一晩の手当と影
“暴君・四つ腕熊”との激戦を終え、ようやく野営地に戻った三人はまず手当てを優先した。
重傷はファルだ。折れてはいないが肋骨にひびが入っているらしく、動くと激痛が走る。ヒルルク草から作った水薬はあるが、ひびを完全に治すには足りない。
ニーナは逃走時に足首を軽く挫き、ミケルは強弓を引いた際に筋を断裂しかけている。
相談の末、ミケルとニーナの軽傷は水薬で処置し、ファルはヒルルク草と夜光草の軟膏を塗って一晩様子を見ることになった。これらの薬草は水薬に使われるほどの回復力があり、動ける程度には回復する見込みだ。
軟膏の配合に四つ腕熊の胆のうを少量混ぜたところ、驚くほど効果が上がった。嬉しい誤算だ。
時間制限は七日だが、移動一日を差し引くと残り日数に余裕が生まれる。
今夜は休んで明朝に帰還する方針が決まり、三人は食事と簡単な祝杯に移った。
「よし、今日は豪勢に行こう。あの角猪の腿肉を焼くぞ」
治療が一段落し、もっとも軽傷だったミケルが膝を打つ。ニーナは「やった!」とはしゃぎ背嚢から蜂蜜酒の瓶を取り出し、ファルは岩塩と山胡椒を差し出す。
「山胡椒は目潰しに使おうと思ってたけど、こっちで使うか」
「こりゃ腕が鳴るぜ。二人はゆっくり休んでろ、ファルは特に大人しくしてろよ!」
ミケルは腕まくりをして竈へ向かい、角猪の腿肉を豪快にローストする。焚き火の前で二人はちびちびと蜂蜜酒を口にし、疲れを癒した。ローストは評判通り絶品で、三人は笑いながら食卓を囲む。
酒が回り、会話が和んだとき、野営地とその周囲に突如緊張が走った。
焚き火の光が一瞬翳り、月明かりが掠め取られる。
風の流れが変わり、遠くで低い羽音と大気を切るような残響が聞こえた。
三人は無意識に武器を手に取り、空を見上げる。
「何だ、今の……」ミケルが低く呟き、顔を上げる。
黒い影が月を横切り、翼の輪郭が夜空に一瞬映った。ファルの胸に、以前に見た竜の姿がよみがえる。
「あれは……竜だ」ファルが小さく言った。
「竜って、本当にいるのか?」ニーナが遠くを見ながら問う。「翼竜みたいな亜竜とは違う気がするわ。あの大きさは……」
「まずは朝に帰って互助会へ報告する。今はここで警戒して休め」ミケルが短くまとめる。
三人は言葉少なに頷き、戦勝の酒を置いて夜の警戒態勢に戻る。
今宵の祝杯はそこで切り上げられ、それぞれが明朝の行動を反芻しながら静かに夜を迎えた。




