邂逅
「来るなら来ると先触れの一つでも出すのが礼儀なんじゃあないか?」
リリーナは上等な茶を淹れ、客人と思しき男に差し出す。
バーンは軽く頷き、香りを吸い込むように息を吐いた。
「すまんな……なるほど、いい香りだ」
「東の果てから取り寄せた高級品さ。茶は東のものに限る」
ぶっきらぼうに言いながら、リリーナは対面に腰を下ろす。
「んで?わざわざ王国執政官殿がこんな西の僻地まで何をしに?」
芝居がかった口調で問いただすと、バーンは気炎を上げることもなく、ふぅと息を吐いた。
「……最近、二年前ほどに何やら“拾い物”をしたと聞いてな。我は知らないなと思って、確かめに来た」
その瞬間、空気が重さを持った。
殺気というより、理知的な圧。場を支配する気配。
「おぉ、怖い。私みたいなか弱い乙女に向ける目じゃないね」
リリーナは茶を一口すすると、袖口から煙管を取り出す。
指を鳴らし、ヂッと火をつける。
紫煙が立ち上り、張り詰めた空気に揺らめきを与えた。
一瞬だけ、リリーナの瞳が細められる。
「拾い物」──その言葉に、心当たりがあるのだろう。
「か弱い?貴様がか弱かったら竜でさえか弱いだろうが」
バーンがふんと鼻を鳴らし、挑発には挑発を返す。
「竜なんざ、ただのデカいトカゲだ。あんた達が無駄に強大に仕立て上げているだけさ」
「竜に関わるものを一人でも減らす。そのためなら、道化にでもなる」
リリーナも鼻を鳴らす。
「道化は舞台が終われば退場するものだよ」
「まだ舞台は幕引きされておらぬ」
二人の舌戦が激しくなるにつれ、周囲の空気がチリチリと熱を帯びる。
魔術に至る前の魔力が、互いの間で渦を巻いていた。
「ならば莫迦弟子がその幕引きを行うさ」
「否。断じて否だ。この舞台の幕引きなど出来ぬ」
ビキリ、と音を立てティーカップに罅が入る。
次いでテーブルにも亀裂が走った。
「おいおい……何してくれてるんだ。こう見えて高級品だぞ?」
リリーナがパチンと指を鳴らすと、亀裂も罅も時間が巻き戻るかのように修復される。
バーンの眼差しが鋭く光る。
「竜血の少年を渡せ。我が後継として育てる。竜に抗う者の系譜としてな」
リリーナは煙管を咥え、紫煙を吐きながら笑った。
「はん、笑わせるね。あの莫迦は私が育て上げる。
力だけを与えれば怪物になる。意思を持たせてこそ、人になる。
あんたに任せたら、碌なもんにならん」
「相変わらず人の話を聞かぬやつだ」
「お前にだけは言われたくないさね」
剣と煙管がテーブル上で交差する。
ヂヂヂッと音を立て、紫電が走り、空気が裂けた。
バーンが三歩の距離を取り、魔力を掴み詠唱する。
「疾走れ、奔れ、走れ……千里を駆け、万里へ至れ。
我が求むは雷の剣、我が求むは雷鎚なり──紫電疾走!」
移動しながらの完全詠唱。
王国筆頭魔術師ですら不可能とされる技法を、この男は当然のようにやってのけた。
雷光が迸り、塔の壁を焦がしながらリリーナへ奔る。
「我は拒絶する──反響鏡」
リリーナは即座に短縮詠唱。
速攻性はあるが、バーンの雷撃を防ぎきれるはずがない。
だが彼女はさらに声を重ねる。
「我は拒絶する──反射鏡」
「我は拒絶する──反射鏡」
三重の光の鏡が瞬時に展開され、稲妻を受け止める。
鏡面にぶつかった雷光は弾かれ、塔の外壁を砕き、遠くで爆ぜた。
轟音が響き渡り、魔塔全体が震える。
バーンの眼は冷徹に光り、リリーナは愉悦の笑みを浮かべる。
二人の間に渦巻く魔力は、もはや人間の域を超えていた。
「ふむ、やはり無駄か」
バーンは右腰の黄金の剣を抜き、構える。
「拘束せよ魔導の鎖、其は黄金、其は白銀、其は光なり──拘束!」
足元から光の鎖が飛来し、バーンを絡め取ろうとする。
だが彼は剣を無造作に振るだけで、鎖は音もなく消失した。
黄金の刃は、魔術そのものを断ち切るかのようだった。
「チッ……爆ぜろ、爆ぜろ──風よ、爆ぜろ!風爆!」
リリーナの詠唱と共に、爆風が巻き起こる。
視界が白く裂け、家具が吹き飛び、塔の壁に亀裂が走る。
「我が身は風、我が身は疾風、我が身は刃──」
煙管に風の刃が宿り、リリーナは一足でバーンに肉薄する。
刃が閃き、バーンの頬を掠める寸前──黄金の剣が再び光を放った。
「化け物めッ!」
人間の反応速度とは思えぬ速さで、リリーナは後方へ跳ぶ。
直前まで彼女がいた場所に、光の残光が奔った。
「これを躱すお前も充分化け物さ」
バーンは剣をチンッと鞘へ戻し、腰を落とす。
突撃の姿勢──槍の技法を剣で、拳で、何にでも転用する男。
踏み込もうとした瞬間、部屋に何かが投げ込まれた。
煙がもうもうと立ち上がり、視界を遮る。
バーンは進むためではなく、煙を吹き払うために踏み込む。
空気が震え、霧散する。
次いで、再び何かが投げ込まれる。
カンッと甲高い音が響き、キーンという耳を裂く音と強烈な閃光が爆ぜた。
バーンですら、一瞬目が眩む。
光に慣れた視界に映ったのは──右目が金色の爬虫類の瞳に変わった少年。
ファル・ゼナンであった。
「……なるほど、竜眼か」
関心とも驚嘆ともつかぬ表情で、バーンはファルを見やった。
「リリーナ、状況の説明を!」
右手に刀、左手に魔力の小刀を構えたまま、ファルは必死に問いただす。
「はしゃぐなって……なんでもないさ」
リリーナは煙管に火を灯し、紫煙をふぅと吐いた。
「ただの喧嘩……いや、喧嘩にもなっちゃいない。じゃれ合いみたいなもんさね」
「……その通りだ、少年」
バーンも剣を下ろし、戦闘態勢を解いた。
「あんな規模のじゃれ合いがあってたまるか……」
ファルは嘆息し、二人の顔を見回す。
「説明はしてくれるのか……?」
「する必要はないだろう?なぁ、執政官殿」
「で、あるな」
二人は見合わせ、ふっと笑みを浮かべた。
笑い方がどこか似ていて、本当に仲が良さそうに──旧知の友、いや、家族のように。
ファルはその笑みを見て、余計に説明が欲しくなったのだった。




