第3話:四色の光
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「手掛かりになりそうな物、無いね………」
「そうだな…………」
川岸で手掛かり探しをしていた二人はがっかりとした口調で呟いた。
「やはりそう簡単にはいかないか…………」
分かっていたことだが希望がないのは辛い。
「柳…………」
稜基の気持ちが沈んでいるのに気付いた柳は彼を慰めた。
「そんな顔をしなくてもいい。一応見つからないかもしれないっていう予想もしていた。それに…………俺が思い出せるまで手伝ってくれるんだろう? なら、残念に思う暇は無い。別の手掛かりを探すさ」
「…………ごめん。一番辛いのは柳だもんね。僕がこんなじゃ柳、迷惑……だよね」
「迷惑なんかじゃない。お前は俺を助けてくれたじゃないか。それに、さっきも言ったけど記憶を戻す手伝いをしてくれるんだろう? それだけで俺は嬉しいんだ」
偽りのない柳の言葉に稜基は不安の表情を笑顔に変えた。
柳がその顔にほっとしたのも束の間だった。
「こんな所にいたのか、捜したぞ神の器よ…………」
知らない男が、いつの間にか二人の背後に立っていた。
声の主はその男らしい。
黒い修道服に身を包んだその男を見るなり、稜基の表情は険しく曇った。
「貴方は……………」
「やっと見つけたぞ神の器。部下から谷へ身を投げたと聞いていたが――生きていたとはな」
男の視線は柳に向けられていた。柳は疑問に思いつつ呟く。
「神の…………器?」
その呟きを耳にした男は軽く驚いたようだった。
「言葉の意味を知らないのか? いや、しかし…………」
「柳っ! その人に関わっちゃ駄目っ!」
稜基が大声で慌てたように叫ぶ。
「その人の服…………間違いない。その人、『朔夜』の人間だよっ!」
「朔夜?」
「暗黒の神、ナイクレーゼントを祀る宗教団体のこと! ナイクレーゼントは邪神だし朔夜の人達にもあんまりいい噂は聞かない!」
稜基の説明する姿を見た男は納得の表情を浮かべた。
「なるほど………神の器、お前もしかして記憶を…………」
「お前には関係のないことだ」
稜基の説明で男を敵と見なした柳は稜基の前で身構えた。
「強気だな、神の器。部下が言っていた性格は本当の様だ気が強く、喧嘩っ早いが心配性……」
「……俺にはそれは分からない。お前も気付いた通り、俺は自分についてを思い出せない。だが――」
柳は男を睨め付けた。
「お前に従ってはならないということは心が告げている」
男は軽く肩を竦めると嗤った。
「力尽くか……まあいい、そう簡単にいくとは思ってはいなかったからな」
次の瞬間、男の周囲を闇が包んだ。その圧倒的な威圧感に柳は驚愕した。
「柳っ! 下がっていて!」
その威圧感に退くことなく稜基が前に出た。
「くらえっ!」
男が放った暗黒球の前で、稜基は両手を大きく伸ばした。
「――っ!」
暗黒球は突如築かれた不可視の壁によって受け止められる。
「魔術師か……なら、これでどうだ?」
男の手のひらが宙を滑ると暗黒球が大きさを増した。
「っく……あぁっっ!」
不可視の壁が音を立ててひび割れていく――柳はとっさに稜基を横へ突き飛ばし、自分も飛んだ。
同時に壁が崩れ去り、暗黒球がそれまで二人のいた場所を通過した。
間一髪のところで二人は攻撃を免れた。
「大丈夫か、稜基」
「大丈夫……ありがとう、柳」
柳は立ち上がって稜基の手を引いて立たせた。
「稜基、俺が戦う」
「えっ? でも……」
柳は笑って言った。
「大丈夫だ。……分かるんだ。今ならきっと俺がどうしてこいつに狙われてるのか」
そう――分かり始めていた。あの男が求めているのは柳の力だと言うことが。
思い出しかけていた。自分はこの世界にとって、重要な役割を担っているのだということを。
心は覚えていた。そしてこの身体も。
柳は心の命ずるままに両手のひらを男に向けた。
「これは……」
稜基が驚くのも無理はない。四色の光が柳の身体を包むように収縮していき、柳のペンダントにも同じ色の光が灯っていくのだから。
「こしゃくな真似をっ!」
男は再び暗黒球を生み出すと柳に向かってそれを放った。
柳はただ静かに念じた。あれを壊せと――。
四色の光が柳の手のひらから弾丸のように打ち出されていく。
暗黒球とそれが接触しあうと暗黒球は弾けるように壊れて消えた。
「んなっ……」
男は驚愕の声を漏らし――笑みを浮かべた。
「やはりお前が神の器で間違いは無いようだな」
「………」
柳ははっきりとした敵意を男に見せたまま身構えていた。男は面白そうに笑うと身を翻した。
「私の名は倭・ベリディリューク。覚えておくがいい」
倭はそう言い残し、突如彼の目の前に出現した闇の中に身を投じて姿を消した。
「………いったい何だったんだろう?」
稜基が倭の消えた場所を見詰めながら呟いた。
柳はぎゅっと唇を噛み締めてこれからのことを心配していた。
「柳………? 柳、大丈夫?」
はっとすると目の前には心配顔をしている稜基の顔があった。
「悪い………少し考えていた」
「さっきの顔だったらあんまり良くない考え事でしょ? ………不安なのかな、やっぱり」
「ああ………もし稜基に俺のせいで危険が及んだらって。素性の知れない俺なんかの為にお前を危険にさらすわけには………」
「優しいね、柳は」
稜基にそう満面の笑顔で言われた柳は顔を真っ赤に染めて口を開閉した。
稜基はその柳の様子に大笑いをした。
「やだなぁ。柳、顔真っ赤だよ?」
「そんなことない!」
「でも………」
「うっ………うるさいっ!」
「はいはい………」
稜基は引き下がったが未だにその顔には笑みが浮かんでいる。
柳は呼吸を繰り返し冷静さを取り戻そうと努力して、落ち着いたところで一つ盛大な溜息を吐いた。
「ところで、これからどうする? あいつが俺を狙っている以上、俺はこの村には居られない。この村に迷惑をかけることになるからな。俺はこの村を出るが、お前は――」
ついてくるのかと問うと稜基はもちろんといった体で頷いた。
「言っただろう? 僕は君を手伝うって。止めても無駄だからね」
「………そうか」
稜基の真っ直ぐな瞳を見て、確かに無理そうだと柳は断るのを諦めた。
「早いほうがいいね。明日出発しよう」
「そうだな………」
柳はしっかりしている稜基に苦笑を漏らした。