第12話:最高神
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来た道を再び三日をかけて引き返した二人は、山道を汗だくになりながら登っていた。
ティレイス神殿はナチュラニアとアドレティリアの境にある山の上、ぎりぎりナチュラニアの領土に位置する神殿だ。
そこに祀られているのは神々の長である最高神ティレイス。
ティレイスはこの世界を創り、人間を生み出して、その人に魔術を教えたとされる神。只人なら恐れ敬い、近寄ろうともしないその神殿に柳は仕えていたのである。
「はあ…、朔夜の奴らが来たとき神殿の中、酷く荒らされたんだよなぁ――めちゃめちゃのままだろうなぁ………」
「じゃあ、まずは掃除からかな?」
「まあ………ティレイスが気付いてなかったらな」
柳の言葉に稜基は少し驚いていた。
「気付いていなかったらって…………」
「ティレイスは綺麗好きだからな。滅多に神殿には自分から降臨したりしないがたまに降臨したら俺の仕事を手伝ってくれることが多い」
「そう…なんだ…………」
稜基は呆れ混じりに頷くと前を向いた。
そこには大きな神殿が堂々とそびえ立っていた。
二人が中に入ると神殿の中は綺麗に片付いていた。
奥の方に進むと祭壇の前に整った顔立ちの青年が佇んでいる。
青年は柳を見ると呆れ混じりに溜息を吐いた。
「ようやくご帰還か、カナタ」
柳はむっと、不本意だという表情をした。
「悪かったな。………いつ降りてきたんだよ?」
「ほんの一、二時間ぐらい前だ」
「そっか、じゃあ何があったのか教えてやろうか?」
柳は苛立ちを隠せなさそうな顔で思いっきり息を吸い込み、そしてきつく青年を睨むと大きな声を張り上げた。
「九日前この神殿に朔夜の連中がいきなりやって来て俺は誘拐され運良く逃げれたと思えば崖に追いつめられて仕方ないからそこから飛び降りて逃げるのに成功したと思ったら一部記憶を失うわまた朔夜が狙ってくるわとりあえず色々大変だったんだっ!」
ぜーハーと呼吸を繰り返す柳の説明を聞いた青年は目を丸くしていた。
「そう、だったのか…それはすまない…………」
「―――もう別にいいけど。………ティレイス。こいつは俺を助けてくれた稜基だ」
「稜基・アルディラージです」
稜基が慌てて一礼すると彼は苦笑を浮かべた。
「稜基、か。私の名はティレイス。神の統率を担う者だ。気楽に『様』何て付けずに呼んでくれ」
「…………いいの?」
稜基に問われ、柳は頷いた。そして柳はティレイスに視線を向けた。
「ティレイス。朔夜が俺を狙うのは――ナイクレーゼントを復活させようとしているからか?」
「おそらくは、な。二日後、古に封じた奴の封印は弱まる。一日をかけて再びその上から封印をかけることになっている。おそらくそれを狙って奴の封印を解こうとしているのだろう。だが、どんなに封印の力が弱まっていようと、神の力に人間がかなうはずがない。神の力に匹敵する人間は神の器――つまりはカナタ、お前一人だけだ」
「…………」
柳は沈黙したまま思案した。そして疑問が浮かびそれを口にした。
「なあ…、どうして封印が一番弱まる日に封印をかけ直すんだ?」
封印が弱まってきていると分かっているなら一刻も早くかけ直すのに取りかかった方がいいと思うのだが。そう言うとティレイスは難しい顔をした。
「あー…、二日後って満月だろ? 満月の日が一番力が強まるんだ。だから強い力で頑丈に封印を施す為に二日後に行うんだ」
そういうことなら仕方ないだろう。柳は納得した。
「それじゃあ、その日が過ぎれば朔夜はもう襲ってこないんですね?」
「そういうことになる」
ティレイスの答えに柳と稜基は互いの顔を見合わせて安堵の笑みを漏らした。
「だがそれまでは気を抜くなよ。いつ奴らが来るか分からないのだから」
ティレイスが行った直後だった。
勢いよく祭壇の扉が開き、黒い修道服を着た男達が三人を取り囲んだ。
「言ったそばからこれか………」
ティレイスは悪態をつき、二人の前へと歩み出た。
「この場所から立ち去れ。カナタは渡さない」
「生意気なガキめ。殺せっ!」
リーダー格らしき男が命じると男達はティレイスへと襲いかかろうとした。