狩猟開始Ⅲ:遭遇
勢いで走り出してきたけど……ちょっと子供っぽかったかもしれない。
ファルは比較的浅めの森で素材を吟味していた。
“鞭枝垂れ”は長槍5本分ほど採取できた。
運よく“粘樹”の樹脂も少し採れたし、“ベト草”も大量に収穫できた。
今後の罠にも使えるし、ボーラの命中率も少し上がる。
ついでに“痺草”“火焔茸”“毬藻苔”も採取しておきたい。
“角猪”から“四つ腕熊”の連戦──そんな可能性もあるのだ。
素材収集をしていると、“雑草摘み”の本領発揮だな……と、ちょっと自虐的に笑ってしまう。
まぁ、割と気に入ってるんだけどね、“雑草摘み”って渾名。
“ヒルルク草”の採取。根本は残して上だけを一束、根ごとを一束。
「全部採っちゃ駄目よ」
──リゼさんの声が、ふと頭に浮かんだ。
「やっぱ落ち着くなぁ、素材収集……」
うーん、と大きく伸びをして、一度立ち上がる。
軽く手足を動かして、こりをほぐす。
──この静けさの中に、試練の気配は確かに潜んでいる。
「よし、こんなもんで……」
背嚢に素材を詰めていたファルの背中を、一筋の冷たい汗が伝った。
本能が告げていた。
何かが、近い。
慌てて身を伏せる。
近くの背の高い草に身を隠し、首に巻いていた口布をぐいっと持ち上げ、呼吸音を殺す。
森の奥の影が、揺れた。
ぬぅっと姿を現したのは、腕が四本ある異形の熊だった。
赤黒い毛並み。額には小さな角。
そして、目は鮮血のように赤かった。
身の丈はファル二人分ほど。
あれが、今回の討伐対象──“四つ腕熊”。
外国では“アシュラベア”や“マーダーベア”と呼ばれているらしい。
“殺人熊”──言い得て妙だ。
四本の腕、それぞれに鋭い爪が五本。合計二十本。
後ろ足も合わせれば、三十本の刃。
一撃で命が消える数だ。
観察しろ。動き、呼吸、足の運び。
どの腕を主に使う?どこに隙がある?
冷静に観察を促す自分。
今すぐ逃げ出したいと叫ぶ弱い自分。
その二人が、頭の中でせめぎ合っていた。
下手に動けない。だが、気づいたこともある。
鼻は、あまり良くないのか?
鼻をひくひくさせながら歩いている割に、こちらの存在には気づいていない。
「魔物は目とか鼻とかじゃない器官でこちらを認識している」──そんな俗説を信じるわけじゃないが、
長槍二本分ほど先を歩く“四腕”は、まるで気づいていない。
気づかないまま、グルゥ……と低く唸り、森の奥へと消えていった。
草の影で、ファルはようやく息を吐いた。
「急いで戻らないと……」
まだ震える足に力を込め、なんとか立ち上がる。
森の切れ目へと足を進めながら、今さら気づいた。
──森が、静かすぎる。
音という音が、すべて息を潜めている。
小動物の動く音も、鳥の鳴く声も、何もない。
非常事態の予兆は、確かにあった。
ただ、採取に夢中で気づけなかっただけだ。
「くそっ……運が良かっただけだ」
そう呟いた唇が、悔しさに震えていた。




