第19話:砂の城(ラングドシャ)
静まり返った広島純真学院、購買部のカウンター裏。
ひっくり返った棚と散乱したコッペパンの山の中で、平田は狗巻に組み伏せられ、荒い息を吐いていた。ドーベルマンのジャックは、バロンの冷徹な監視の下で動けずにいる。
「……さて。平田さん。あんたの『特別製』のパン、全部検品させてもらったぜ。……言い逃れはできねえぞ」
狗巻は、平田の胸ポケットから一箱の菓子を取り出した。
『ラングドシャ』。
猫の舌を模した、繊細な焼き菓子。
パキッ、サクサク……。
狗巻は、その薄い生地を二枚に剥がした。
スッ、……。
間に挟まっていたのは、ホワイトチョコ……ではなく、超小型の通信チップと、一枚のマイクロフィルムだった。
「……これか。三宮への『最終連絡』ってのは」
平田は力なく笑い、血の混じった唾を吐いた。
「……無駄ですよ、刑事さん。……それを手にしたところで、三宮の『あの方』には届かない。……あの街の地下には、君たちの想像もつかない『巨大な胃袋』があるんだから……」
狗巻はラングドシャの破片を口に放り込み、強引に噛み砕いた。
パリッ、ガリガリッ……。
繊細な甘みが一瞬で消え、後に残るのは砂を噛むような、あの忌々しい『ガラス粉』の感触。
「……『あの方』だと? 教授の死に損ないか、それともロンドンからの刺客か。……吐きな。三宮のどこに、その『胃袋』があるんだ」
「……ふ、ふふ。……『サンチカ』ですよ。……三宮の地下街、その最深部……。そこが、我々の『メイン・キッチン』だ。……今頃、お嬢様も、その芳醇な香りに誘い込まれているはずだ……」
平田の瞳に、狂信的な光が宿る。
狗巻は、通信チップを証拠品袋に叩き込み、無線機を手に取った。
「……こちら狗巻! ターゲット確保! 至急、兵庫県警に繋げ! 三宮の地下街……『サンチカ』だ! お嬢様に伝えろ! ……罠だ、そこは巨大な『毒の煮込み(シチュー)』の底だとな!」
バキッ!
狗巻は、残りのラングドシャを箱ごと踏みつぶした。
崩れ去る砂の城。だが、その残骸は、三宮の地下へと続く不気味な道標となった。
広島の夜が明けようとする中、狗巻の咆哮が購買部に響き渡った。
(第19話・了)




