第7話:【後編】『聖域のリフォーム・プラン』
「勝手に入るなと言っているのです! 下がりなさい、不敬者!」
シアが杖を構えて通せんぼをするが、レンはそれすらも「作業のノイズ」程度にしか捉えていない。彼はひょいと杖の先をかわすと、隠し部屋の最奥、シアが寝起きしていたという石造りの寝床へと歩み寄った。
「ノイズが多いぞ、シア! 防犯性能の向上もリフォームのプランに含まれてるんだ。お前の部屋のセキュリティを物理的にアップデートするついでだ、文句を言うな!」
「セキュリティ……? そもそも、ここには私以外の人間はいないはずだったのです!」
「それが俺というイレギュラーが入り込んだだろ! 脆弱性は早めに潰すのが定石だ。……それより、これを見ろ。硬度計測終了。お前、正気か? これじゃただの平らな石板に薄い布を敷いただけじゃねえか!」
レンが手近な工具の柄で叩くと、ベッドからは「コンコン」と乾いた石の音が響いた。クッション性など微塵もない。
「安眠妨害の温床だぞ、これは! 寝返りを打つたびに骨に響いて、血行が悪くなるだろ。そんなんで巫女としてのパフォーマンスが維持できるわけがない!」
「巫女の修行は忍耐なのです! 贅沢は精神を腐らせます!」
「却下だ! 質の高い休息こそが、質の高い仕事を生むんだよ。よしポッド、あそこの古い毛布を預かれ。俺がこの石板に『低反発魔法層』をレイヤー構造で実装してやる!」
レンは右手の紋章を輝かせ、冷たい石板に直接手を触れた。
ギフト『修復・最適化』が発動し、石の分子構造が瞬時に組み替えられていく。硬質だった表面が、レンの魔力によって微細なハニカム構造の緩衝材へと変貌し、さらにその上にシルクのような滑らかさを持つ魔法繊維が編み上げられていった。
「リペア&カスタム……体圧分散プロトコル、インストール完了! ついでに寝返りを打つ際の摩擦抵抗をゼロにする『スムース・スキン加工』も施しておいたぞ。さあ、シア。能書きはいいから一度横になれ!」
「断ります! 私はそんな、男が弄り回した怪しい寝床に……」
「いいから寝ろ! ダメなら一瞬で元のカチカチの石に戻してやる。ほら、まずは指先で触ってみろ。設計思想の差を教えてやるよ!」
レンのあまりの自信に押され、シアは恐る恐る、新しく生まれ変わったベッドに指を触れた。
その瞬間、彼女の目が見開かれた。
指先が、吸い付くように柔らかな素材に沈み込む。それでいて、底打ち感のない確かな弾力が指を押し返してくる。
「……っ!? なに、これ……。雲に触れているみたい……」
「だろ? さあ、横になれ。遠慮はいらんぞ!」
シアは毒気を抜かれたように、フラフラと吸い寄せられるようにベッドの縁に腰を下ろし、そのままゆっくりと身体を横に預けた。
沈み込む。
今まで自分の身体を痛めつけていた重力が、魔法のような弾力によって完全に霧散し、全身を均等に支えられている感覚。
「……はぁっ……。身体が、溶けてしまいそうです……」
シアの碧色の瞳から、スッと力が抜けた。
あんなに頑なに構えていた杖が手元から滑り落ち、彼女の身体は深く、深く、魔法のマットへと沈み込んでいく。
「ははは! 敗北を認めたな! 忍耐なんて、最高の技術の前じゃ無力なんだよ。これで今日からお前も安眠の奴隷だ!」
「……もう、起き上がれません……。レン、あなた、本当に……恐ろしい人ですね……」
シアは頬をマットに擦り付け、幸せそうに吐息を漏らした。
数百年、硬い石の上で耐えてきた彼女にとって、それはもはや攻撃魔法よりも抗いがたい、甘美な暴力だった。
レンは満足げに腕を組み、ピカピカに磨き上げられた拠点と、安眠に屈した巫女を眺めた。
「よし。拠点の掃除と寝床の確保は完了だ。居住性は最低限クリアしたな。さて、ポッド。次はインフラの拡張だぞ。リゾートに欠かせないものと言えば……そう、お風呂だ!」
シアが幸せな微睡みに落ちていく横で、レンは既に次の設計図を脳内に展開していた。大気集水機からの配管ルート、地下機関室の廃熱を利用した給湯システム。
レンの『絶界リゾート計画』は、止まることなく加速し続けていく。




