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南京町の悪役令嬢は、高級菓子の毒(マトリ)を嗅ぎ分ける  作者: 水前寺鯉太郎
第2部『ロンドン・壊滅・ティーパーティ編』

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第17話:三宮の積層(ミルフィーユ)

尼崎の廃倉庫。踏みにじられたクイニーアマンのバターの香りが、埃っぽい空気の中で酸化していく。

 私は、事務室の奥に隠されていた一束の「配送伝票」を、銀のフォークの先で器用にめくり上げた。

「……あら。宛先が全て、神戸・三宮の一角に集中していますわね。……随分と熱心な『お得意様』がいらっしゃること」

 私は、いつもの『オレオクッキー』を指先で弄んだ。

 パキッ、ジャリリッ……。

 漆黒の粉末が、伝票に記された「嘘の住所」を脳内で透過させ、真実の座標を浮かび上がらせる。

「……マックス。ダリア。……次の目的地が決まりましたわよ。……三宮、北野坂の裏手」

 三宮へ向かうタクシーの中、私は窓の外を流れる夜景を見ていた。

 マックスは私の膝の上で丸くなり、ダリアは助手席の足元で静かに震えている。

 伝票の隅に走り書きされていた言葉が、頭から離れない。

 『For Karna――Phase2』

 第二段階。広島は第一段階だった。では第二段階は何か。尼崎の倉庫から三宮へ流れる毒菓子。神戸を中心に、毒が再び集まろうとしている。

 なぜ、三宮なのか。

 神戸は、私の街だ。御影家の、瑠璃の街。そしてアリスとして転生した場所。

(……最初から、ここへ誘き寄せるつもりだったのかしら)

 その考えが頭をよぎった瞬間、私は持参した『ミルフィーユ』の箱を開けた。考えすぎる前に、手を動かす。それが私の流儀だ。

 パイ生地とカスタードが幾層にも重なり、表面には粉糖が美しく散らされている。

 私は、フォークを垂直に立て、その厚い「層」へ向けて一気に突き立てた。

 ザクッ、パリパリッ……。

 幾重にも重なったパイが、悲鳴のような乾いた音を立てて崩壊する。

 ヌチャッ、……。

 溢れ出したクリーム。だが、その滑らかな甘さの奥に、私は「広島」から続く、あの不快な重金属の苦味を感知した。

(……! パイ生地の一枚一枚に、霧状にした『ブラッド・マリア』を染み込ませていますわね。……一気に食べれば、致死量の毒が肺と胃を同時に侵食する仕組み!)

 私は残りのミルフィーユをザクザクと無慈悲に切り刻み、最後の一片を口へと運んだ。

 ジャリッ、……。

 奥歯で砕けるガラス粉の感触。尼崎の倉庫で見つけたものよりも、さらに粒子が細かく、純度が高い。

「……層が、また厚くなっていますわ」

 私は静かに言った。タクシーの運転手には聞こえない声で。

 三宮のアジトは、このミルフィーユのように幾層もの偽装で守られているだろう。そして、その中心にいる人間は——カルナの名前を作戦のコードに使い、私の街を次の標的に選んだ人間は——まだ顔が見えない。

 マックスが、眠りながら小さく鼻を鳴らした。

 私はその背に手を置き、一枚だけオレオを取り出した。

 パキッ、……。

 割るだけにして、食べなかった。

 白と黒。二枚に割れたまま、手のひらの上に乗せておく。

(……もう少しだけ、待ちなさい。カルナ。……あなたの名前を使っている人間の顔を、必ず見てやりますわ)

「……さて。三宮の『隠れ家』、丁寧に層を剥がして差し上げましょうか」

(第17話・了)

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