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竜を殺す者  作者: 東雲
"賤鉄"級昇級試練編

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10/25

狩猟開始Ⅳ:罠と決意

“四つ腕熊”との遭遇から脱し、野営地に戻ったファルは、到着した途端、膝が抜けるようにその場にへたり込んだ。

安堵と疲労が、一気に押し寄せてきた。

「おい、大丈夫か?顔、真っ青だぞ」

石の選別をしていたミケルが、心配そうに駆け寄ってくる。

その後ろには、水の入ったコップを持ったニーナ。

「何があったの?」

心配そうにコップを差し出す。少しぬるめの水が、冷水よりも飲みやすく、助かる。

「……“四つ腕”に遭遇した。とんでもないデカさだったよ」

ファルはコップを一気に煽る。

喉を通るぬるめの水が、ようやく体を落ち着かせてくれた。

「普通の“四つ腕”って、ミケルよりちょっと大きいくらいだよな?」

ミケルはコクリと頷き、続きを促す。

「大きさだけなら、俺の倍はあった。浅めの森にいるにしては、デカすぎる……」

ニーナがゴクリと生唾を飲む。

静まり返った空気の中、その音だけがやけに大きく響いた。

「どうする?……頭役はお前だ。俺たちは、お前の判断に従う」

「うん、ファルに任せる。撤退も仕方ないって気もするし……」

普通に考えたら、撤退だ。

昇級試練だって、半年後にまた受けられる。

だが、ファルは何かが引っかかっていた。

(……でも、俺が見た“あれ”は、皮膚の色が違った。赤黒いというより、もっと濃い……)

(それに、鼻をひくつかせていたのに、こちらに気づかなかった。普通なら嗅覚で見つかるはずだ……)

あの“四つ腕”に対する、説明のつかない違和感。

「……ミケル、ニーナ。“四つ腕熊”の特徴ってなんだ?資料じゃなくて、実際に対峙したことのある二人に聞きたい」

神妙な顔で尋ねるファルに、ミケルが答える。

「まず、目に付くのは四つの腕。二本足で立って、四本の腕で構える……隙がまったくない」

「そうそう、懐に入る気も起きなくなるんだよね」

ミケルの声には、わずかな緊張が混じっていた。

ニーナは努めて明るく振る舞うが、槍を砕かれた記憶が蘇り、笑みが少し引きつっていた。

「爪にばかり意識が行くけど、噛みつきも相当ヤバい感じしたよね? 私の槍、砕かれたし」

「ああ、頭蓋骨も相当硬いよな……皮も分厚くて、毒がほとんど効かない」

ファルは唇を噛み、二人を見渡す。

頭役として、ここで下す判断が、徒党の命運を決める。

「……でも、俺が見た“あれ”は、少し違った。普通の四つ腕じゃない気がする」

「ああ、そういえば──」とミケルが思い出すように言う。

「潜伏中にニーナが干し肉を落として、気づかれたって事件があったな」

「あれは怖かった……10メルト(約10m)くらい離れてたのに、即座に反応してきたもんねぇ」

その言葉で、ファルの違和感が最大に達する。

「“四つ腕熊”の嗅覚は鋭いってことだよな……

でも、俺がさっき遭ったやつは、長槍二本分──2メルトくらいで、こっちに気づかなかったぞ……?

嗅覚が鈍っている……?」

違和感と情報の齟齬を埋めるように、バラバラのパズルを揃えるように、ファルは考える。

「嗅覚が鈍る時って、どんな時だ……?」

バラバラだったピースが、カチリと音を立てて繋がる感覚。

病気か、老衰か、あるいは──飢え。

飢餓で感覚が鈍り、焦燥で動きが荒くなる。

「飢餓状態……しかも、相当の飢餓だ。今思い出しても、あの“四つ腕熊”、異常に腕が細かった」

ファルは深呼吸しながら、状況を思い出す。

「それに、素材が取れすぎてるんだ。“快気茸”、“ヒルルク草”、“月夜草”、“大羽麦”……

どれも小型の動物や獣型が好んで食べるものだ。

二人とも、ここに来てから小型動物って見たか?」

「んー、見たのってせいぜい“ホロホロ鳥”くらいだよね」

「普通なら、これほど揃うはずがない。

森が豊かすぎるのは、逆に異常なんだ。

小型獣が食べ尽くす前に、全部残ってる……つまり、奴が撒き散らす殺気で、森の生き物が逃げてるってことだ」

ファルは野営地の“素材収集箱”に目をやり、考えをまとめるように話す。

「そういえば……俺も見てないな。足跡すらなかった」

ミケルが眉をひそめる。

「森が死んでるみたいだね……」

ニーナが小声で呟いた。

「もし“四つ腕”が飢餓状態なら、毒餌の効果は期待できる。

今まで効かなかった策が、通じるかもしれない」

ファルの声に、二人は思わず息を呑んだ。

「そうと決まれば、俺は“ボーラ”と毒餌の作成に取りかかる。

“角猪”の討伐もさっさとやらないと……“四つ腕”の飢餓が解消されても困るしな」

ファルががばりと顔を上げると、二人も覚悟を決めたように口を開く。

「“角猪”の討伐は、私たちでなんとかするよ」

「こう見えて、“賤鉄”だからな、俺たちは」


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