決戦"暴君 四つ腕熊"
決戦、”暴君・四つ腕熊”
~3日目、昼、決戦地の平野~
決戦地の平野は視界が開けているが、隠れる場所が皆無というわけではない。背の高い草むらや噴出でできた大岩、幹の太い大樹のうろ──徒党はそれぞれ予備武器と回収経路を周到に隠した。万が一の紛失に備えるためだ。
ファルは特に入念だった。短槍二本、スリンガー、長剣、刀、長槍、盾、円盾、吹き矢、予備のボーラ、鉈刀まで散らし、毒薬は衝撃で割れぬよう浅く埋めている。丘の樹上にはミケルの強弓、河原付近にはニーナの短槍やボウガンの予備、ミケルの盾の予備を配置した。
毒餌は当初の計画どおり大岩近くに設置した。朝から準備を始め、設置が終わったのは日が高く差す頃だ。ファルは大樹の上で待機し、毒餌に食いつくまでじっと耐える。ニーナとミケルは森の縁を探り、獣をこの平野へ誘導する役だ。
「この戦いが終わったらさ」
ミケルが漏らす。 「三日は何もしたくねぇわ」
「私は一週間かな」ニーナが笑う。
「俺は風呂に入りてぇよ」ファルが肩を竦める。三人は互いの無事を願い合い、探索へ向かう。
森を歩く暴君は腹の鈍痛を抱えつつ、苛立ちで大木を殴りつける。倒れた木で逃げた小鳥にさえ苛立つほどだ。そうして四本の腕を振るって進むと、左副腕に枝のようなものが突き刺さる。複数本、立て続けに刺さるものの致命的な痛みはない──だが、先端にべったり付いた粘着や小さな刺がじわじわと不快感を与える。
草むらから逃げ去る何かを見て、暴君は一瞬餌の存在を確信する。──餌がここにある、と。
ニーナの合図で探索を打ち切り、撤退の体で誘導を始める。ボウガンの矢が二、三発飛ぶと、暴君は餌認識をしてこちらへ向かってくる。苛立ちを帯びた殺気が一同の肌を刺す。
人間と獣の速度差は明白だ。二足歩行の身は木々を縫い、上下左右に動き、時に跳躍しながら暴君を平野へ引き込む。目的は単純だ──毒を確実に摂らせ、次にこちらの段階攻撃で動きを削ぐこと。
逃げ込めば助かるという出口が視界に入る。追い込みながら、獲物は最後の距離を跳び越え、岩の間に掘った穴へ身を潜める。森の方で轟音が鳴り、平野に悠然と姿を現した四つ腕熊は鼻を震わせ、周囲を見渡して大声で吠える。辺りがビリビリと震える。
ここで存在を示してはいけない。ファルは樹上で息を潜める。毒餌に気付かれず戦いが始まれば致命的だ。だが鼻先に漂う香りに暴君は吸い寄せられるように岩へ近づき、そこに積まれた肉塊にむさぼりついた。試験段階の副薬が効きはじめるまで──数分の猶予がある。ファルは短弓を引き、これを“試射”に使う。
距離は約四メルト。矢を放ち、顔面へ軽く命中させる。これが第一の合図ではなく、反応を確かめるための試射だ。矢が刺さると暴君は一瞬怯むが、すぐに顔を上げる。だが矢の先端に塗った粘着や刺激成分が皮膚へ付着し、わずかに右副腕の可動を乱す。
ファルは樹を降りる。着地すると弓を地面へ放り、腰のボーラを掴む。武器の切替には数呼吸要するが、その“隙”は作戦に織り込んである。岩の上からボーラを振り、狙いは右副腕だ。三叉の紐は投げられ、回転しながら副腕に絡みつく。粘着と錘の重みで副腕は振りにくくなる。
暴君は振り払おうともがき、さらに地面から鋭い木の実が掌に食い込む仕掛けに手を取られる。目に見えぬ多数の小さな刺激が積み重なり、反応が鈍る。
岩上の“さる”は次の一手として癇窶玉を口腔へ投げ込む。癇窶玉は小さな衝撃と痺れ粉を混ぜたもので、即時に口腔内の感覚を奪う目的だ。ボンと音を立てて口に入ったそれが破裂し、暴君は一瞬大きく怯む。口の中の痺れが呼吸や咀嚼を阻害し、反応はさらに遅くなる。
ここまでの段階は想定内だ。主成分の毒は臓腑から全身へ回るのに時間を要するが、混ぜた刺激剤と癇窶玉の即時効果で“数分から数十分”のうちに行動のキレを奪える見込みだ。ゆえに今は粘着・刺・痺れで運動を削ぎ、強弓の射程圏へ誘導する。
ファルは次に、中心に火薬とベト草を詰めた“爆弾ボーラ”を準備する。爆発すれば視野を奪えれば儲けものだが、失敗も想定している。投擲されたボーラは顔面に絡み、当初は爆発が起きない。ただの粘着と衝撃に終わるが、ファルは槍の石づきで中心を強く突くことで小さな衝撃波を起こす。これが暴君の顔面にさらなる痛覚と衝撃を与え、怒りを煽る。
怒りは増幅し、暴君は全腕を振り上げて反撃する。十本の刃がファルの頭上を襲うその瞬間、普通の本能なら距離を取るべきだ。だがファルは一歩踏み込み、胴を晒す覚悟で攻撃を受け流す判断を下す。その一歩が逆説的に有利に働いた。刃は上方を通り、肘の付け根に当たり、やや横の柔らかい斜面へ吹き飛ばされる。もし一歩下がっていれば、胴体を真っ二つに裂かれていた可能性が高い。
ファルが吹き飛ばされた瞬間、彼は暴君の目の異変を確かに見た。目の充血、口端の血泡。毒の主成分が臓腑に回り始め、内側から効いているのだ。暴君は身体の内側で痺れと痛みを感じ、言葉にはならない呻きを上げる。
──おかしい、我の方が強いはずだ。体がしびれる、痛い──といったような錯綜した思考の断片が浮かぶ。感覚が薄れる中でも、暴君はさるを叩き潰すつもりで近寄ってくる。が、その足取りは不安定だ。
「掛かってこいよ、熊公」
"四つ腕"を挑発するつもりで小さく声を放つ。
暴君はそれを聞き取ったかのように咆哮し、全身の力を込めて飛びかかってきた。
その瞬間、岩陰に身を潜めていたミケルが強弓を引き絞る。
弦の張りは低く唸り、放たれた矢は太く重い軌道を描いて一気に暴君の胸へ突き刺さった。
矢は臓腑を貫き、巨体はズンと鈍い音を立てて地に倒れる。
血が滲み、呼吸は徐々に浅くなっていった。
ファルは吹き飛ばされたまま、息を切らしながら暴君の目を見た。そこに充血と泡が見える。内側から効いている──混ぜ込んだ刺激剤と癇窶玉の効果が、確実に獣の挙動を崩していた。
「効いてる、確実に効いてる」ファルは震える声で漏らす。
暴君はまだ完全に動けないわけではないが、力は明らかに落ちていた。
ミケルは矢を引き抜くことなく、抜剣の構えを崩さないまま"暴君"へと詰め寄り、首を落とし、致命を確実にした。
ニーナが駆け寄ってファルを支える。脇腹を押さえながらも、ファルは安堵の息を吐いた。ミケルが淡く笑う。
「試練、終わったな」
三人は互いの無事を確かめ合い、討伐の余韻に小さく笑った。
「帰ったら風呂だ、酒だ、飯だ」三人は笑い合いながら、討伐の実感を噛みしめる。
討伐対象:角猪2頭 達成
討伐対象:四つ腕熊1頭 達成
討伐記録:ファル、ミケル、ニーナ 合格
討伐時間:3日 合格
賤鉄級探索者昇級試練:合格
――三人が”暴君”を討ったその時、森の奥深くで何かが飛び立った。鱗をまとい、力強い翼を広げ、鋭い牙を持つ四足。頭に巨大な角、太く逞しい尻尾をたなびかせ、ひと鳴きして森の上空へ飛び去る──それは竜だった。




