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南京町の悪役令嬢は、高級菓子の毒(マトリ)を嗅ぎ分ける  作者: 水前寺鯉太郎
第2部『ロンドン・壊滅・ティーパーティ編』

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15/20

第15話:琥珀色の迷宮(クイニーアマン)

尼崎、臨海部。街灯もまばらな廃倉庫の奥。

 今朝、マックスが初めてプレッツェルを食べた。完食ではなかったが、鼻の爛れが引き始めている。それだけで十分だった。私は二頭を連れて、倉庫街へ向かった。

 ダリアが私の足元で激しく震え、喉を鳴らして一点を睨みつけている。

「……キャンッ! キャンッ!」

「分かっていますわ、ダリア。……この鼻を突く重厚なバターの香りの裏、微かに『鉛』の冷たい匂いが混じっていますわね」

 私は、いつもの『オレオクッキー』を指先で弄んだ。

 パキッ、ジャリリッ……。

 漆黒の粉末が、倉庫内に停滞する「欺瞞の甘さ」を強引に切り裂いていく。

 積み上げられた木箱の陰。そこには、不自然なほど丁寧に積まれた、数千枚もの「包み紙」の山があった。

「……あら。お菓子工場でもない場所に、これほどの『抜け殻』が。……随分と食いしん坊な幽霊が住んでいるようですわね」

 私は、指の間で銀のフォークをくるくると回し、一番上の包み紙へ向けて一閃した。

 サクッ……。

 鋭い切っ先が紙を突き破り、その中から転がり出たのは、黄金色の円盤状のお菓子だった。

 『クイニーアマン』。

 ブルターニュ地方の伝統菓子。表面はキャラメリゼされた砂糖でカチカチに固められ、琥珀色の輝きを放っている。

 私は、フォークの背でその表面を叩いた。

 コンコンッ。

 まるで陶器のような硬質な音。

「……随分と立派な『鎧』ですこと。……中身を隠すには、これ以上の素材はありませんわね」

 私は、その硬い皮をフォークで強引に抉り、一口分を口へと運んだ。

 バリッ、ガリガリッ!

 キャラメルの破片が口腔内で鋭く弾け、続いてバターを極限まで吸い込んだデニッシュ生地がジュワッと溶け出す。だが、その濃厚な快楽の直後、舌の裏側に「痺れ」が走った。

(……! この、脳を直接震わせるような過剰なドーパミン。……『ブラッド・マリア』を、キャラメルの中に結晶化させて閉じ込めていますわね。……噛み砕く瞬間に、毒が神経を直撃する仕組み!)

 私は残りのクイニーアマンを床に投げ捨て、ブーツの踵で踏みにじった。

 グシャッ、ザリザリッ……。

 潰れた生地の中から、無数の『ガラス粉』が、倉庫のわずかな光を反射して不気味に瞬く。

 木箱の一つを開けると、中には大量のクイニーアマンと、一枚の伝票が入っていた。

 送り先は、全国各地。神戸、尼崎、大阪、名古屋、東京。

 そして伝票の隅に、小さく走り書きされた一言。

 『For Karna――Phase2』

 私の手が、止まった。

 Phase2。第二段階。つまり広島は第一段階に過ぎなかった。そして、この毒の展開を指揮している人間は、まだカルナの名前を使い続けている。

 なぜ、その名前を使うのか。

 カルナを知っている人間が、この毒の流通を設計している。

(……あなたは、一体、誰ですの)

 マックスが静かに私の足元に寄り添い、ダリアが倉庫の奥へ向かって低く唸った。

「……マックス、ダリア。……この倉庫の『支配人』を引きずり出しますわよ」

 私は立ち上がり、漆黒のコートの裾を整えた。

 オレオは、もう噛み砕かなかった。

 今夜は、そういう気分ではなかった。

(第15話・了)

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