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竜を殺す者  作者: 東雲
"賤鉄"級昇級試練編

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9/25

狩猟開始Ⅲ:遭遇

勢いで走り出してきたけど……ちょっと子供っぽかったかもしれない。

ファルは比較的浅めの森で素材を吟味していた。

“鞭枝垂れ”は長槍5本分ほど採取できた。

運よく“粘樹”の樹脂も少し採れたし、“ベト草”も大量に収穫できた。

今後の罠にも使えるし、ボーラの命中率も少し上がる。

ついでに“痺草”“火焔茸”“毬藻苔”も採取しておきたい。

“角猪”から“四つ腕熊”の連戦──そんな可能性もあるのだ。

素材収集をしていると、“雑草摘み”の本領発揮だな……と、ちょっと自虐的に笑ってしまう。

まぁ、割と気に入ってるんだけどね、“雑草摘み”って渾名。

“ヒルルク草”の採取。根本は残して上だけを一束、根ごとを一束。

「全部採っちゃ駄目よ」

──リゼさんの声が、ふと頭に浮かんだ。

「やっぱ落ち着くなぁ、素材収集……」

うーん、と大きく伸びをして、一度立ち上がる。

軽く手足を動かして、こりをほぐす。

──この静けさの中に、試練の気配は確かに潜んでいる。

「よし、こんなもんで……」

背嚢に素材を詰めていたファルの背中を、一筋の冷たい汗が伝った。

本能が告げていた。

何かが、近い。

慌てて身を伏せる。

近くの背の高い草に身を隠し、首に巻いていた口布をぐいっと持ち上げ、呼吸音を殺す。

森の奥の影が、揺れた。

ぬぅっと姿を現したのは、腕が四本ある異形の熊だった。

赤黒い毛並み。額には小さな角。

そして、目は鮮血のように赤かった。

身の丈はファル二人分ほど。

あれが、今回の討伐対象──“四つ腕熊”。

外国では“アシュラベア”や“マーダーベア”と呼ばれているらしい。

殺人熊マーダーベア”──言い得て妙だ。

四本の腕、それぞれに鋭い爪が五本。合計二十本。

後ろ足も合わせれば、三十本の刃。

一撃で命が消える数だ。

観察しろ。動き、呼吸、足の運び。

どの腕を主に使う?どこに隙がある?

冷静に観察を促す自分。

今すぐ逃げ出したいと叫ぶ弱い自分。

その二人が、頭の中でせめぎ合っていた。

下手に動けない。だが、気づいたこともある。

鼻は、あまり良くないのか?

鼻をひくひくさせながら歩いている割に、こちらの存在には気づいていない。

「魔物は目とか鼻とかじゃない器官でこちらを認識している」──そんな俗説を信じるわけじゃないが、

長槍二本分ほど先を歩く“四腕”は、まるで気づいていない。

気づかないまま、グルゥ……と低く唸り、森の奥へと消えていった。

草の影で、ファルはようやく息を吐いた。

「急いで戻らないと……」

まだ震える足に力を込め、なんとか立ち上がる。

森の切れ目へと足を進めながら、今さら気づいた。

──森が、静かすぎる。

音という音が、すべて息を潜めている。

小動物の動く音も、鳥の鳴く声も、何もない。

非常事態の予兆は、確かにあった。

ただ、採取に夢中で気づけなかっただけだ。

「くそっ……運が良かっただけだ」

そう呟いた唇が、悔しさに震えていた。


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