ミギの実と疾風の刃
書けた順に投稿していきます!
「しかし……よく馴染んだもんだね」
魔塔の窓辺から、森へ向かって歩くゼランの背を眺める。
煙管をくゆらせ、ふぅと紫煙を吐き出す。
あいつをここに連れてきた時は、正直ギリギリだった。
“竜の顎”をもろに喰らい、全身に“竜血”を浴び、右目には呪いまで刻まれていた。
治癒の儀式に二日、鎮静の儀式に二日。
ようやく目を覚ましたと思ったら、生きる気力が残っていなかった。
気力がなければ、人は簡単に死ぬ。
だから、記憶を魔術で封じた。
右腕に関しては──たまたま“古代人のミイラ”があったので、移植した。
右目の呪いは、使いこなせば武器になる。
だから、魔術で縛って使いやすくしておいた。
問題は、“竜血”の方だった。
“竜血”とは、瘴気の塊。
瘴気を長く浴びれば、動物は魔物と化す──王都の魔術学院がそう発表していたっけ。
そんなこと、知ってるわ。と言いたくなったが、黙っておいた。
長く浴びれば魔物になる。
では、大量に、瞬間的に浴びたら?──学者どもは知らないだろうね。
答えは“変質”だ。
魔物なら、より凶暴に、より凶悪に。
では人間は?
人が瘴気に長く当たると、魔術師になる。
瘴気を魔力に変換する能力が備わるからだ。
だから魔術師は、山奥や森の奥、辺鄙な土地を好む。
町中の魔術師?──あんなのは詐欺師だ。
……話が逸れた。
人が、大量に、瞬間的に瘴気を浴びると──魔物と同じように“変質”する。
瘴気を魔力に変換しきれなかった分が、骨を、筋肉を、臓器を、脳を……変質させる。
今のゼー坊は、言ってしまえば“真人”か“竜人”ってところか。
古代人のミイラも、良くなかった。
あれは瘴気が今よりずっと濃かった時代の人間だ。
馴染み方が、半端じゃない。
変質した身体は、年齢が進みにくい。
ヤツも、ここに来た時と見た目がほとんど変わっていない。
二年。十六の小僧が十八になったというのに、見た目が変わらないのは──異常事態だよ、まったく。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
魔塔の森を抜けてすぐのところに村がある。ミドラス村だったかな、とにかくのどかな村だ。
何度か薬を売りに行く魔女についていった記憶がある。
その村の先の川を渡った林の中に、ミギの実の群生地がある。
高級食材でもあるミギの実だが、高級な理由がちゃんとある。
まず、ミギの実は“亜竜種”の二足竜の好みでもある。
二足竜自体は中庸属なので、こちらから手を出さない限り敵対はしない。
……だが、ミギの実に限っては話が別だ。
まるで嫌がらせのように、攻撃を仕掛けてくる。
ちょっとひっかく、ちょっとかみつく、弱酸の唾を吐きかける──
「こちらから危害を加えなければ何もしない」と言わんばかりに。
実に、めんどくさい相手なのだ。
「さて、と……今日も何個か頂きますよ」
まるで盗人のように、ゼランはそろりそろりとミギの木へ近付く。
ミギは低木で、大人の腰ほどの高さになると実をつける。
苗を植えて量産したり、種から発芽させたり──そうしたことは何故か出来ない。
野生種しか存在しないのだ。
魔女曰く、「土の精と水の精が喧嘩しない土地なら、まあ根付くんだろうさ」とのこと。
味わいは苺に近い。甘酸っぱく、舌に残る。
果実は手のひらに収まるほどの小ささ──それでも一つで銀貨二十枚。
だからこそ、盗人のように採るしかないのだ。
一つ目の木には、青い実がいくつかぶら下がっていた。
まだ採れない。前に口にした時は、舌を刺すような苦味と、喉に残るえぐみが酷かった。
二つ目の木──あった。橙色の果実が二つ、丁度いい。
これなら一つは売りに、一つは薬に調合できる。
「よし、頂きますよ」
手を伸ばした瞬間、森に響くギャウという鳴き声。
二足竜だ。しかも三匹。
二つしかない実を巡って、お前らも取り合いになるだろうが──俺の分は譲らん。
腰の鞘から小刀を抜く。採取にも戦闘にも使える相棒だ。
小声で詠唱する。
「我が身は風、我が身は疾風、我が身は刃」
最も簡単で、最も原始的な付与術。名前すらない。
だが、切れ味と刃こぼれを防ぐには十分だ。
逆手に構え、息を殺す。
三対一──森の空気が張り詰めた。
最初に動いたのは二足竜。
左右に展開した二匹が、同時に飛びかかってくる。
「見えてンだよ!」
左の二足竜にはポーチから癇癪玉を投げつけ、爆ぜる閃光で牽制。
右の二足竜には逆手の小刀を振り抜き、鋭い爪と刃がぶつかり合う。
森に甲高い金属音が響き渡った。
すぐさま三匹目が飛び掛かってくる。
空いた左手を前に突き出し、魔力を込める。
「爆ぜろ、爆ぜろ──風よ、爆ぜろ!」
簡単な風の魔術の詠唱。
轟音とともに、ラプターの眼前で風が炸裂した。
「くそっ…魔法名まで言えなかったか…!」
本来なら首を弾き飛ばすほどの威力。
だが今は、ただの風塊を投げつける程度にまで減衰してしまった。
「ババァにどやされる…!それだけは御免だ!」
焦りはある。だが、冷静に対応する。
森の空気は張り詰め、ゼランの呼吸だけが静かに響いていた。
右手の小刀に魔力を通す。
付与術のおかげで、魔力の流れは驚くほど滑らかだ。
風の刃を伸ばし、腰の刀ほどの長さにまで拡張する。
この二年で身につけた、ゼランの誇りとも言える術だ。
小刀型の魔法発動器に付与術を流し込み、刃そのものを変質させる。
小刀から両手剣まで──自在に形状を変えることができる。
他にも棒型の発動器を試作中だ。槍、斧槍、短槍……長物への応用を探り続けている。
おかげで、形状変化だけは誰よりも得意になった。
「疾ッ!」
腰だめの姿勢から、一閃──刀が風を裂くように滑る。
風の付与の力か、ゼランの技量か。真ん中にいた三匹目の二足竜の首が、鮮やかに飛んだ。
最後に飛び掛かってきたのが群れの長だったのだろう。三匹目が絶命すると、他の二匹は尻尾を巻いて森の奥へ逃げていった。
「二足竜の素材……ありがたく使わせてもらう」
ゼランは落ちた首に手を合わせ、静かに一礼する。
そして刃を走らせ、皮を裂き、血の匂いが森に広がる中、手早く解体を始めた。
解体の手を止めぬゼランの背後に、紫煙がゆらりと立ち上った。
ありがたいことに300PVを超えました。
10人くらい読んでくれたら嬉しいなって思ってたのにユニークアクセスが142人!
ありがとうございます!今後もお付き合い頂ければ幸いです!




