狩猟開始Ⅵ:最悪の策略と最終準備
6話 最悪の策略と最終準備
~2日目、昼、”角猪”討伐現場と野営地~
討伐報告と戦略確認
野営地で毒餌を調整していたファルは焦っていた。毒餌の大本は出来ているが、誘引のための“匂い”を用意していなかった。臓物回収をミケルたちに頼んでいなかったのも悔やまれる。
「まだ、あらゆる状況に対応できてない…か」
つぶやいてから、今できることをする。ニーナが用意してくれていた熱湯に“鞭枝垂れ”を放り込む。鞭枝垂れは鞭のように伸びるが切れやすい。まず茹で、柔らかくなった皮を剥ぎ、八等分に裂いて編む。五本分で四十本の細縄ができ、それを四本ずつ編んで強度を上げる。石塊を端に括り付ければ、投擲用の”ボーラ”が完成する。スリンガーの紐も鞭枝垂れに替え、弾性を利用して威力を稼ぐ算段だ。
「よし、取りあえず試射を…」
顔を上げた瞬間、空に緑の花火が上がる。”角猪”討伐の合図だ。
「二人とも……成功したか! よし…」
野営地の簡易荷車を引き、合図のあった丘へ向かう。荷車には互助会貸出の“軽量化”魔法陣が刻まれており、大きな獲物運搬用に常設されている。通常なら討伐証の“角”だけで十分だが、残した肉を“四つ腕”に喰われるのは避けたい。置いていく肉には腹下し程度の弱毒を仕込み、強毒の本命餌とは別に“嫌がらせ”用の弱毒瓶を六本携行することにした。
丘の上でニーナが手を振っているのを見つけ、ファルは手早く近づく。
「二人とも無事か? 怪我は」
「大丈夫大丈夫」とニーナ。ミケルは二頭を一人で解体しながら、餌用の肉を切り出していた。
「お、ファル! 毒餌に使うかなって餌用の肉、切り出してあるぞ。あとこれな! まず一つはクリアだ」
ミケルが投げてきた大振りの角を受け取り背嚢に仕舞う。ファルは分けられた肉を見回して不安げに尋ねる。
「臓物は捨ててないか?」
「臓物は埋めるのが決まりだが……今回は毒餌に使うと思って残してある」大ぶりのボウルにハラワタが積んである。
「助かる。これで毒餌の素材は揃った」ファルが破顔する。ミケルは照れくさそうに目をそらす。
「皮と脂は二人の報酬にしてくれ。肉はできるだけ野営地へ持ち込む。残った肉にはこいつを掛ける」ファルは背嚢から弱毒の瓶を取り出す。
「皮と脂……助かる。で、それは?」ミケルが瓶を怪訝そうに覗く。
「毒ってほどじゃない。無味無臭で、ちょっと旨味さえある下剤だ。喰わせてやればいい。喰った以上に出るけどな」
ニーナが顔をしかめ、ミケルも苦笑する。だが二人とも皮と脂、女の肉、牙、骨の報酬に頬を緩めている。
「さて、野営に戻って“四つ腕熊”対策だ。オスの肉にこれを掛けて“嫌がらせ”を完成させて……明日の朝に決行しよう」
荷車に素材を詰めながら三人は頷く。ミケルが念のため確認する。
「明日じゃなくていいのか? 一日置いた方が効くって言ってなかったか?」
ファルは即座に答える。時間を縮める算段があるのだ。
「基本の毒は遅効だが、今回は短時間で吐き気や腹痛を誘う刺激剤と、注意力を鈍らせる弱い麻痺性の副薬を混ぜてある。一晩でも十分に行動を乱せる見込みだ。だから今夜で煮込みを終わらせて、明朝に設置、昼までに反応を見て決行する」
二人が納得し、悪い笑みが広がる。ファルは心臓を懐にしまい込み、野営地へ戻る。
最終調整:四つ腕熊を撃破せよ
野営地に戻った三人は改めて工程を固める。
「まず今日と明日で準備を完了する。毒餌は七割完成している。臓物と心臓、肉、毒薬を混ぜて煮込み、今夜中に瓶詰めして一晩寝かせる。明朝に運搬して設置、昼までに“嫌がらせ”の反応を確認してから残りの段取りだ」
二人が頷く。ファルが続ける。
「毒餌に食いついたあとはこちらが徹底的に嫌がらせを仕掛けて、毒を全身に回らせる。役目は俺がやる」
「待て、ファルがやるより機動力のある俺のほうが向いてないか?」ミケルが割り込む。嫌がらせは相手を動かさせるために危険が伴う。
「機動力はお前らに劣るが、俺には手数がある。遠近中、あらゆる位置から拘束と刺激を繰り返す。それに俺は火力がない。剣術も弓術も中途半端だから、細工と連続攻撃で戦うしかないんだ」
ファルは二人を真っ直ぐ見据え、そう言い切る。
「うぅ……頭役がそう言うなら仕方ないのかなぁ」ニーナは渋々受け入れる。
「わかった。ファルに任せる。ただ、危険なことはするな」ミケルの声に二人は固く頷いた。




