魔女と弟子
ここから再度スタートです。
昔話に出てくる“悪役”といえば、決まって“魔女”だ。
呪いをかけ、毒を煎じ、怪しげな術を使って子供を攫う──まったく、都合のいい怪物だよ。
その空想のせいで、辺境や森に住まう魔術師は、今もなお迫害を受けている。
系統違いの魔術は“魔女の術”と呼ばれ、忌避される。
だから“魔女”は人と関わることをやめ、隠者のように、世捨て人のように暮らす。
その中でも、私──“西の魔女”は、ひときわ変人として知られている。
占術を操り、怪しげな魔術を使い、薬や毒を作っては売り歩く。
自分が忌避されていることも、迫害の対象であることも、とうに理解している。
それでも人と関わるのは、そうする方が都合がいいからだ。
いつしか“西の魔女”は「良い魔女」などと呼ばれるようになったが──知ったこっちゃない。
他人のために力を使ったことなど、今はまだない。
勝手に弟子を名乗り、勝手に探索者になって、勝手に死んだ──あの娘は、最初から最後まで“勝手にやった”のだ。
私の知ったことじゃない。
……知ったことじゃないんだ。
だから、何年ぶりかにメールバードが飛んできた時も、無視してやろうと思った。
勝手にやらかしておいて、危なくなったら師匠に頼るだなんて──情けない。
けれど、その文面の短さに、ただ事ではないと判断した。
「緊急事態発生。助け求む」──それだけ。
ミルゼに向かってみたら、街はすでに滅びていた。
“竜”が、我が物顔で闊歩していた。
バーンの坊主との約定がある以上、手出しはできなかった。だから、ただ見ていた。
よりによって、“ヘイシン”だった。
あの享楽の化身め。破壊を娯楽にするとは、よくもまあ。
また好き勝手暴れよって……よくも弟子を殺してくれたな。
様子を見ていると、なんとあの“ヘイシン”に立ち向かう小僧がいる。
バーンの坊主以来か?
愚行と見るか、蛮勇と見るか、勇敢と見るか──それはまだわからない。
だが、その小僧は“ヘイシン”に名乗らせた。
“竜”が人に名を名乗るなど、虫に向かって自己紹介するようなものだ──極めて、極めて稀なこと。
おもしろい。
今のバンダイン王国に渡すわけにはいかない。
あの小僧、私が貰おう。私が育ててみよう。
あの馬鹿娘ができなかったことを、私がやってやろう。
“西の魔女”リリーナ・マーキュリーの名に賭けて──
あの小僧を、一端の戦士に仕立て上げてやろう。
あの小僧が、どこまで耐えられるか──見ものだ。
楽しくなってきたよ、本当に。
──そして二年が経った。
拾った小僧は、今や魔塔に住みつき、私を「クソババァ」と呼ぶまでに図々しくなった。
右腕は人間のものではなく、右目には呪いが刻まれている。
記憶は封じられているから、過去を思い出すことはない。
それでも、あの黒い竜の影だけは、彼の心に焼き付いているようだ。
「クソババァ!!俺の採ってきた“ドルマ草”と“ミギの実”、勝手に使っただろ!」
バンッと音を立てて、扉が乱暴に開かれる。
室内には、煙管から紫煙を燻らせる女がひとり。
年齢は──二十代か、いや三十代か。
美しい銀髪に黒のローブ。長く尖った耳が、彼女の“人外”を物語っている。
「ババァ?お姉さんと呼びな」
煙管の先をくゆらせながら、女は言う。
「あの“ドルマ草”なら、今ここにあるよ」
煙管の先に目をやると、火皿の中で“ドルマ草”が燻されていた。
「“ミギの実”は食っちまった。あんなとこに置いておくのが悪い」
悪びれた様子は一切ない。謝罪もなければ、反省もない。
それの何が問題か?とでも言いたげな態度。
“西の魔女”と呼ばれる彼女の性格は、傍若無人。
天上天下唯我独尊──悪い意味で、だ。
「食っ……お前、あれがいくらするか知ってんのか!?」
絶句するゼラン。
“ミギの実”といえば、市場価格で銀貨二十枚はくだらない。
卸値でも銀貨十枚は取れる高級素材だ。
「知らんね。私は興味がない」
魔女は一息ついて、煙を吐き出す。
そして、急に真剣な顔になる。
「それよりもゼー坊──着替えるから、外にお行き」
スイッと煙管を振る。
その瞬間、ゼー坊と呼ばれた男の身体が宙に浮く。
「自分で──」
言葉は最後まで発せられず。
彼は、扉の外へと吹き飛ばされた。
「クソっ…また取り直しに行かないと…」
西の魔女の住処、西の魔塔とか、賢女の庭とか、色々な呼ばれ方をしているが、ゼランからしてみればただの廃城である。
あの魔女に拾われてもう2年の月日が経った。
ここに来るまでの事は何も覚えていない。
自身の右腕が人間のものではないのも、右目だけやたら色々見えるのも、様々な武器が扱えるのも、何か理由があるのだろう。
しかし、覚えていないものは覚えていないし、思い出す事も出来ない。
覚えているのは黒い竜の影。
あれは一体何なのだろうか?
とりあえず、“ミギの実”と“ドルマ草”を再度採集しに行かなくては。
あれらが無いと、回復の水薬の精製が出来ない。
別に無くても構わいないのだが、あれが一番売れるのだ。
行商のおっさんが来るのが二日後だから…今取りに行ってギリギリ間に合うか?
「よし、行くか」
ボロボロの背嚢を背負って魔塔の門をくぐった




