第六章 聖家族との出会い
第一節 聖家族の家への招き
それから数カ月後、ある日の夕暮れ時のことです。イエス様は突然に思い出したような調子で言いました。
「あっ、そうだ!今日父ちゃんと母ちゃんが来るんだった。おじちゃんに会いたいんだって。」
ルシエルは慌てふためきました。地上でルシフェルはあまり関係のない人間とは接触したくなかったからです。ルシフェルは呆れてイエス様に言いました。
「あのね、坊や、そう言うことは早くに言ってほしかったな。もう本当にノーハッスルでお願いしたい。」
ルシフェルが何か口実を作って逃げ出そうとしましたが、イエス様はすかさずルシフェルに言いました。
「ほらおじちゃん、こっちに来ているよ。」
イエス様は遠くの丘から下ってくる小さな二人の人影を指差しました。緑の多いガリラヤの平原に大きく盛り上がった丘にある小さな鄙びた村がナザレだったのです。人口数は三百人ほどでした。イエス様はルシフェルの手を引いて両親の元に歩いて行きました。ルシフェルは観念して心の内に呟きました。
「これはまずいことになった。ご両親に何の面識もなく、ご両親の了解を得ていない私が、毎日坊やと会って、勝手に青空教室みたいなことをしているのだから怪しまれても無理はない。二十一世紀だったら私は不審者でお稚児さん趣味のある変態だ。下手すると未成年者略取誘拐罪に該当する。馬鹿が治る薬だって薬事法違反でコンプライアンスに抵触しているではないか。我ながらノーベル賞受賞並みの妙薬だと思っているのだけどな。どうしようか?まあ型とおりの挨拶だけして暇乞いしよう。」そして夕方暗くなる頃にはお互いの風貌が認められる程に近づき、岡の麓の広場で顔を合わせました。ルシフェルがぎこちなく会釈するとヨセフ様とマリヤ様は深々と頭を下げ、優しい眼差しをルシフェルに向けました。
寡黙な人と呼ばれるヨセフ様は決断し実行する父性の徳性がありました。それは労働者聖ヨセフへの祈りの言葉とおりです。『こうしてあなたはイエスが成長するまで、天地創造の御業を行う天の御父の姿を示す役割を、担ってくださいました。それは、人間の父としての最高の姿でありました。』。
また一点の曇りもない信仰と神の御旨への完全な依託の印であるマリヤ様ですが、まだ少女の面影が残っていました。その頃のマリヤ様はまだ十七か十八のお年で、まだあどけないお顔をしていました。一見するとイエス様の姉のようにも見えました。マリヤ様は白粉気のない田舎娘のようでしたが、その素朴で率直な性格と相まってマリヤ様の内面の美しさが溢れ出ていました。マリヤ様は屈託のない眼差しでルシフェルを見つめていましたが、憧憬の気持ちを強く抱きました。それは少女が抱く、まだ見ぬ世界や理想像、あるいは手の届かない存在に対する純粋で切実な想いでした。どのような淑女や聖女にも、この抑え込んでいた少女が時折頭をもたげることがあるようです。マリヤ様はほつれ毛を直してルシフェルの美しい顔立ちを見惚れていました。マリヤ様はルシフェルに敗北を知らない凛とした美しさを見い出し、図らずも心を奪われてしまったのです。しかしすぐにハッと冷静になり、ベールを取り出して顔を覆いました。
そんなマリヤ様の動揺を被い隠すのに折良く、イエス様が無神経な言葉でルシフェルを両親に紹介しました。
「ほら、これがチンチンついていないおじちゃんだよ。」
マリヤ様は慌ててイエス様の口を手で塞ぎました。もがき暴れるイエス様を必死に抑え込み、情けない顔で非礼を詫びました。ヨセフ様も恥ずかしさで顔が真っ赤になってルシフェルに詫びました。
「ああ、これは内の子が大変な無礼をいたしました。躾が行き届いてなくて申し訳ありません。どうかお許しください。申し遅れましたが手前はヨセフと申します。この子の父親で、ナザレで大工をしております。木工品や生活用品を手掛けています。近くに交易で盛んなイズレルの谷のメギドがありますので、そこから仕事を受けては生計をなんとか立てている次第です。そしてこれが手前の家内のマリヤ、イエスの母です。」
マリヤ様は恭しく頭を下げました。ルシフェルは怪しまれていないことにホッとし、素っ気なく言いました。
「私は迦具夜と申します。東京…でなく東方から、ノドの地より遥か東の最果てで、流浪の地から来ました。そうそう、エチオピアで宦官として仕えていたこともあります。そして啓示の星に導かれ、この坊やにお勉強を教えていた次第です。それでは暇乞いさせて頂きます。」
ヨセフ様は慌ててルシフェルを引き留めました。
「どうぞ僕の家に立ち寄り、足を洗ってお泊りください。そして、明日の朝早く起きて出立なさってください。」
ルシエルは首を横にふりました。
「いや、結構です。私はこの広場で夜を過ごしますから。」
ヨセフ様は更にルシフェルを説得しました。
「『あなた達が待ち望んでいる主は、突如、その聖所に来られる』と預言されているではありませんか。主は隠れていらっしゃるのです。主はお忍びで来られるのです。それ故手前共は旅人をもてなすことを忘れてはならないのです。それは気づかずに天使達をもてなすことにもなるからです。」
ルシフェルはヨセフ様の熱意に根負けして承諾しました。
「アハハ、この私が天使ですって!はいはい、ヨセフさん分かりました。降参します。では、お言葉どおりにしましょう。」
そしてヨセフ様は一緒に引いてきたロバに乗るようルシフェルに勧めました。ナザレの村落は坂道が多く、丘の中腹にあるヨセフ様の家までには坂道をだいぶ登って行かねばならなかったのです。
第二節 田舎っぺの神様
ヨセフ様はルシフェルを乗せたロバを引いて、ナザレに至る岡道を進んで行きました。暫くすると粗い石畳の道になりました。その道は馬車が通れるほどの幅で、辺りはひっそりとしていました。イエス様の手を引いて後からついてくるマリヤ様はガラリヤ訛りを恥じながらルシフェルに自嘲して言いました。
「本当に何もない片田舎ですね。迦具夜様に満足して頂けるおもてなしができるかどうか。トーラーにはナザレと言う地名なんか出てきませんから。なんでも都かぶれのお上品な人達は『ナザレから何か良いものが出るだろうか』と言っています。でも今日はナザレに何か良いものが来てくださって嬉しく思いますわ。」
ルシフェルは軽く笑いながらガラリヤ訛りで答えました。
「えっ、マリヤさんはガリラヤ出なのですか。まあ、よく調べなくてもいいですよ。神はなかなか茶目っ気のあるお方で、ガリラヤから預言者を出されるのです。そして田舎者が神となるのです。神は意表をつくやり方で人々を動かされ、その田舎っぺの神は後世に多大な影響を及ぼします。」
ルシフェルの流暢なガラリヤ訛りを聞いたマリヤ様は明るく笑って言いました。
「まあ、迦具夜様ったらとてもお上手ですわ。」
そしてルシフェルを乗せたロバがナザレの近くまでに来ると比較的豊かな民家がまばらになりました。家は日干しレンガを積み上げたもので、その屋根は草ぶきに粘土などで塗られた簡素なものでした。時折遠くから家畜の鳴き声がし、風に乗って糞尿の臭いが運ばれました。ブドウ畑を横目に過ぎると葡萄絞りの岩場が現れました。そこには朽ちたやぐらもありました。ナザレに入ると小さなシナゴーグがあり、その先にヨセフ様の家に至る小道が分かれていました。小道に入った所にオリーブの根株があり、そこから若枝が出ていました。その枝は神の前に若木のように、乾いた土から出る根のように育ちましたが、見るべき姿も威厳も慕うべき美しさもありませんでした。余談ですがナザレという名の語源は、ヘブライ語で若枝を意味するNetserから由来しています。
第三節 新しい墓
辺りがすっかり暗くなった頃、一行はヨセフ様の家の近くにある井戸(Mary’s Well:マリアの井戸)に着きました。家は柔らかい石灰岩の岩盤を掘り抜いた洞窟住居でした。岩窟の中はいくつか住居用の横穴があり、居間や寝室の部屋となっていました。またその奥にはヨセフ様の大工仕事場となっていました。
ヨセフ様は小さなオイルランプを灯して手に取り、ルシフェルに足元の注意を促しました。
「迦具夜様、足元が暗いのでご注意下さい。ナザレは坂道が多く、水汲みだけでも大変ですが、家の近くに井戸がるのは幸いですわ。」
当時の婦人と同様にマリヤ様の家事は水汲みだけではありませんでした。粉挽きやパン焼きなどの食事の支度と、羊の毛を紡いで毛織物をこしらえていました。また近隣の農家の繁忙期には野良仕事も手伝わなければなりませんでした。更に後年はお子様が七人いましたので、イエス様一人だけを世話焼くわけにはいかなかったのです。御多分に洩れずイエス様は野生児のようになりました。自由奔放な悪童の名を馳せ、ナザレの悪太郎と称されるお子様でした。
それからヨセフ様はオイルランプを家の戸口にかざし、済まなそうにルシフェルに小声で言いました。
「こちらが手前共の拙宅でございます。実は手つかずとなった古い共同墓地を手前が安く買い取り、居住用に改装したものです。全く恥ずかしい話です。手前のうだつが上がらないこともありますが、心ない人達の下世話な話に晒される家内とイエスが可哀想で可哀想で、こんな人気のない所を家にしております。」
ルシフェルはヨセフ様を慰めるために祝福しました。
「ヨセフさん、それはとんでもない!古い墓ではありません。誰もまだ葬られたことのない新しい墓なのです。今から後、主にあって死ぬ死人は幸いなのです。その墓は地獄への古い入り口なのではなく、天の国への新しい入り口なのです。」
第四節 足だけでなく手も頭も清い
部屋に通されたルシフェルは足を洗うためサンダルを脱ぐようにマリヤ様から促されました。ルシフェルは恐縮して固辞しましたが、マリヤ様が次の言葉を恭しく言ったので承諾しました。
「わたしは主の端女です。どうかこの端女に迦具夜様のもてなしをさせてください。そうでなければ端女は迦具夜様と何の関わりもないことになるからです。」
マリヤ様はルシエルの前に跪き、水を入れたたらいでルシフェルの足を洗いました。マリヤ様はルシフェルの足に驚きました。長身なわりには女のマリヤ様より一回り小さな足。うぶ毛が一本もなく透き通るような白い肌のふくらはぎと良く締まった細い足首。しなやかな足指と真珠の輝きを放つ爪。そして赤子よりも柔らかな足の裏。マリヤ様はルシフェルを嫉妬し、つい憎たらしくなって強めに手拭いで足を拭いてにこやかに言いました。
「オホホホ、ごめんあそばせ、痛かったかしら。それでは食事の支度をしますので、どうぞごゆるりとおくつろぎください。」
席を外し厨房で一人になったマリヤ様はとてもはしたないことだと思いましたが、抑えがたい好奇心に負けて足を拭った手拭いを嗅いでみました。それはこの世の物とは思えないかぐわしい香りを放っていました。凡そ女性は匂いに敏感で、そのフェロモンであるHLA遺伝子が遠い男性を好む傾向にあるようです。しかしマリヤ様はルシフェルが人間でないことに気づきました。神の特別な思い入れによって創造された最初の天使の染色体は人間の物とは全く異なっていたのです。またルシフェルの穢れのない足は罪や過ちで満ちた大地を歩いた足でないことも悟りました。マリヤ様は放心して呟きました。
「ああ、迦具夜様は御使いでいらっしゃる。」
マリヤ様は神の御心を思い巡らし、密かに心にとめました。そしてマリヤ様は先ほどの女の浅はかな嫉妬心を恥じ入り、急いで水を入れた石のカップをルシフェルに差し出しました。
第五節 親馬鹿万歳
マリヤ様が食事の支度をしている間にヨセフ様はルシフェルに言いました。
「実は今日迦具夜様を拙宅にお招きしたのはお礼を申し上げたかったのです。迦具夜様はイエスにとって最高のラビです。お礼を申し上げます。事の次第をお話しします。なんでも家内の話だとイエスは薬が入っている巾着袋を隠し持っていたそうで、それで家内がいろいろ問い質しても何も答えてくれないのです。」
これを奥で聞いていたマリヤ様は顔を出して、すかさず言いました。
「そうなんですよ、何を聞いても『オバサン、オイラとどんな関わりがあるのです。オバサンはオイラに従いなさい。』とか、『それは、オバサンが言っていることです。』としか答えてくれません。本当に偏屈な子で腹が立ちますわ。実の母親に向かってオバサン呼ばわりなんですよ!」
ヨセフ様は目をしょぼしょぼさせて言いました。
「イエスは手がつけられない灰汁の強い子で、家内も苦労していますわ。まあそこで男親の出番ですな。イエスに逆質問してみればいいのです。『イエスは神様とどんな関わりがあるのかい?』。それと『神様はイエスに何と言っているのかい?』。するとイエスは渋々答えてくれて迦具夜様のことを存じた次第です。」
これを聞いたルシフェルは軽く笑って聞きました。
「へえ、そんなことがあったのですか、あの坊やらしい。ところで馬鹿…でなくお利口になる薬を坊やはちゃんと飲んでいますか?」
ヨセフ様は答えました。
「ええ、家内の話だと飲んでいるようです。最近イエスは心なしか聞き分けが良くなった感じがします。それと迦具夜様のおかげでしょうか、誰も教えていないのにトーラーの一節を諳んじているのです。また妙なことを手前に言っていましたわ。オリオン座の三つ星の左側にある星なんですが、太陽の三十三倍の重さを持つ星と太陽の十四倍の重さを持つ星がお互いグルグル回っているって言うんですよ。これは本当ですか?」
マリヤ様も嬉しそうに聞きました。
「そうなんですよ、片言のギリシャ語ですけどマラコス(Μαλακός)とかアスディアボロス(Ας διάβολος)とか言っていますわ。これはどういう意味でしょうか?」
ルシフェルは苦笑して答えました。
「ええ、オリオン座の星、つまり連星であるアルニタクの話は本当です。私が坊やに教えたことです。それとギリシャ語の意味は、まあ誉め言葉ですよ。お母さん大好きという意味ですよ。」
ルシフェルはそらとぼけて三味線を弾きました。コイネー(共通ギリシャ語)のマラコスは腰抜けで、アスディアボロスは地獄へ落ちろと言う意味でした。そしてルシフェルはお利口になる薬について説明しました。
「あとお利口になる薬ですが徐々に効果が出ていることは私も嬉しい限りです。本当にお利口になるのは坊やが十二歳で迎える過越祭の後です。この宗教的な儀式を経て宗教的、社会的な責任を持った成人男性としての自覚が生まれます。バル・ミツワー(Bar Mitzvah:戒律の子)の誕生ですね。ご両親に対してはモーセの十戒の第五の命令『あなたの父母を敬え』を守り、箴言の『父の訓戒に聞き従え。母の教えを捨ててはならない。』と書いてあるとおり結構な親孝行な息子さんになられますよ。本当に『この子の義務(あるいは罪)から私を免除してくださったことを感謝します。』と涙ながらに祝福の祈りを捧げたくなりますよ。そしてこの薬効が続くのは坊やが三十歳までです。だからご両親は坊やのゆく末を心配なんかしなくてもいいのです。」
夫婦は親バカ丸出しで目を細めて喜びました。
第六節 聖家族の晩餐
それからルシフェルとヨセフ様の他愛無い談笑の後、食事の用意ができました。ルシフェルとヨセフ様の一家四人が食卓につき、マリヤ様は水を満たした石のポットで差し出された手に水を流し清めました。一同が食前の祈りを捧げた後、主であるヨセフ様はパンを取り、賛美の祈りを唱え、パンを裂いてみんなにお渡しになりました。これは当時のユダヤ人の家庭や宴席で行われていた伝統的な食事の作法でした。この五つの大麦のパンの他に二匹の痩せた魚がありました。魚はガリラヤ湖で取れたもので、乾燥させた塩蔵魚のティラピヤ(ペテロの魚)でした。パンを食べる時に浸す一番搾りのオリーブオイルがルシフェルに供されましたが、他の四人はイナゴ豆を煮込んだものでした。その他は塩漬けのオリーブの実と山羊の乳から作られたチーズ、イエス様には雀の串焼き、まだ幼いヤコブ様にはミルク粥でした。ヨセフ様は恐縮してルシフェルに言いました。
「申し訳ありません。拙宅にお招きしたのに大したもてなしもできなくて。手前が家内の話を聞かなかったのです。甕の粉がつきて、壺の油がなくなっていることを知りませんでした。」
ルシフェルは気にせず答えました。
「ヨセフさん、どうぞお構いなく。私はこれで十分ですよ。ところで坊や、雀の食べ方がすごいね。骨ごとかい?」
ルシフェルはイエス様が頭から丸ごと食べている一羽の雀に目を注いでいました。マリヤ様は言い添えました。
「イエスは育ちざかりなのですけど、食べさせるものが雀ぐらいしかありません。二羽の雀が一アサリオンで売られ、五羽の雀が二アサリオンで売られています。」
そしてルシフェルはこの晩餐を象徴的で霊的な寓意を持つことに気づきました。五つのパンとは律法(モーセ五書)のことであり、二匹の魚は預言者と諸書であることです。タナハ(Tanakh:旧約聖書)は次の三つの部分に分けられます。すなわちトーラー(Torah:モーセ五書)とネイビーム(Nevi'im:預言者)とクトビーム(Ketubim:諸書)の三つです。つまり五つのパンと二匹の魚とは神の言葉であるタナハであり、神の言葉によって天の国の神の民が永遠に生きることを意味しているのです。ルシフェルはこの貧しい聖家族の信仰により、全ての生活の必要を満たすことができるよう執り成してあげたいと思いました。甕の粉がつきず、壺の油がなくならないように後で若い天使に頼みました。
第七節 シェマ、イェーシュア(Shema, Yeshua:聞け、イエス)
食事の後、マリヤ様は晩酌としてナザレの葡萄酒をルシフェルとヨセフ様にもてなしました。この葡萄酒はアルコール度数が非常に高く、水で三倍に薄めたものです。「新しいぶどう酒は新しい革袋に」と言われるとおり、発酵が進む際に発生するガスで古い革袋だと破れてしまうほどでした。マリヤ様はヤコブ様を寝かし付け、イエス様にも寝室で休むように言いつけました。しかしイエス様は大人と一緒に夜更かしがしたかったので、聞こえないふりをしていました。それでもマリヤ様がイエス様にうるさいことを言っているので、イエス様は不快感を露わにしてマリヤ様を遮りました。
「オバサン、オイラとどんな関わりがあるんだい?まだその時ではないのに、構わないでくれ!」
マリヤ様は唖然とし、ルシフェルに助けを請う目で愚痴をこぼしました。
「まあ、この子ったら一度もわたしにお母さんって言ってくれないのですよ。どうしたものでしょうか?」
ルシフェルは無頓着に答えました。
「ご婦人よ(gúnai:ギュナイ)、ご覧なさい。これはあなたの息子です。」
マリヤ様は戸惑って言いました。
「嫌ですよ、そんな仰々しい言い方のご婦人だなんて。わたしは貴婦人でなくナザレの田舎女ですよ。それに改めて言われなくてもイエスはわたしの息子です。」
ルシフェルは言葉を続けました。
「いや、違うのです。全ての母と子の祝福です。まあ、一部の人々は母子間に深い確執があると誤解しているけど、それは違うのです。後世、公の場でマリヤさんをご婦人と呼んでいるけど、それは女性として最高の尊称です。また多くの信者の手前、血の繋がりがある母といえども特別扱いはしない、一信者としている訳なのですよ。これは一見突き放して冷たい感じがしますが、実は引き上げているのです。最初の女がイヴなら新しいイヴがマリヤさんです。後世に全人類の母として聖母と讃えられるでしょう。またいつの世の人もマリヤさんを幸いな者と言うでしょう。」
マリヤ様はイエス様をたしなめる言葉をルシフェルに期待していましたが、見当もつかない未来の話をしているので呆れ果てて言いました。
「わたしがイエスの信者ですって!誰が信じるものですか、この嘘つき小僧を!」
するとマリヤ様の頭に角が生え、般若の面持ちでイエス様の耳を掴みました。イエス様はギョッとしました。そしてイエス様の耳元に低い声音で祈りを唱えました。
「シェマ、イェーシュア(Shema, Yeshua:聞け、イエス)。『主は私たちの神。主は唯一である。心を尽くし、魂を尽くし、力を尽くしてあなたの神、主を愛しなさい。』」
これはユダヤ人が朝夕唱える祈りで、両親が子供に夜寝る前の言葉として教えると言う伝統がありました。イエス様は人間の女のヒステリーを恐れ、渋々寝床に入りました。
第八節 東方の五番目の博士(真木五郎)
それから葡萄酒を一献傾けたヨセフ様はご機嫌な顔で言いました。
「昔、ベツレヘムでイエスが生まれた時、暫く手前の遠い親戚の家に身を寄せていました。すると東方から三人の博士達がお見えになりました。博士達はたいそうお喜びになり、手前共は贈り物を頂きました。そして迦具夜様も東方からお見えになって、イエスに知識の贈り物を授けられたのです。まさに迦具夜様は最高のラビです。無学な手前共夫婦は迦具夜様にとても感謝しております。手前も人の勧めで無理してイエスをラビに預けたこともあります。ところがあの唐変木のイエスは『アルファの本質を知らないあなたがどうして他人にベータを教えることができるのか。』とラビに楯突き、閉口したラビに家に帰されたこともありました。そして迦具夜様は四人目の博士ですからマギー四郎様ですな。アハハ!」
普段は寡黙なヨセフ様ですが、今日はいつになく不器用な軽口を言い、ルシフェルを寛がそうとしていました。その夫の不器用な懸命さに気づいたマリヤ様は、場を和ませるため明るく笑って言いました。
「あら、お父さんったらとてもお上手ですわ。オホホホ。」
ルシフェルは葡萄酒を舌に湿らす程度に嗜んでいましたが、陽気に応えて言いました。
「ああ、東方の三博士ですか。東方と言えばイスラエルを脅かす者達は常に東からやって来ますね。アッシリアもバビロンも然りです。三博士は東方のノドの地である流浪の地からやって来ました。神に呪われたため権力的支配を求める輩の地から。そこで三博士は幼子の坊やに安住の地を見出したのですね。礼拝すべき真の支配者、権威と富と知恵に満ちた真の王を見出したのです。ちなみに私が来た国の脅威は北です。『天高く馬肥ゆる秋』とか言っています。つまり恐い騎馬民族が夏の間に肥太らせて鍛えた馬に乗り、秋に収穫したものを奪いにくるぞと言う意味です。そして私が来た国も神無き時代の経済的支配の国から来ました。アッシリアやバビロンよりも遥か東方の国です。」
だいぶ酔いが回ったヨセフ様は目を丸くして言いました。
「えっ、マギー四郎様が来られた国はアッシリアやバビロンより遥か彼方の東方なのですか?」
ルシフェルは笑って答えました。
「そうです、ノドの地より遥か東の最果てで、流浪の地から来ました。それとマギー四郎さんは他にいらっしゃいますよ。実は四人目の博士は真珠を捧げ物とすべくベツレヘムへ旅立ちました。しかし哀れな女と出会い、彼女を助けるために真珠を手放してしまったのです。だから私はマギー四郎でなくマギー五郎です。」
そしてルシフェルはにやついて心の中で呟きました。
「うん、マギー五郎?ああ、真木五郎か。これはいいな。明星迦具夜より真木五郎の方が落ち着いた名前でいい。明星迦具夜と言ったらいかにも水商売をしている人みたいで軽々しい。そうだ、今度二十一世紀に戻ったら国のサーバをまたハッキングして戸籍を変えてやろう。」
その後、ルシフェルの与太話が続き、夫婦は腹を抱えて笑いました。夜も更けだいぶ呂律が回らなくなったヨセフ様をマリヤ様は寝室へといざないました。そしてマリヤ様はルシフェルにお礼を言いました。
「普段は無口でおとなしい主人があんなに明るく笑うなんて初めて見ましたわ。迦具夜様には感謝申し上げます。それではだいぶ遅い時間になりましたのでお休みください。お休みになられる所をご案内します。」
第九節 日の老いたる梟
別の洞窟住居に通され一人になったルシフェルはこの家に平安があるようにと祈りました。一家は平安の子のため平安はこの家に留まりました。しかし横になったルシフェルはなかなか寝付くことができませんでした。このまま夜明けが来ないのではないかと言う予期不安に襲われたのです。ルシフェルは足を忍ばせ外に出ました。空を見上げれば月のない夜で、曇りのため星々も見えませんでした。晴れていればたとえ神の沈黙を感じさせるような静寂の夜空であっても、星々は神の栄光を現します。そして声揃え賑やかに歌い交わし証しします。けれどルシフェルが仰ぎ見た夜空は墨を流したような闇があるだけでした。ルシフェルは梟に姿を変えて羽ばたきました。
知恵の深さにおいて日の老いたる者と自負していた梟は、心の中で語りました。
「私は全ての者に勝って多くの知恵を得た。私の心は知恵と知識を多く得た。私は心を尽くして知恵を知り、また狂気と愚痴とを知ろうとしたが、これもまた風を捕らえるようなものであると悟った。それは知恵が多ければ悩みが多く、知識を増す者は憂いを増すからである。」
しかし梟は神の永遠の沈黙に似た夜明けのない闇に恐れ慄き、東雲を求めて飛び立ちました。そして悟りました。
「事の帰するところは、全て言われた。すなわち、神を恐れ、その命令を守れ。これは全ての人の本分である。」
神に立ち返った梟は暗闇の中を音もなく義認の翼で羽ばたきました。神は梟を義と認めました。梟は罪の裁きから解放され、神の子とされました。そして梟は義認の救いを得ました。
その後、時折ルシフェルは日没後に一家を訪れるようになりました。ルシフェルが戸の外に立って叩くと、夫婦はルシフェルの声を聞いて戸を開けました。ルシフェルはこの家に入って、彼らと共に食事をし、彼らもルシフェルと共に食事をしました。そして神との和解の祈りを捧げました。




