狩猟開始
本日も2話ずつ更新します
辺境都市ミルゼから馬車で数時間。
街道から少し外れた丘陵地帯──探索者たちが“森丘”と呼ぶ踏破地域が、今回の試練の会場だった。
樵や猟師も許可があれば立ち入れるが、危険地域であることに変わりはない。
熊や鹿などの野生動物に加え、“角猪”“羽猪”“角兎”などの獣型魔物が出現する。
運が悪ければ、“四つ腕熊”に遭遇することもある。
……いや、今回は“運が悪い”では済まない。
三日前、猟師が“四つ腕熊”の縄張りを確認した。
木の皮が剥がれ、赤黒い獣毛が散乱していた。
互助会はこれを重く見て“自発依頼”を発令。
昇級試練と調査依頼を重ねるという、ドランの浅知恵が功を奏した形だ。
「俺らの時よりは、ラクな試練だよな」
野営地の竈──なんと設置済み──を準備しながら、ミケルが呟く。
「ラクっていうか、シンプルでいいよね。“四つ腕熊”と“角猪”の討伐。
私たちの時は“胡蝶草”30本、“酔鳥”の卵10個、“羽猪”3頭の納品。期限は5日!」
荷物を解きながら、ニーナが遠い目をする。
「当分、胡蝶草は見たくないわ……」
薪を割るミケルの手斧が、乾いた音を立てる。
「胡蝶草って……あぁ、魔力薬の原料か」
ファルは記憶を辿り、“胡蝶草”“幻光茸”“ヒルルク草”のレシピを思い浮かべる。
「魔力薬って、そんなレシピなんだ……」
ミケルとニーナが感心したように頷く。
ファルは丘の端に立ち、森の向こうを見下ろした。
朝靄が漂い、風が木々の間を撫でていく。
「……ここが、俺たちの試練の地か」
背後ではミケルが竈に火を入れ、ニーナが荷を解いている。
その音が、妙に遠く感じられた。
「よしっ」
ファルは頬を叩いて気合を入れる。
「ニーナ、索敵と調査に行こう。ミケルは野営の守備と警戒を頼む」
道中で決めた通り、今回の徒党の頭役はファルが務める。
遠近両方の武器を扱える彼は、視界も広く、指揮に向いていた。
「応さ。飯の準備しておくわ。腹が減っては狩猟はできぬって言うしな」
薪に火をつけ、どこからか前掛けまで取り出すミケル。
「……あんたねぇ」
ニーナが頭を抱える。
ファルは笑いながら頷き、「行こう」と言って野営地を後にした。
「ちょっと湿気が多い?爆裂罠は使いにくいかも」
森に差し掛かったところで、ニーナが小声で言う。
「そうだな……毒餌とボーラで対処する方がいいかも」
ファルは夜露に濡れた葉を撫で、苔の柔らかさを足裏で確かめる。
(毒餌に使えるのは、“痺草の根”、“火焔茸”、この生態なら“まりもゴケ”もいけるかもしれない……)
生き残るために叩き込んだ知識が、現場で役立つ瞬間。
それが、静かに胸を高鳴らせる。生きている実感だった。
「なんか楽しそうね、“少年!”って感じ」
ニーナが覗き込むように笑う。
「うるせーよ……でも、こういうのって楽しいって思うんだよな。ニーナ、あれ」
ファルが指差す先には、茶色い獣毛。
木の根元には、掘り返された穴がいくつもある。
「角猪の角は、穴を掘るためのものだって資料にあった。地下のキノコを食べるらしい」
「土ん中のキノコって、美味いのかな……」
つい口に出した一言に、ニーナが反応する。
「ん?なに?」
「……なんでもない」
ファルは口布を持ち上げて顔を隠した。
掘り返された穴に膝をつき、土を撫でる。
柔らかい。掘り起こして一時間も経っていないだろう。
「ね、この足跡見て」
ニーナが小声で促す。
足跡の数が多い。沈み込みの深さが違う。別の個体だ。
「一匹はかなり体躯が良い。雄雌の番の可能性が高いな」
ファルはしゃがみ込み、足跡をじっと見つめる。
「足跡には大量の情報が詰まってる。沈み込みから重さ、歩幅から大きさ、引きずってるかどうか……」
リゼの講習が、頭の中で蘇る。
「へぇ……そんなことまで分かるんだ」
ニーナは驚きと、ほんのり悔しさの混じった目でファルを見る。
「リゼさんの講習、ちゃんと受ければ分かることだろ」
「私もミケルも座学は苦手でね……あ、“ホロホロ鳥”!あれ獲って今夜の晩飯にしよう」
誤魔化すように、ニーナがボウガンを構える。
「帰ったら、講習受けようぜ。俺も付き合うからさ」
ファルは腰蓑から投げ紐を取り出し、石の重さを確かめる。
「気が向いたらね」
ニーナはにこっと笑った。
その笑顔は、森の空気よりも軽やかだった。
“ホロホロ鳥”は三羽。ファルが一羽、ニーナが二羽。
ミケルは目を輝かせ、手早く血抜きと解体を始める。
「り……料理とかするんだ……」
ファルは目を丸くする。
「応さ。自分で作った方が美味いしな!」
満面の笑みで振り向くミケル。
「へぇ……料理番はニーナかと思ってた」
ファルはヒルルク草を背嚢から取り出し、ミケルに渡す。
「ニーナの料理は……今度試してみなよ。すごいから」
「乾燥してないやつ!いいねぇ〜」
ミケルはにこやかに受け取る。
「私だって料理くらいできるよ!」
「いや、魚を串に刺して焼いたのは料理とは言わないぞ。しかも焦がすだろ、お前」
「むぅ……」
膨れっ面のニーナ。笑うミケル。
そんな二人を、ファルは眩しそうに見つめる。
ファルは空を見上げた。
星が、ひとつ、またひとつと瞬き始めていた。
焚き火の音。
ホロホロ鳥の香ばしい匂い。
ミケルの笑い声。ニーナの膨れっ面。
そのすべてが、ファルの胸に静かに染み込んでいく。
(あぁ、楽しいなぁ……こんな時間が、ずっと続けばいいのに)
けれど、試練は始まったばかりだ。
“角猪”の痕跡、“四つ腕熊”の縄張り。
この森は、彼らを試すために牙を研いでいる。
それでも今は、星空の下で、三人の笑い声が響いていた。
──試練一日目、終了。




