”黒竜ヘイシン”
この大陸には”竜”が存在している。 ”それ”が歩くだけで大地が震え、”それ”が羽ばたくと突風が吹き荒れ、”それ”の息吹で森が燃える。 ”竜”は災害である。 災害に遭えば悲しみはすれど怒りはせず。理不尽に怒れども憎みはしない。 重ねて言う、”竜”は”災害”である。人は災害に抗うことはできない。
「嘘でしょ…”竜災”にあったって言うの…」
ニーナは、崩れ落ちた門扉の前でへたり込む。この国で”竜”を傷付けることは禁止されている。”竜災”と呼ばれる”竜”による被害は、国内で見ても少なく、”竜”討伐などという夢物語は不可能なことだ。
「互助会は!?」
ミケルが、少しでも助けられる人がいないかあたりを見回すが、人の気配はまるで無い。
ブスブスと煙があがり、街の中央でつまらなそうに”黒竜”が眠っているだけだ。街の中央、互助会があった場所で。
「誰か生き残りが!」
ニーナが駆け出そうとしたが、ミケルが腕を掴んで止める。
「駄目だ!いたずらに”竜”を刺激しちゃ駄目だ!」 「そんな…」
絶望に伏す、二人。そんな中、一人、何も発しないファル。
「…うそだ…ろ…」
発さないのではない。発せない。狼狽に狼狽し、動揺に動揺している。冷静沈着なファルはどこにも居ない。
「リゼさん…?ドランさん…?俺…やったよ?”四つ腕熊”討伐…やったんだよ?頼れる仲間も出来た…”賤鉄”級に…なれるって…」
よたよたとふらふらと、互助会の方に足を向ける。
「止まれ、ファル!ここは危険だ!撤退だ!」 正面からファルを止めるミケル。 「駄目だよ…駄目なんだよファル!”竜”は駄目!」 ニーナもファルの腕を掴み、止める。
二人の必死の制止に一瞬我に返るファル。
ふと、”竜”の口元が目に入る。
”銀の弓”…それはリゼが最も得意とした武器だ。
ブチン――と何かが弾ける音がした。
二人の力が緩んだその瞬間、ファルは駆け出していた。
「ファル!!」 その背中に手は届かない。
突撃と慟哭
《クァ…》と大あくびをする”黒竜”。
《何をしに来た、塵にも満たぬ小さき者よ》 激昂するファルに興味無さそうに黒竜は告げる。
《死に損なったのだ、その無意味な生を謳歌すればよかろうて、何故、我の前に立つ?》 頭を上げ、冷たい目がファルを突き刺す。
「リゼさんは…俺にとって姉だった…」 短槍を片手に盾を構える。
「ドランさんは…俺にとって兄だった…」 ギリリと握る拳が白む。
「お前程度が奪っていい存在じゃない…!!」
神話の時代から存在する上位存在である”竜”に向かって、啖呵を切る。 それがどれほど滑稽で、それがどれほど蛮勇で、それがどれほど愚かしいのか…。
《ク…クハハ…我、程度。と申すか、塵にも満たぬ小さき者よ》 それはとても愉快なことの様に、哄笑する”黒竜”。
《我の前に、人が立つのは数百年ぶりよ…どれ、見せてみよ》 すうっと目を細め、見下す。絶対的強者の目。
「トカゲ風情がッ!!」
渾身の突撃。”四つ腕熊”の時に見せた冷静で器用に立ち回るファルの姿は無く、ただの突貫。ただの突撃。
その全身全霊の一撃は、黒竜の鱗に突き刺さることすらなかった。
《痛痒、感じず。痴れ者が》
鱗の硬さに弾かれ、突撃したはずのファルが吹き飛ぶ。
その瞬間、黒竜は、すうっと鼻から息を吸い、フッと息を吐く。
”竜の息吹”。赤を超え、青を超え、白い炎が、熱線が、ファルを襲う。
「駄目ぇ!!!」
ドンっと何かに、誰かに押し出される。
ニーナの声が聞こえた、押し出された方を見やると、ニーナは笑っているような、泣いているような、不思議な顔をしていた。
次の瞬間、熱線に当てられ、塵も残らず、悲鳴も上げれず。ニーナは消えた。言葉の通り、消えてしまった。
「クソがぁ!!」
剣と盾を構え、”竜”に飛び掛かるミケル。
《邪魔をするな、痴れ者》
面倒そうに腕を振る黒竜。
掠ったか掠ってないかの衝撃で、ミケルは反対の建物まで吹き飛ぶ。盾でなんとかガードはしていたが、建物がその衝撃でガラガラと崩れる。
あぁ、あの建物は、飯屋だったか…”羽猪のロースト”また食べたかったな…。
力を振り絞り、再度の突撃。
《ふむ、その動きは飽いた。別のにせよ》
腕を振り下ろし、地面に叩きつける。それだけで、ファルの動きは止まる。突撃の姿勢が崩れる。
「おぉぉぉぉっ!」
足を踏ん張り、横っ飛びに軌道を変える。
地面を滑るように横に跳び、”黒竜”の足元に滑り込む。
短槍を持ち替え、鉈刀を腰から抜き、力任せに指先に叩きつける。
《ほう、槍以外も扱うか小さき者よ》
少し意外そうな、どこか楽しそうに”黒竜”は呟く。
「意識そらしてんじゃ…ねぇよ!!」
瓦礫の中から強弓を引くミケルが立ち上がる。
《お前はもうよい》
フッと息を吸う黒竜。”竜の息吹”の事前動作。
一瞬早くミケルの矢が飛ぶ。が、”竜の息吹”とぶつかった瞬間に矢が蒸発する。射線の先に居たミケルは撃った瞬間に退避していたお陰で”片腕の消失だけで”済んだ。
一瞬だけ”黒竜”の意識がミケルに向く。
羽虫を焼こうかと息を吸い込もうとしたその瞬間。黒竜の目に痛みが走る。痛みが、走った。
《クカカ…痛みだと…?この我に痛みだと…?》
黒竜の右目に短刀を突き刺すファル。
右目から”黒竜”の血が吹き出る。もろにそれを浴びるが、決して手を離さない。
”頑丈なだけが取り柄”な武器――”探索者の短刀”。リゼが昇級試練前にくれた、大切な武器だ。
《クハハハハハ!!面白い!面白いぞ小僧!この右目貴様にくれてやろう!!》
黒竜はそういうと頭を振り回し、ファルを引き剥がす。
《我が名は”黒竜”…”黒竜ヘイシン”!貴様に名乗ってやろう!!名乗れ小僧!!》
ペッと血を吐き、最後の武器、刀を手に取るファル。
「ファル…今日この日より、ファル・ゼランだ!」
”賤鉄”になった時にリゼとドランの二人から貰おうと思っていた名だ。
《良い…良いぞゼラン!!この右目は貴様のモノよ!くれてやろう!!その代わりに…貴様のその腕…我のものとする!》
右腕の刀ごと、齧り取るヘイシン。痛みは無い、が、右腕の肘から下が失くなっていた。
「ヘイシン…!」
《そうだ、ゼランよ。我を殺しに来い。数百年ぶりに痛みをくれた貴様になら殺されても良い…だが、今の貴様に殺されるのは面白くない…!我を殺せるようになれ…いつしか!いつしか!待っているぞゼランよ!!》
おもちゃを見付けた子供の様に、ヘイシンは、心より愉快そうに笑い、飛び立った。
その姿を見て、ファルの意識は途絶えた。




