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竜を殺す者  作者: 東雲
"賤鉄"級昇級試練編

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7/25

狩猟開始

本日も2話ずつ更新します

辺境都市ミルゼから馬車で数時間。

街道から少し外れた丘陵地帯──探索者たちが“森丘”と呼ぶ踏破地域が、今回の試練の会場だった。

樵や猟師も許可があれば立ち入れるが、危険地域であることに変わりはない。

熊や鹿などの野生動物に加え、“角猪”“羽猪”“角兎”などの獣型魔物が出現する。

運が悪ければ、“四つ腕熊”に遭遇することもある。

……いや、今回は“運が悪い”では済まない。

三日前、猟師が“四つ腕熊”の縄張りを確認した。

木の皮が剥がれ、赤黒い獣毛が散乱していた。

互助会はこれを重く見て“自発依頼”を発令。

昇級試練と調査依頼を重ねるという、ドランの浅知恵が功を奏した形だ。


「俺らの時よりは、ラクな試練だよな」

野営地の竈──なんと設置済み──を準備しながら、ミケルが呟く。

「ラクっていうか、シンプルでいいよね。“四つ腕熊”と“角猪”の討伐。

私たちの時は“胡蝶草”30本、“酔鳥”の卵10個、“羽猪”3頭の納品。期限は5日!」

荷物を解きながら、ニーナが遠い目をする。

「当分、胡蝶草は見たくないわ……」

薪を割るミケルの手斧が、乾いた音を立てる。

「胡蝶草って……あぁ、魔力薬の原料か」

ファルは記憶を辿り、“胡蝶草”“幻光茸”“ヒルルク草”のレシピを思い浮かべる。

「魔力薬って、そんなレシピなんだ……」

ミケルとニーナが感心したように頷く。

ファルは丘の端に立ち、森の向こうを見下ろした。

朝靄が漂い、風が木々の間を撫でていく。

「……ここが、俺たちの試練の地か」

背後ではミケルが竈に火を入れ、ニーナが荷を解いている。

その音が、妙に遠く感じられた。


「よしっ」

ファルは頬を叩いて気合を入れる。

「ニーナ、索敵と調査に行こう。ミケルは野営の守備と警戒を頼む」

道中で決めた通り、今回の徒党の頭役はファルが務める。

遠近両方の武器を扱える彼は、視界も広く、指揮に向いていた。

「応さ。飯の準備しておくわ。腹が減っては狩猟はできぬって言うしな」

薪に火をつけ、どこからか前掛けまで取り出すミケル。

「……あんたねぇ」

ニーナが頭を抱える。

ファルは笑いながら頷き、「行こう」と言って野営地を後にした。


「ちょっと湿気が多い?爆裂罠は使いにくいかも」

森に差し掛かったところで、ニーナが小声で言う。

「そうだな……毒餌とボーラで対処する方がいいかも」

ファルは夜露に濡れた葉を撫で、苔の柔らかさを足裏で確かめる。

(毒餌に使えるのは、“痺草の根”、“火焔茸”、この生態なら“まりもゴケ”もいけるかもしれない……)

生き残るために叩き込んだ知識が、現場で役立つ瞬間。

それが、静かに胸を高鳴らせる。生きている実感だった。

「なんか楽しそうね、“少年!”って感じ」

ニーナが覗き込むように笑う。

「うるせーよ……でも、こういうのって楽しいって思うんだよな。ニーナ、あれ」

ファルが指差す先には、茶色い獣毛。

木の根元には、掘り返された穴がいくつもある。

「角猪の角は、穴を掘るためのものだって資料にあった。地下のキノコを食べるらしい」

「土ん中のキノコって、美味いのかな……」

つい口に出した一言に、ニーナが反応する。

「ん?なに?」

「……なんでもない」

ファルは口布を持ち上げて顔を隠した。


掘り返された穴に膝をつき、土を撫でる。

柔らかい。掘り起こして一時間も経っていないだろう。

「ね、この足跡見て」

ニーナが小声で促す。

足跡の数が多い。沈み込みの深さが違う。別の個体だ。

「一匹はかなり体躯が良い。雄雌の番の可能性が高いな」

ファルはしゃがみ込み、足跡をじっと見つめる。

「足跡には大量の情報が詰まってる。沈み込みから重さ、歩幅から大きさ、引きずってるかどうか……」

リゼの講習が、頭の中で蘇る。

「へぇ……そんなことまで分かるんだ」

ニーナは驚きと、ほんのり悔しさの混じった目でファルを見る。

「リゼさんの講習、ちゃんと受ければ分かることだろ」

「私もミケルも座学は苦手でね……あ、“ホロホロ鳥”!あれ獲って今夜の晩飯にしよう」

誤魔化すように、ニーナがボウガンを構える。

「帰ったら、講習受けようぜ。俺も付き合うからさ」

ファルは腰蓑から投げスリングを取り出し、石の重さを確かめる。

「気が向いたらね」

ニーナはにこっと笑った。

その笑顔は、森の空気よりも軽やかだった。


“ホロホロ鳥”は三羽。ファルが一羽、ニーナが二羽。

ミケルは目を輝かせ、手早く血抜きと解体を始める。

「り……料理とかするんだ……」

ファルは目を丸くする。

「応さ。自分で作った方が美味いしな!」

満面の笑みで振り向くミケル。

「へぇ……料理番はニーナかと思ってた」

ファルはヒルルク草を背嚢から取り出し、ミケルに渡す。

「ニーナの料理は……今度試してみなよ。すごいから」

「乾燥してないやつ!いいねぇ〜」

ミケルはにこやかに受け取る。

「私だって料理くらいできるよ!」

「いや、魚を串に刺して焼いたのは料理とは言わないぞ。しかも焦がすだろ、お前」

「むぅ……」

膨れっ面のニーナ。笑うミケル。

そんな二人を、ファルは眩しそうに見つめる。

ファルは空を見上げた。

星が、ひとつ、またひとつと瞬き始めていた。

焚き火の音。

ホロホロ鳥の香ばしい匂い。

ミケルの笑い声。ニーナの膨れっ面。

そのすべてが、ファルの胸に静かに染み込んでいく。

(あぁ、楽しいなぁ……こんな時間が、ずっと続けばいいのに)

けれど、試練は始まったばかりだ。

“角猪”の痕跡、“四つ腕熊”の縄張り。

この森は、彼らを試すために牙を研いでいる。

それでも今は、星空の下で、三人の笑い声が響いていた。

──試練一日目、終了。


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