立ち合い
予約投稿をすっかり忘れてました…
「魔法の発動が遅い。あと半秒は早められる。形状変化も、相手は待ってくれないよ……野生の獣だから待ってくれただけさ。対人なら、そうはいかないね」
ラプターを肉と皮、それに牙と爪へと分け、背嚢の袋に詰めていると、背後から声が飛んできた。
「リリーナ……見てたなら手伝えよ」
「嫌なこった」
紫煙をくゆらせながら、魔女は肩をすくめる。
「手伝うくらいなら、最初から自分でやるさ。お前の仕事だろ?」
ゼランは舌打ちしつつ、血の匂い漂う森の中で黙々と解体を続けた。
「どれ、久々に見てやろう」
煙管を構えるリリーナ。
見た目は二十そこそこの小娘──だが、纏う空気は桁違いだった。
ただ煙管を構えているだけなのに、その威圧感は、先程の二足竜三匹を束ねても足元にも及ばない。
反射的に小刀を構える。
魔力を込めようとした──だが、指先が凍りついたように動かなかった。
リリーナが煙管を軽く振る。
「爆ぜろ。《風の暴弾》」
至極簡単な詠唱。
次の瞬間、爆ぜる風がゼランの腹を打ち抜き、肺の奥まで震わせた。
「ほら、立て。相手は待っちゃくれない」
容赦なく、風の暴弾を二連射。
腹に受け悶絶するファルの足元と側頭部へ、風の暴力が炸裂し、地面を抉るように吹き荒れた。
ゴロゴロと地面を転がり、必死に体勢を整えるファル。
左手が腰のポーチに伸び、爆裂石を投げつけ、そのまま突っ込む。
「クッソ……!」
爆裂石の閃光など意に介さず、煙管が鋭く振り下ろされる。
ファルの右手を打ち据え、小刀が地面に落ちる。
次の瞬間、リリーナの足がそれを蹴り飛ばす。
刃は木に突き立ち、震える音を残した。
「どうした、坊や。武器を失っただけだろ?魔術はまだ潰れてない。他に小細工は?……そのポーチには何が残ってる?」
リリーナの挑発が、背中に突き刺さる。
「坊やはおうちでお布団かぶって寝てなっと」
紫煙を吐きながら、わざとらしく笑う。
ゼランは歯を食いしばり、ポーチの中身に指を伸ばした。
ポーチの中を指先で探る。
癇癪玉、剣菱の実、火炎札……駄目だ。どれも、あのババァには通じない。
考えろ。使える魔法は──
小規模爆破の《爆発》。
風の塊を飛ばす《風の暴弾》。
小さな火を灯す《灯火》。
「爆発……威力不足。風の暴弾……さっき潰された。灯火……論外だ。」
発動器なしで使えるのは、この三つだけ。
「……情けねぇな」
歯を食いしばり、ゼランは次の一手を必死に探った。
「情けない。あぁ情けない……どうした?亀みたいに蹲って……踏んでほしいのか?」
嗜虐的な笑みを浮かべ、リリーナが近寄ってくる。
「クソ……やってみるか」
ゼランはリリーナの足元に《爆発》を三連発。
小さな穴が穿たれ、その中へ《風の暴弾》を叩き込む。
砂煙が舞い上がり、視界を白く濁らせ、喉にざらつく粉が絡みついた。
その隙に、地面へ”剣菱の実”と火炎札をばら撒く。
二歩下がり、癇癪玉を投げつけて火炎札を起爆。
炎が走り、剣菱の実が音を立てて爆ぜ回り、地面を跳ねるように炸裂した。
煙の向こうから、くぐもった笑い声が響く。
「へぇ……少しは考えるようになったじゃないか、坊や」
このババァに一泡吹かせるには、これしかない。
地を擦るように低く突進し、足元を掬い上げる勢いで飛び込む。
「馬鹿な子。その程度、避けるに決まってるじゃない?」
リリーナは軸をわずかにずらし、舞うようにかわす。
「──予測通りッ!」
胸に手を当て、風の棒弾を叩き込む。衝撃が体を流し、軌道を逸らす。
足が地面を掴んだ刹那、足先から再び《風の暴弾》が炸裂した。
「あぶなっ」
視覚の外からの強襲も、リリーナはあっさりとかわす。
ゼランは顔面から地面に叩きつけられた。
「今のはなかなか良かったわね」
カラカラと笑い、まるで遊びの延長のように楽しげだ。
「当たらなきゃ意味ねぇだろ、クソが!」
ペッと口に入った土を吐き出し、ゼランは悔しげに顔をしかめる。
くそ、また届かなかった。
「さ、約束どおり今晩はアンタが飯番だよ」
「約束してねぇだろ!!」
「じゃあ今した。さっさと作れ。あたしは肉を所望するよ」
戦いの余韻も何もなく、師匠は当然のように夕食の話を始めるのだった
「肉って……羽猪の塩焼きでいいか?」
いつものやり取りのはずだった。だが、リリーナの顔が歪む。
「羽猪の塩焼き……ねぇ?」
紫煙を吐きながら、じっとゼランを見据える。
「お前……誰の好物と勘違いしてる?」
困惑するゼランの頭に、ふと別の光景が浮かんだ。
焚き火の上で煮え立つ鍋。
ホロホロ鳥の肉がほろりと崩れ、ヒルルク草の香りが湯気に混じる。
温かい匂いが鼻をくすぐり、仲間の笑い声が耳に届く──。
「……ミケル?」
名前が頭にちらついた瞬間、霧がかかったように記憶は掻き消える。
「なんだ、今の……」
困惑するゼランの顔を見て、リリーナの瞳が静かに揺れた。
笑みが消え、眉がわずかに寄る。その表情は、何かを決めた者の顔だった。
今夜──彼に、真実を告げると。




