉元に競り上がり、呼吸を止めようとしてくるようだ。




トマトは、声を出さなければ、気がおかしくなるなりそうだった。




「…くそ」






 トマトはベッドの傍らにある、どこぞの雑貨店で購入した、魔法砂時計を見た。




これは、眠りに入ると砂が落ち始め、すべての砂が落ちると6時間経過したことを意味するが、3分の1程度しか落ちていない。




つまり、2時間程度しか寝付けなかった。






「休みだぞ、今日」






 くしゃくしゃの頭を掻きむしって、ベッドから出ると、階下のリビングへと降りる。




元々騎士団に入っていたトマトは、夜間訓練や24時間警備といった任務をこなしており、2時間睡眠が取れれば十分頭は働いた。




それでも、休日(といっても近頃は毎日が夏休みだが)にこれでは気分が良くない。




リビングに降りると、父と母が既に朝食にありついていた。




父が卵焼きをほおばりながら言う。






「おい、暇なら町の工事を手伝ってやれ。近頃異常気象で大雨続きだ。被害が大きいから、雨水貯留の池を川の横に新たに作るらしい」






 すると、母が横から口を出す。






「トマちゃん、今うつ病なんだから、そういうことはできないの!」






「馬鹿言え、家で寝てばかりいる方が調子がおかしくなるだろう」






 トマトの父は今は退職しているが、ドラグーン騎士団を勤め上げた元騎士だった。




退職後も朝は剣を振るい、体を鍛えている。






「体育会だよな。俺はついてけねーわ」






 しかし、特にやることも無く、その場から去りたくても行く当てがない。






「…」




 




 どうしようかと立ち止まっていると、母が言った。




トマトが向かったのは、町にある蟻塚美術館である。




地下が迷路のように張り巡らされている為、そのような名前らしいが、かつては難攻不落のダンジョンだったらしい。




そこで伝説の剣展示会というものがやっていると母親から告げられ、レンガ通りを下っていた。






「伝説の剣シリーズはちょっと刺さるんだよなぁ」






 トマトは伝記に出てくるような、魔法道具がミニチュア化された、魔法道具ガチャに一時期ハマっており、その中の第6弾「伝説の剣シリーズ」のコレクターでもあった。




剣の種類は全部で7本だが、今回はその内の3本の実物が展示されているらしい。




チケットは予約制で、小動物便を使って予約を取るのが一般的。




息子の為にこのチケットを母親が予約しており、お節介だな、と思いつつも、内心ちょっとテンションが上がる。




母が続けざまに言葉を紡ぐ。






「リッスン、今回は上手く予約してくれたのよ。前からほら、木の中に予約票丸めて詰め込むクセがあったじゃない?最近大丈夫なのよ」






 リッスンとはリスの小動物便のことで、3回に一回は配達をしくじるポンコツペットであった。






「だから郵便はリスじゃダメなんだ。やはり、カラスが一番早いし賢い!」






 父と母がぶつくさ口論になる脇を通り過ぎて、トマトは外へ出た。




ちなみに、ふつーに人が届けりゃいいだろ、とトマトは内心思うのであった。




レンガ通りを進むと、その先に洞窟の入り口があるが、周りは足場で固められ、どこから入るのか分かりにくい。




どうやら、近頃の大雨で蟻塚の入り口が崩れかけているようだ。




ちなみに、この街はかつてこのダンジョンの攻略で賑わい、ダンジョンを中心に街が発展していた。




トマトが足場をくぐり、中へと入ると、受付カウンターへと向かう。




チケットを見せると、エレベーターへと案内された。






「今日は平日だから、空いてるみたいだな」






 行列ができているかもと勘ぐったが、その心配も無く、エレベーターに乗り込むことができた。




もちろん、現代的なエレベーターではなく、鎖で吊るされたカゴに、手巻きのハンドルで階下へと降りるタイプのものだ。




それに乗り込むと、案内人の女性が言った。






「では、封印を解除します」






 剣が置かれている場所は、普段は封印されているフロアで、特別な資格を持つものが封印をといてそこへと向かう。




封印をとくと、ガラガラと鎖の音がして、下のフロアへとカゴが動く。




しばらくして到着し、カゴから飛び降りると、鉄の檻がグラグラ揺れる。




客はトマト一人で、荘厳な展示室へと足を運んだ。




展示室なだけあってか、床は大理石で、高級感がある。






「こちらになります」






 軽々と先に降りていた案内人の女性(名札にはトミゑと書かれている)が、先へと促す。






(トミゑ…)






 この見た目は40代くらいの女性、一体実年齢はいくつなのか、とトマトは気になったが、明け放たれた扉の向こうに展示されたものに、目を奪われた。




そのフロアには、ガラスケースが3つ並んでおり、トマトは一目でその剣がどんなものか分かった。






「奇跡の剣マスカレイドだ。こっちはまどろみの剣!」






 刀身に妖精の刻印が施された奇跡の剣マスカレイドは、一振りで世界を平和にしたと言われる。




45代勇者リーンカンが最後の所有である。




まどろみの剣はレイピアのような細い刀身で、グルグルと円を描いており、現代において、それを作る刀鍛冶は存在しない。






「ふふ、オタクさんね」






 トミゑが生暖かい目で見守る中、トマトは遠吠えを上げた。






「すっげぇ!これ、マジ?モノホン?」






「はい、暗黒剣ダークソウル。触って見ますか?」






「え、いいんスか!?」






 トミゑはショーケースの鍵を開けると、蓋を外して、どうぞ、と言った。




まさか、トマトが7本の剣で一番形状の好きな、ダークソウルに触る機会があるとは。




手袋とか大丈夫か確認すると、トミゑは微笑んだ。






「うんこした後の手でなければ」






「大丈夫大丈夫、ちゃんと手ェ洗ったからさ」






 トマトがその剣に触れると、頭の中から声がした。






(…なんかネガティブっぽいやつ来たなぁ。君、誰?)






「え?何だ?」






(ボクだよ。ダークソウル。年は1000と7歳。精神年齢は7歳くらいだけどさ)






「小1か?」






「アナタッ!」






 突然、甲高い声がした。




振り返ると、トミゑが巨大なハンマーを携え、トマトの前に立ちはだかっていた。




次の瞬間には、トミゑの振りかざしたハンマーが地面を砕いて、トマトと剣は奈落の底へと落ちていった。






「…つっ、ここは!?」






 目を開けると、草むらの上に大の字に寝そべていた。




確かに、あの時、自分は砕けた瓦礫と共に暗闇へと落ちていったハズだった。




突如、頭の中から声が響く。






「ワープしたからヘーキさ」






「うわっ!」






 驚いて剣を投げ捨てる。




手にしていたのは、ダークソウルだった。






「ワープだって?」






 急に心拍数が上がる。




下手をしたら死んでいたかも知れないし、生きていても難攻不落のダンジョンに閉じ込められる所だった。




そう思ったら、トマトはこの剣に恩がある。




もう一度拾いなおすと、また声がした。






「あのおばちゃんさぁ、多分ボクらの声が聞こえてたんじゃない?ちなみに、ああ見えて87歳ね」






「は、87… なんか魔法でも使ってんのか?」






「うん。で、かなりのやり手だよ。ボクが君を選んだと思って、即座に攻撃してきた」






「俺はお前に選ばれたのか?つーか、お前の前任者ってまさか…」






 剣が、怪しく光った気がした。




そして、次の言葉を紡ぐ。






「うん、魔王マオリンだよ」






 暗黒剣の前任者は魔王。




トマトは、自分でも全く望んでいない方向に話が進んでいるな、と焦りを覚えた。






「捨てていいか?」






「呪い殺すよ?」


降り立った草むらは、どこか見覚えがある。






「これ、うちの裏庭じゃねーか?」






 どうやら、ワープは自分の知っている場所にのみ、移動できる仕組みらしい。






「違うよ。正確には、ボクの知ってる場所だよ。亜空間にトンネルを作って、空間から空間にワープするんだ」






「いやいや、何でお前が俺の家の近辺を知ってるんだよ」






「あれ見て」






 あれ、と言われてもどの方角か分からないが、どうやら剣を帯刀していると視覚の共有もできるらしく、ちょい右、とか、ちょい下とか声をかけられる。




その視線の先には、木でできた杭が地面に突き刺してあり、下手くそな字で「まおりん、ここにねむる」と書かれていた。






「まおりん?聞いたこと… あ、魔王か!」






「そうなんだ。たまたまワープに失敗して、地上10メートルから落下しちゃってさ。中途半端な距離から落ちたから、苦しんで死んでったね」






 遺体はそこら辺の子供に手伝ってもらい、地面に埋めたらしい。




墓碑の字が下手くそなのは、子供の字だからのようだ。




家に帰る道中(と言っても、すぐ着いたが)、マオリンについて話を聞かされると、マオリンは好き好んで魔王になった訳ではないらしい。




ただ単純にワープで世界を巡る旅行をしていた際、亜空間の穴から凶悪な魔物(主にドラゴン)が飛び出してくることがある。




節度を守らず使っていた為、魔物が大陸に溢れ、いつの間にか魔王の称号を得たとの事だった。




トマトは夕飯のシチューを口に運びながら、話の続きをした。






「お前さ、魔王の死に際に立ち会ったんだろ?人が死ぬ時って、どんなこと考えるんだ?」






 母親が眉間にシワを寄せて、テーブルの向こうから言う。






「やめてよ、そんなキモチ悪い話するの」






 父親も同調する。






「そうだぞ。それに、食事中くらい、剣を握るのをやめろ」






「剣から手を離したらコイツの話聞けねーんだよ」






 ちなみに、ダークソウルの声は半径1メートル程度、テーブルを囲む範囲なら、ちょっと耳を傾ければ聞くことができる。




ダークソウルがトマトの先ほどの問いに答える。






「苦しんで死ぬ人の頭の中は、あんまり知らない方がいいよ。ニンゲンの尊厳に関わるからね」






「尊厳とか、精神年齢7歳がそんなこと知ってんのかよ」






「精神年齢7歳ってだけで、知識は人並みにあるからね」






「そんなことより、裏庭に魔王の墓碑があるなんて、お母さん、びっくり!まおりんじゃなくて、マーリンかと勘違いしてたのよ。「お」を「あ」だと思ってたの、やーねぇ」






 手をヒラヒラさせて一人で笑っていると、父親が咳払いをした。






「どうでもいいが、さっきの話のワープ、それだけは使うんじゃないぞ。もしまたドラゴンが現れたら大変なことになる。私たちがどれだけ苦労して奴らと戦ってきたか」






 父はかつてドラグーンだった。




ドラグーンは、魔王の呼び寄せたドラゴンを討伐する為、組織されたのだ。




トマトが立ち上がる。






「ちょっとトイレ行くわ」






トマトはトイレに籠ると、ブブブ、と屁の音とともに濾過されたモノを尻から吐き出した。




そして、便座を覗き込むと、そこには赤い池ができていた。






「何なんだコレ…」






 近頃、よく血の混ざる便をすることが多いが、それがエスカレートしているようだ。




痛みは伴っていないものの、肛門がはみ出して、指で押し込まなければならず、歩いていると不快感がある。






「結構酷い痔だね」






「…痔なのか、コレ」






 ダークソウルに肛門を見せる(ズボンを下ろし




、床に置いた剣に跨る形)






「アナグラム諸島ってとこに、痔の手術が得意な先生がいるけど、ワープで行ってみる?」






「マジか!…でも、ワープ使ったら魔物がこっちにやってくんだよな。あんまりホイホイ使えねーよ」






 トイレットペーパーを巻きながら考えるトマトだが、ダークソウルは続けた。






「でも痔の治療は大変だよ。悪化したら、下手したら一生うんこする度に肛門が飛び出す不快感と付き合わなきゃいけないし、治療できる医師もこの辺にはいないし。船でアナグラム諸島まで行くのに、海路で片道2週間はかかるよ」






「う〜ん」






 トマトが便座で腕を組んでいると、扉がノックされた。






「なんだよ、入ってるよ」






 あ、ゴメンね、と断りを入れたのは母親だ。






「取り込み中悪いんだけど、アナタのことでちょっと話があるの。あなたは今ニートでしょ?でも、お父さんもお母さんも仕事はして欲しいと思ってるの。そりゃあ、最初に結構大変な兵団に入って、うつ病患って戻ってきて、今休憩なのは分かるわ。お父さんも、もう少し気を利かせて、顔の利く兵団でも紹介してくれたら良かったんだけどね。昔は厳しかったかもだけど、今は反省もしてるから… あれ、トマちゃん?」






 既に、個室にはトマトの姿は消え、流し忘れたうんこだけが残されていた。




夢か幻か。




竜の顔をした、人の形をした者が手を伸ばしてくる。




やめろ!とトマトが叫ぶと、次の瞬間には船の上にいた。






(今のは?)






 トマトが手にしていた剣に問いかけようとすると、ダークソウルは言った。






「この船はアナグラム諸島に移動する船で、乗組員のほとんどはひどい痔を患ってる」






 トマトが見渡すと、船は巨大な帆船で、屈強な船乗り以外に、しきりにお尻を押さえる人がちらほらいる。




トマトはつぶやいた。






「肛門がはみ出してくるんだよな。指で押し込まないとダメなんだわ」






 うんこをした後の、あの不快感を知っているトマトは、仲間が何人もいるみたいで、少し嬉しくなった。






「ちょっと、あのマストの方向に剣を振るってみてよ」






「ん、何でだよ」






「いいから」




  




 ダークソウルに促され、周りに人がいないことを確認して、マストの方角に剣を振るう。




すると、剣閃が真っ直ぐ伸びて、マストの柱を真っ二つにした。




柱が倒れ、船乗りたちが叫ぶ。






「何が起きた!?」






「…は?」 






 トマトがキョトン、としていると、ダークソウルは悪びれる様子も見せず、言った。






「イボ痔の切除手術は1年前から予約で一杯だからね。この船を落とせば、キャンセルで滑り込み診察できると思うよ」






 トマトは血の気が引いた。




そして、アイツだ!とトマトを指さして、屈強な男たちが向かってくる。




男たちが飛び掛かるのと同時に、トマトはワープした。


ワープした先には、小綺麗なレンガの家。




表札には、痔の名医の家、と書かれていた。




ダークソウルが何事も無かったかのように言った。






「ここだよ、中に入ろう」






「っざけんな!」






 トマトは腹の底から大きな声を出した。






「お前のせいで、もし船が沈没でもしたら、何人死んだ!?」






「やったのはボクじゃないし。何でボクのせい?」






「…は?何言ってんだ」 






「剣を振るったのはお前だよね。何でボクが人殺しみたいになってるの?」






 確かに、剣を振るったのはトマトであり、ダークソウルではない。




そして、意地の悪い声で囁く。






「それにさぁ、多分、お前は何人かの人の命と、自分の痔の痛みを天秤にかけても、自分の痔の治療を取るんじゃない?」






「そんなわけあるかっ」






 トマトは恐ろしくなり、剣を手から離した。




自分は何か間違った方向に誘導されている。




そんな気がしたが、トマトは知ってしまった。




ワープの便利さと、強力な剣の力。




それに魅力されたかの如く、自然と手が落ちた剣に伸びる。






「…」






 もう一度、剣を手に取ると、ダークソウルがまた囁く。






「大丈夫だよ。人は他人の痛みに鈍感だからさ。さあ、中に入ろう」






「…治療が終わるまでだ」






 トマトは、痔の名医の家の中へと入った。




中に入ると、正面に受付があり、待合室には老若男女、様々な人がいる。




トマトは歩み出て、受付の女性に声を掛けた。






「あの、痔の治療をしたいんですが」






「ご予約は取られているでしょうか?」






「いや、でも多分…」






 そこまで口にして、どう説明したらよいか迷った。




何せ、これから団体が予約をキャンセルするから、見てほしい、という説明をすれば、なぜそんなことが分かるのか?と問われるだろう。




トマトは改めてこう言った。






「…予約はしてないです」






「申し訳ございません。当院は完全予約制でして、今からですと、半年先の診察になりますが」






「キャンセル待ちとか、でないですかね?」






「そうですねぇ… そういう通知は急に入ったりするので、運が良ければ」






「じゃあ、また後で来ます。せっかくここまで来ちゃったし、キャンセル待ちに賭けてみますよ」






 受付の女性は申し訳なさそうな顔をして、すいません、と言った。




待合室から出ると、トマトは辺りを見回した。






「しばらく時間を潰すか。この辺は来たことねーし、観光でもしようぜ」






 一人でつぶやいて、街中へと向かった。




アナグラム諸島は小さな島で、半日もあれば島を一周できてしまう。




船着場は一つで、そこから少し歩いた所に栄えた街がある。




トマトのいる診療所も船着場から徒歩圏内で、賑わった居酒屋へと歩を進めた。




夕方、賑わう居酒屋。




その客の中に、何やら見覚えのある塊がいた。




トマトが目を凝らすと、2人の男がいて、向かいの席の一人が気がついた。




オールバックにひげをたくわえた男だ。






「あれっ、お前、トマト?」






「バッカスさん?」






 そこにいたのは、トマトがかつて所属していた兵団の同僚、バッカスであった。




さらに、同じ席にもう一人、ハンサムな男がいるが、彼もかつての同僚で、名をタッカーと言う。




トマトが聞いた。






「サシ飲みですか。まさか、こんな所で」






 バッカスに手招きされて、空いていた席に着く。






「タッカーが独身最後になんねん。だから、男水入らずの旅行や」






 タッカーが恥ずかしそうにエヘヘ、と言う。






「結婚するんですか、おめでとうございます」






 バッカスがそやねん、コイツ!とタッカーの背中を叩く。




そして、トマトが退団してからの話を始めた。






「お前が辞めてから、結構変わったでー。兵団もブラックやったけど、基本給上がったしな。俺も、主任に昇格した」






 トマトはおめでとうございます、と言ったが、内心、同僚の昇格の話など面白くも無かった。






「で、お前はどやねん」






「俺すか、俺は別に…」






「そっか、まあ、ええか。とにかく、退団は失敗やで。気が向いたら戻ってきいや。俺が使ったる」






 トマトは机の剣の柄を握り締めた。




一瞬の怒り。




顔は笑っていたが、心中穏やかではない。




すると、心に声が響く。






「やっちゃいなよ、こんな奴」




「何言ってやがる」






「ん?」






「いや…」






 ダークソウルの囁きに、思わず声が出る。




ドクドク心臓が脈打つ。






「座った状態で抜き放って、横のやつもやっちゃいなよ。すぐワープすれば多分足はつかない」






 トマトは冷や汗をかいた。




この場の衝動に身を任せて、バッカスをきり伏せてしまえば、すっきりするかも知れない。




しかし、落ち着け、と言い聞かせる。




バッカスが異変を嗅ぎ取る。






「どした?何かあったか?」






 びくっ、と体を動かし、立ち上がった。




2人が突然立ち上がったトマトを見やる。




一瞬の沈黙。




バッカスの腰にも剣がある。




一瞬だが、妙に長い間に感じる。




そして…






「…トイレ、どこだ?」






「何やねん、トイレかい!そこや、はよ行け!」






 トマトは、はは、と笑いながら席を外した。




そしてトイレから外へとワープして、荒い息遣いを整えた。




路地裏で背中を丸めて、はあ、はあ、と呼吸をする。






「ヤバかった、何か言われていたら、斬りかかってた」






「何だよ、せっかくのチャンスだったのにさー」






「お前…」






 しかし、これからまた眠れない夜になるかも知れなかった。




同僚のことが寝る前に頭に張り付いて、嫌な気持ちになるに違いない。




それを打開するには、殺すしかないのか?




トマトは吐露した。






「俺は俺が嫌になるよ。相手が上手く言ってたり、そういう話に強く嫉妬しちまうんだ」






「それは普通なんじゃない?誰だって、自分が主で、自分が誰よりも優位に立ちたいと思うし」






「そうかもな。奴らを見返してやりたい。でも、殺すやり方じゃなくて、だ」






 トマトの目には涙が浮かんでいた。




悔しかった。




殺してやりたい衝動もあった。




それでも、何とかその場から離れることで、怒りをやり過ごすことができた。




トマトは気晴らしに小高い丘の上に来ていた。




ここからは街を一望でき、日が暮れ始めていた。




半分になった太陽を眺めながら、トマトは言った。






「なあ、ダークソウル。もし人を殺しちまったら、どうなる?」






「ボクに聞かれても分からないよ。人を斬ってもニンゲンじゃないし、何の感情も沸かないかな」






「でも、お前は剣で、持ち主は剣士な訳だ。しかも暗黒剣だろ?」






「暗黒剣なんて誰かが適当につけた名前なんだし、使い手次第でボクはワープの剣だったかもよ。あ、でも確かに、歴代で56人を故意に惨殺した殺人鬼がいたなぁ」






 トマトはこの夕日に暮れる街を眺めながら聞く話じゃないな、と思いつつ、その殺人鬼の心理が気になった。






「そいつはどんな心境で56人も殺したんだ?」






「世間じゃ無差別殺人とか言われてたけど、復讐だよね。彼、見た目に障害があって、子供の頃からずっとイジメられてたんだ。で、自分の関わりのある人を皆殺しにしたんだよ」






「…復讐か」






 さっきのバッカスとか、まさにそうだ。




もし、煮えたぎる殺意があれば、ブレーキは効かないかも知れない。




ダークソウルが続ける。






「で、実際一人目を殺した時はすごいテンション上がってたよ。脳汁ドバドバ的なさ。自分にこんな力があるんだ、とか、ザマァ見ろ、とかね。一人目はジャイガスって地元で有名な悪ガキ、二人目はスネッコ。三人目はドラマ。で、殺さないと酷いうつ状態に悩まされるようになってたよ」




「自分は正しいのか、間違っているのか?でも、殺された方にも問題がある」






 トマトはその話を聞いて、答えの無い問いをグルグル頭で考えてしまう、あの眠れない夜を思い出した。




正解にたどり着いた気がしても、翌朝にはそれが正解なのか分からなくなる。




殺人鬼の、「自分はイジメられたから、殺された方に非がある」というのは、男の主観的な考えに思えた。




しかし、世間では絶対的に人殺しが悪い。




そのせめぎ合いで、悩むんだろう、とトマトは思った。






「…話変わるけどよ、俺もさっき、自分の人生を否定された気がしたんだ。だから、かっとなった。それは俺自身が正解が分からないからだ。出世したり、結婚したりが世間の答えなら、俺には何もないからな」






「人ってムズい生き物だよね。まあ、ボクも人の為に作られた剣な訳で。悩みなら聞くけど」






 突然、そんなことを言った剣に対して、ふっ、と思わず笑みをこぼした。






「殺したら即解決じゃねーのが、面倒くせぇよ。対話しなきゃならねー。俺がモヤモヤを抱えてる相手一人一人と、これからな。その為にお前のワープが必要になるかもな」






「その都度、モンスター出るけどね」






 丘の上に人と剣の笑い声が響いた。




そして、トマトは立ち上がった。






「ちょっと元気出たし、仕事でも探してみるか」






 すると、1羽のカモメが頭上を横切った。



1羽のカモメは、海から診療所へと向かった。




どうやら、トマトがマストを斬った船からの通達のカモメと思われた。






「予約キャンセルの通達かな。少し心が痛むが」






 トマトは立ち上がって、痔の治療をすべく診療所へと向かおうとした。




しかし、もう日が暮れ、通常なら診療所も閉まっている。






「今日はもういいんじゃない?」






 ダークソウルに促され、それもそうだな、とトマトは頷いた。






「そしたら、いっちゃうかな〜」






「ん?どこに?」






「決まってんだろ」






 トマトは邪な考えを胸に、ダークソウルを握り締めた。




 




「あ、歓楽街へ、わ〜ぷぅ」






 手を広げ、首をグルンと回す。




なぜそれを知っているのか謎だが、歌舞伎の決めポーズをすると、ワープを指示した。




暗い、ジメッとした一室。




そこにトマトはやって来た。






「ん、いきなりベッドルームか?女の子とか選べないの?」






 すると、扉をノックして、現れたのはボンテージの女性。




しかし、手にムチを携えている。






「ダークソウル、久々ね」






「やっちゃっていいよ、スミちゃん」






 ダークソウルと目の前の女性が何やら話をしている。






「どゆこと?」






「ここはお仕置き部屋だよ。ボクの力を邪なことに利用しようとしたからね」






 パアン、とムチがしなやかに動いて、トマトの体を打ちつける。






「痛ぁっ」




  




「言っておくけど、これはご褒美じゃないからねっ」






「は、はいいっ」






 パアン、とムチが弾け、しばらく悶絶するトマトであった。




トマトは108回の鞭打ちで煩悩をたたき出され、むしろ清々しい気持ちでいた。




本来満員のハズの診療所だったが、今日は大量のキャンセルにより、ガラ空きである。






「少し悪い気もするけど、やっちまったもんは仕方ねぇよな」






 自分がマストを切断したという罪悪感もかなり薄れ、煩わしい痔から解放されることの方に嬉しさが滲む。






「人気テーマパークの列を割り込みして乗っちゃう優越感あるよね」






 ダークソウルが意地悪げに呟くと、よく分かんねーけど、とトマトが返事する。




診療所で受付し、名前を呼ばれ中へと入ると、そこには髷を結った初老の男が座っていた。




壁には、血文字と思しき文字で描かれた紙が張ってある。






「痔世の句じゃ。切離された痔たちは、逝く間際にそれを詠むのじゃ」






「は?…何かよく分からねーけど、治療してくれんのか?予約してないんだけど」






「ワシはただ目の前の痔を斬る、ただそれだけじゃよ」






 髷の男は、腰に携えた刀を手に取ると言った。






「ケツをさらせ。そして、半紙を穴の前に置くのじゃ」






「半紙?ああ、痔世の句、ね」






 男が刀を構える。




トマトはズボンをずり下げ、紙を足元に置いた。




男が叫ぶ。






「いざっ、秘剣御尻太刀、痔極回転斬りぃぃ!」






 剣閃が放たれ、空を幾度が斬る。




ブシュ、とトマトの尻から血が噴き出し、いぼ痔が切断された。




半紙には血文字でこう書かれていた。






「こりゃ、アニメ化は、無理だ」






白い空間に、白い服を身にまとった男と女。




2人が言った。






「私たちは、トマトさんから切離された双子の痔、キキキとラララです。トマトさんは1ヶ月ほど、痔の切り傷の治療に専念していました。ここに、それを記した日記があります」






 青い髪のキキキが、それを読み上げる。




これは、トマトの手書きによる治療ダイジェストである。






1日目 切離した傷がズキズキしてまともにあるけねぇ。とりあえず今日は実家のベッドで横になるしかない。固形物は食べたくないから、親にゼリーを大量に買ってきてもらった。






5日目 排便時がめちゃいてー。ケツの切り傷にうんこ擦り込んでるみたいで、そりゃいてーわな。




つか、ここまででかなりメンタルやられてる。人生で一番キツイ経験なんじゃねーの?






10日目 食欲はあるから、うっかりどか食いしちまった。排便が地獄になる。排便時はマジで神様に祈りながら、頼むっ、て感じでうんこしてる。




でもやっぱ痛い。






20日目 もう勘弁して欲しい。俺は何回も何回も神様に懺悔したよ。神様、俺が何か悪いことしましたかって。まあ、ワープを何回も使ったのは謝るよ。でもこの仕打ちは酷くないか?尻の傷を毎日ダークソウルに見せてるが、治ってはきてるらしい。






「そして、一ヶ月が経過し、傷はかなり良くなりました。しかし、まだ排便時には傷が疼くようです。それでは、また」






 ジャー、という音と共に、キキキとラララは水に飲まれ、流された。






「さーて、行くか」






 トマトは黒いマントをはおり、腰にダークソウルをこさえて家を出た。




ケツの傷はまだ疼くが、母親と父親に見送られながら、ハロワに向かう。






「近所に仕事探しに行くだけでしょ」






「俺にとっては人生を変える一歩なんだよ」






 ダークソウルがふぅん、と気のない返事をする。




道中、顔が鳥で体が熊のような化け物の死体を取り囲む討伐隊に遭遇した。




双剣を携えた甲冑の男が言う。






「ふぅ、近頃この手の魔物が増えてきたな」






 もう一人の弓の男が言う。






「ああ、魔物狩りの依頼が急増しているらしいな」






 トマトは2人の会話を小耳に挟んで呟いた。






「最近、異常気象だし、そういうのが関係してんのかもな」






 レンガ通りを歩いて行くと、古めかしい建物に、斜めに傾いた看板。




そこには、掠れた字でハロワ、と書かれている。扉を開けようとするトマトにダークソウルが忠告する。






「普通の職安って、あんまりいい求人ないんじゃない?」






「でも、それしかねーだろ」






 中へと入り、壁面に並んでいる仕事募集の案件を見る。






「確かに、魔物討伐案件がかなりあるな」






 急募、と書かれた緊急の討伐依頼が多い。




割は良いが、トマトの探す求人とは質が違う。






「激務型よりまったり働きてーんだわ。お、これなんか良さげだな」






 トマトが手にしたのは、とある屋敷の警備であった。


トマトは履歴書を記入し、ハロワへそれを持ち込むと、受付の7番窓口に案内された。


ちなみに今日はダークソウルは家に置いてきていた。


理由は、剣を持ちすぎて少し横の肋に痛みがで始めた為だ。


窓口に案内されると、やや茶色がかった髪の30代前半くらいの整った顔立ちの女性が受け答えをした。




「履歴書を拝見させて頂きました。この経歴なら、間違いなく書類は通ると思いますが」




「…でも俺、無職の期間ありますけど」




「3ヶ月程度の無職期間なら、大して不利にはならないと思いますよ。それより、この警備より割の良い求人もございますが」




 女性は懐から1枚の紙切れを取り出した。


それは、屋敷の「魔物退治」という任務の依頼で、報酬は前金で500ゴールド、討伐成功でなんと2000ゴールドもの大金を得られるというものだった。


トマトはどうしようかと迷った。




「警備は1日10ゴールド。でもさ、俺、金を稼ぐことより、今は働く事自体に意味を見出したいんだよ。色々考えてさ、ニンゲンってやつは、やっぱ働くようにできてんだよ」




「じゃあ、この話は無かったこと…」




「ちょい待ち!やっぱ、やってみようかな…」




「では、こちらにサインを」




 トントン拍子に話が進み、コショウ臭さも感じつつも、トマトは用紙にサインをした。


「で、採用されたんだ」




「ああ、結構な倍率だったらしーけど」




 トマトはダークソウルを紐でくくり、背中から背負って歩いていた。


腰に差して歩くと、脇腹付近が痛くなるので、そうしている。


たどり着いたのは、家から15分程歩いた街の中心から少し離れた、寂れた雰囲気の場所。


もらった地図を見て、確認する。




「ここだな、入ろうか」




 トマトは人が住んでいたらかなりの金持ちに違いない、洋館へと歩を進めた。


扉を開けて中へと入ると、入口にダンディなスーツの男がいた。




「お待ちしておりました、私、この屋敷の管理をしております、バンドゥと申します」




「バンドーさん、よろしく」




 促され、中へと入ると、広めの吹き抜けたリビングに通される。


見渡すと、既に4人の先客がいた。




「これで揃ったんかぁ?早く始めよーぜ、体が鈍っちまう」




 大柄の男が言った。


男の名はベンケイ。


数多の兵団兵士に決闘を挑み、勝利を収めてきたお尋ね者である。


使用する武器は、聖なる槍、グングニル。




「黙っていろ、口が臭いんだよ」




 壁に体を持たせていた長髪の色男が言った。


彼の名はコジロー。


今まで戦いで返り血を浴びたことがないという、神童。


使う武器は、自在変化マサムネ。




「はあ、はあ…」




 残り2人は、ひたすら額の汗をハンカチで拭う、中年のハゲたサラリーマンと、竜の面をした女性。


巨大な槍が横薙ぎに振られ、突風が起こる。


コジローはそれをお辞儀をする形で避け、剣の柄に手をかけた。




「俺にこれを抜かせたら、お前の死は確定するぞ」




「口の聞き方を知らねぇZ世代だな」




 ベンケイは巨大な槍を片腕で軽々振り回し、その軌道は滑らかな曲線を描く。


コジローは紙一重でそれをかわしていく。


すると、竜の面をした少女が言った。




「あの槍、魔力をかなり溜め込んでるわ。やばいかも」




「御名答、喰らえ、竜頭蓋崩し!」




 槍の矛先と石突きから、青と赤の竜の頭を模したエネルギーが発せられる。


その頭2つが弾け合い、ランダムな軌道を描く。


コジローが呟く。




「面白い、ブロック崩しの要領か。じゃあこちらも」




 刀の銀色が閃いたかと思うと、何事もなかったかのように、頭蓋は消えていた。


チリンチリン、と鈴の音がする。


部屋の中央には、いつの間にかバンドゥがいた。




「みなさん、準備運動はお済みですか?今から、私の道楽に付き合ってもらいます。ルールは簡単、「笑ったら負け」です」




 みな、何が起きたのかさっぱり分からない。


コジローも、剥き出しの刀を握ったまま、キョトン、としている。


すると、ベンケイが大笑いした。




「がっはっは、キサマ、やるな!キサマがこの屋敷のモ…」




 セリフの途中で、ザア、砂になりベンケイは崩れ去った。


「お分かりいただけましたか?笑ったら、塵となって消えます。細かいルールはありません、そして、最後の一人に2000ゴールドをお渡しします」




 そう言い残して、バンドゥは部屋から出ていった。


トマトは今、笑った瞬間に即死する状況にため息をつきそうになる。




「…やっぱり、高額な求人はトラップじゃねーか」




 張り詰めた空気。


突然、コジローが動いた。


ぬるりと前に躍り出ると、刀を持ったまま言った。




「コジローだばかやろっ、コマネチ、コマネチ」




 しかし、誰一人として笑わず、サラリーマンが前に出る。




「ハゲビーム、ビビビ、ビビビ」




 頭に指をあてがい、コジローにハゲを見せつける。




「ぶっ、ギャハハッ」




 ザア、とコジローは砂と化し、崩れ去った。


ネクタイを直しながら、砂を見て呟いた。




「案外、ゲラだったようですね。さて」




 トマトは唖然とした。


このなりふり構わずギャグを繰り出す男こそが、この中で最大の強敵であった。


ダークソウルがトマトの心に語りかける。




「このシチュエーション、くだらないギャグがツボる危険あるね」




「ああ、だったら攻めるだけだろ」




 トマトはサラリーマンの前にやってくると、いぢり始めた。




「頭はハゲ、着崩したスーツ、絶対リストラだろ。てか、この世界観に似つかわないよな」




「…」




 しかし、男は笑わない。


変わりに、ネクタイを頭に巻いて、千鳥足になる。




「おお〜い、サザエ〜、今帰ったぞぉ〜」




(や、やばい、カウンターだ)




 トマトは波平のモノマネに一瞬、笑いそうになった。


「うがあああっ」




「…!」




 トマトは笑いを堪える為に、自分の足の甲にダークソウルを突き立てた。


血が噴き出し、痛みで叫び声を上げる。




「お、驚いた。まさか、痛みで笑いを紛らわせるとは」




 サラリーマンはトマトを見やり、見所のある男だ、と言った。




「大した度胸ですよ。あなたをここで殺してしまうのは惜しい気がします。どうでしょう、私と手を組み、あのバンドゥと名乗る者に喧嘩を売りませんか?」




 すると、トマトの後ろから、ニョキ、と何かが現れる。


それは、ちぃかわのお面をした、女性。


彼女はいつの間にか、竜のお面を取り替えていた。




「ぶふっ」




 思わず吹き出すと、サラリーマンはそのまま砂となり消えた。




「ツボ、そこなんだ」




 ダークソウルが砂となったサラリーマンを見下して言う。


トマトは何が起きたのか理解できず、後ろを見た。




「…何か、変わってるし」




「久しぶり、ダーク」




 女性がそう言い、ダークソウルが返事をする。




「…まおりん?」




 女性がちぃかわのお面を捨て去ると、そこにいたのはハロワにいた受付の女性。


そして、トマトが油断している隙に、凄まじい速さでダークソウルを腕からくすね取った。




「あっ!」




 女性は背中の翼を広げ、宙を舞った。


手には鱗、瞳は爬虫類のようなラインが入っている。




「何だコイツ、ドラゴン?」




 そして次の瞬間には、その場から姿を消していた。


トマトは呆然と立ちすくんでいた。


自分の相棒をふんだくられた上に、それをしたのがまさかの魔王まおりん(確証はないが)だったのだ。




「死んだんじゃ、なかったのかよ」




 そう呟くと、いつの間にかその様子を見ていたバンドゥが言った。




「死んだものが蘇り、体は竜のなりをしていた。もしかしたら、彼女は竜の血を飲んだのでは?」




「竜の血?」




「ええ、あくまで噂ですが、竜の血を飲んで死ぬと、低確率で蘇ると。しかし、アレはもはや人と呼べる代物では…」




 まおりんは死ぬ間際に竜の血を何らかの方法で摂取し、蘇った。


しかし、体は竜に侵食され、本人の意思があるかは分からないらしい。


トマトは言った。




「でもよ、ダークソウル云々言ってたってことは、まだ竜に意志を飲まれた訳じゃないんじゃねーの?」




「いや、逆に竜の意志がそうさせた可能性もあります。あの膨大な魔力を保有する剣で、竜の世界を作る気かも知れません」




 ダークソウルは亜空間と繋がることができ、ドラゴンを大量にこちらに呼び寄せることができる。


バンドゥの言うこともあながち、適当ではない。


 その後、トマトは賞金の2000ゴールドを受け取ると、実家へと戻った。


そこで、伝説の剣マスカレイドと、まどろみの剣の適任者をドラグーンの中から選定するよう、父に伝えた。


ダークソウルとまおりんの件を父親に託し、トマトは夜の高原を走っていた。


手に入れた2000ゴールドで、ウイングと呼ばれる鳥と馬の中間のような、主に移動に使う生物を手に入れた。


それにまたがり、背には新調した剣、腰には天体望遠鏡。


今からトマトは、天体観測をしに、とあるポイントに向かっていた。




「この先だ」




 木々の間を縫い、猛スピードで丘を駆け上がる。


トマトは、自分は世界を救ったり、そんな大それた宿命よりも、目の前の地味で冴えない仕事に目を向けていた。


それが自分にはちょうどいい「目標」なのだ。


そう悟った。


今は警備の仕事をして、小さな目標を積み重ねている。


木々を抜けると、一気に視界が広がり、満天の星空が見えた。


空には巨大な輝くクジラや、飛び跳ねる魚、鳥や動物たちが光をこぼしながら駆け回っている。


ウイングを停めて、そこから筒を覗き込む。




「あれは、何て星座だろうな」




 心のモヤモヤの正体は、何なんだろうといつも考えていた。


俺はうつ病なのかとか、悩んで叫びたくなる日もある。


俺はある日、気がついた。


このモヤモヤは「不安」なんだと思う。


俺らは、家にできた傷のことを考えて凹んだり、薄くなった頭を鏡で見て、やばい、どうしようとか考える。


小さいことにフォーカスを当てて、わざわざ不安になるんだ。


モヤモヤの正体は漠然とした不安。


俺は、安心できる場所を探していたんだ。




終わり


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