第20話:猫の舌(ラングドシャ)の告白
広島県警の暗室。現像液の鼻を突く匂いのなかで、狗巻はバロンと共に、拡大投影されたマイクロフィルムを凝視していた。
映し出されたのは、緻密な極小文字で記された配送リスト、そしてその末尾に刻印された、見覚えのある「鴉」の紋章。
「……バロン。こいつは、ただの『教授』の遺産じゃねえぞ。……ロンドンの、あの忌々しい『城』の直系だ」
狗巻は、証拠品の『ラングドシャ』を一枚、無造作に口へ放り込んだ。
パリッ、サクサクッ……。
舌の上で儚く崩れる繊細な甘み。だが、その後に残る砂のような『ガラス粉』の感触が、狗巻の喉を不快に焼く。
「……『あの方』。……コードネームは、『ショコラティエ』。……本名は、エドワード・ウィンストン。……かつてロンドンで、お嬢様……アリス・カートレットをハメた、あの組織の若き執行官だ」
フィルムの次の一枚には、三宮の地下街「サンチカ」の、複雑怪奇な配管図が写し出されていた。そこには、一般の地図には載っていない「第4エリア」という、広大な空白地帯が存在している。
「……平田の野郎が言ってた『巨大な胃袋』ってのは、これのことか。……サンチカの地下に、街全体の空調を利用した『大規模な気化プラント』を構築してやがる」
狗巻はスルメを噛み締め、奥歯でギチリと音を立てた。
「……お嬢様に繋げ! 三宮の地下に、ロンドンから『ショコラティエ』が直接乗り込んできてる! ……あいつは、ただのケミストじゃねえ。……人間の『依存』を芸術と呼ぶ、本物の狂人だとな!」
バキッ!
狗巻は、残りのラングドシャを箱ごと踏みつぶした。
崩れ去る砂の城。だが、その残骸は、三宮の地下へと続く不気味な道標となった。
一方、三宮。
北野坂を下り、地下街への階段を一段ずつ踏みしめる瑠璃の耳元で、無線がノイズ混じりに狗巻の声を伝えていた。
「……ショコラティエ。……あら。懐かしい名前が出てきましたわね。……わたくしの『前世の死』を、最高級のトリュフで祝ってくれた、あの無礼者かしら」
瑠璃は、ポケットから新しいオレオを一枚取り出し、ガリッと力強く噛み砕いた。
漆黒のココアが、脳内に三宮の地下迷宮を鮮明に描き出す。
「……さて。マックス。ダリア。……お口直しに、ロンドンの『偽物の芸術家』を、丸ごと検食(ガサ入れ)して差し上げましょうか」
(第20話・了)




