表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
南京町の悪役令嬢は、高級菓子の毒(マトリ)を嗅ぎ分ける  作者: 水前寺鯉太郎
第2部『ロンドン・壊滅・ティーパーティ編』

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

12/20

第12話:震える警鐘(ポテトチップス)  

 尼崎のセーフハウス。

 マックスの様子がおかしいことに気づいたのは、昨夜のことだった。

「クゥ、……ヒィン」

 あんなに勇敢に毒を嗅ぎ当てていたマックスが、頻繁に鼻を鳴らし、私の足元で震えている。食欲もなく、大好きなプレッツェルにさえ目を向けない。

 私はしゃがみ込み、その小さな鼻に触れた。熱い。そして、鼻孔の周りが、微かに赤く爛れている。

(……これは、嗅覚の疲労ではありませんわ。……尼崎の空気に混じった何かが、あなたの繊細な器官を内側から焼いている)

 新種の毒が、もうここまで来ている。

「……少し、休んでいなさい。マックス」

 私はオレオを一枚、静かに噛み砕いた。

 バリッ、ジャリッ……。

 黒い苦味が思考を研ぎ澄ます。マックスを動かすわけにはいかない。だが、今夜、黒いセダンがまたセーフハウスの周囲を流している。鼻が必要だ。

 その時、ドアをノックする音がした。

 開けると、そこにピエールが立っていた。まだ顔色は悪いが、昨日より幾分か目に力がある。その腕に、小さな抱き枕のようなものを抱えている。

「……無理をしてはいけませんわよ、ピエールさん。まだ退院したばかりでしょう」

「わかっています。でも……これを、あなたに預けたくて」

 彼が差し出したのは、大きな瞳を持つ、白いチワワだった。全身が細かく震えている。

「フランスから一緒に来た子です。名前は、ダリア。……私が入院している間、一人にさせてしまっていた」

 ピエールは少し目を伏せた。

「あなたのマックスが具合を悪くしていると、看護師から聞きました。……ダリアは、私がパティシエとして働いていた頃から、厨房の異変を嗅ぎ分けてくれていた子です。……役に立てるかもしれない」

 私はダリアを受け取り、その小さな体を見つめた。

 震えている。でもその瞳は、怯えではなく、何かを真剣に見ている目だ。

「……ダリア。あなたのその『震え』が、真実を捉えるアンテナになることを期待していますわよ」

 私は一袋の『ポテトチップス』を開けた。

 パリッ、……カサカサ。

 立ち上るジャガイモの香ばしさと、攻撃的なまでの塩分。一枚を指先で摘み上げ、ダリアの鼻先に近づける。

 ダリアは鼻をヒクつかせ、次の瞬間——私の手元ではなく、窓の外に向かって鋭く吠えた。

「キャンッ! ワンワンッ!」

 窓の外。そこには、昨夜と同じ黒いセダンの影。

(……やはり、来ていますわね)

 私はポテトチップスをバリボリッと力強く噛み砕き、塩の粉を指先で弾いた。

 オレオの黒と、ポテトチップスの金。苦味と塩気。マックスとダリア。

 二つが揃った。

「ピエールさん。……今夜は、ここを離れないでくださいまし」

 私はマックスの傍に膝をつき、その耳元で静かに言った。

「……少しだけ、待っていなさい。すぐ戻りますわ」

 マックスが、弱々しく尻尾を一度だけ振った。

「……さて、ダリア。初仕事ですわよ。……あの黒い車の主を、丁寧に『検食』して差し上げましょうか」

(第12話・了)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ