帰還報告と黒い”竜”
翌朝、三人は野営地を早々に発った。昨夜見た影が胸の片隅でざわつくが、まずはファルの昇格と帰還を祝いたい気持ちが優る。
肋の疼きを堪えつつ、ファルは新しい徒党の居場所を夢想し、荷車を曳いた。
しかし道中、違和感が静かに積もっていった。ここは辺境の街道――村や小さな宿場を結ぶ生活路だ。
普段ならば荷を積んだ牛車がのろのろ進み、小間物を並べる掘っ立て小屋や旅籠の軒先から声が漏れるはずだ。
子供が道端で戯れ、行商の呼び声が風に乗る。
だが今は違った。
軒先の布は畳まれ、戸は固く閉ざされ、宿場の広場にいつもある積み荷は放置され埃を被っている。半日歩いても人影はなく、代わりに舞う紙切れと空になった水袋だけが往来の痕跡を告げる。
「おかしくないか……」
ミケルがぽつりと呟き、辺りを見回す。
ファルは幾度も後ろを振り返り、ニーナは掌で布端を握りしめる。
森で感じた獣の気配の薄さ、異様に強化されていた四つ腕熊、夜空を横切った巨大な影――それらが尾を引いて、嫌な筋書きを彼らの胸に描き出す。
それでも互いに「大丈夫だ」と言い聞かせ、坂を登る。
丘を越えれば街が見えるという期待が皆の足を速めた。だが頂を越えた瞬間、視界は一変する。
三人は荷を投げ出し、本能で走り出した。視線の先で厚い黒煙が立ち上り、門扉は破壊され、屋根から赤黒い炎が噴き上がっている。
風は焦げた匂いと刺激的な化学臭を運び、遠くで瓦礫が崩れる鈍い音と断続的な悲鳴が重なる。
「嘘だろ……」誰かの声が震え、三人は立ち尽くす。
崩壊の中心には、巨大な黒い影が翼を広げて座していた。
翼の輪郭は月を切り、尾が火柱をなぞる。
あの影は竜だ。薬草摘みのころに見た影よりも遥かに大きく、破壊を撒き散らす災厄そのものだった。
視線を交わすと、各々の記憶が疼いた。
ファルはリゼとドランの顔を思い出し、ニーナは唇を噛み、ミケルは剣の柄を握り直す。
焼け跡の合間に、瓦礫の下から伸びる助けを求める手がちらりと見えたが、まずは互助会へ知らせ援軍を呼ぶべきだというミケルの声が冷静に落ちる。とはいえ心は既に分担へ動き、ミケルが周囲を警戒し、ニーナが負傷者の有無を探し、ファルは街道沿いの連絡路を確保するために下ることを決める。
背後で竜が低く唸るたびに空気が震え、火の粉が舞う。
だが三人は動揺を表に出さず、持ちうる灯りを手に焼け跡へと進んだ。
肋の痛みも、挫いた足も、今は後回しだ。目の前の惨状を放っておけないという衝動が、彼らの足を強く動かしていた。




