第六の方程式
第六の方程式
宇宙船。事故が起こり、積荷の大半が船外に放出された。
スティーブンソンは最年長者らしく、まず冷静に状況把握をクルーたちに提起した。航海士のアダムズは、航行機能に支障がないか調べた。エドウィンとレイチェルの夫妻は、他に破損がないか船内を調査した。コンピュータ技師のミネルヴァは、残された食材から地球への帰還プランを練った。
コンピュータの厳密な計算結果が出たとき、クルー全員が胸をなでおろした。5人の生命を繋ぐためのレシピは、全員が生きて帰還できることを示していた。今こそ祝杯でもあげたいところだが、それは自粛した。みな言葉を発するのも惜しんで、目で微笑みあった。
事故の後の最初の食事の時間になり、それぞれの皿の上にはコップ一杯の水とカプセル剤が転がっているだけのそっけないものだったが、過去のどんなディナーよりも価値が高く思え、みな談笑しながらゆっくりと時間をかけて一つ一つを味わった。
(ガタッ)
突然音がした。出航以来、閉ざされたままだった部屋の扉が開いた。
「あっ、痛い」
中からつんのめるようにして少女が飛び出してきた。6人目の乗船者が現れた。
――
「12歳くらいだろうか」
「密航者……」
クルーたちは頭を寄せ合って少女を見ないようにして、口々に同じような事実を繰り返し言い合った。なんてことを。
「あ……」
少女は何か言おうとしたが誰とも目が合わない。怒られたら、まぁ、ごまかし通すか、素直に謝るか、泣いて見せるか。きょろきょろ見回しても、彼らは無視してひそひそ話を続けている。
「え……」
両手を広げて片足だけのステップを一回踏む。(いいですか、これはバランスを取るのが難しい)周囲を見渡してから、片足を上げ……途端にふらつき、尻もちをつく。それを得意の笑顔で取り繕ってみせたのに、反応がない。もしかして、お咎め無しで済む?
横目で少女のおふざけを見ていたクルーたちは、ため息を漏らした。
「宇宙旅行が安全になった頃は、好奇心からの密航者はよくあった……」
スティーブンソンは昔のエピソードを話し始めたが、次第に声が小さくなり黙った。
少女はひとりひとりを見て、アイコンタクトを試みる。「コラッ」と怒鳴ってくれたら。首をすくめて「ごめんなさい」そう答えれば良い。しかし、なぜか皆目を背ける。
アダムズは、彼女の視線の順番が来た時思わず顔を手で覆った。
レイチェルは少女に優しく話しかけようと、前のめりになった。(ねぇ、どこから来たの?)レイチェルも冒険心の強い少女だったから、彼女の気持ちがよくわかる。
エドウィンはレイチェルの腕を強く引いて首を振った。彼女が身動きできないくらい抱きしめた。
(……)
「一応一晩だけ再計算を試みますか。12から14歳は最も消費カロリーが高いのですが」
ミネルヴァの声が静寂の空気を割って入った。
少女に必要なカロリーを捻出するために、一人辺り20%摂取を減らすことになる。ミネルヴァは独り言のように淡々と事実を述べる。5人分の計算値でも運が悪ければ、心臓麻痺でショック死するリスクがある。
『一晩だけ再計算』も『二晩議論する余裕は無いぞ』というミネルヴァ独特の言い回しに過ぎないことは、皆分かっていた。
ミネルヴァは操作盤を指先で叩いて、退屈そうに成り行きを眺めている。
――
スティーブンソンは最終決定を下すのは自分になるだろうなと、覚悟を決めた。穏やかな気持ちでゆっくりと瞼を開くと、少女と目が合った。ついいつものように口角を上げ。笑顔で答える。少女は彼に歩みよろうとしたので、慌てて拡げた指を突き出し顔を伏せた。
アダムズは胸に手を当て、動悸を確認した。地球で待つ娘とどうしても見比べてしまう。小さくうめき声をあげ、頭を振った。
「あ……の……あたし、ごめんなさい」
少女が初めて言葉を発した。
レイチェルはすぐさま振り向いた。自分も子供のころそのくらいのことはした。なんなら父の宇宙船を勝手に乗り回したこともある。
エドウィンは思った。レイチェルとの間にもし娘が産まれていたら、この少女と同じくらいになっていたかもしれない。
「名前は?」
一人ミネルヴァだけは、気さくに少女に話しかける。
「エルザ……です」
再び沈黙が続き誰も話し出さないのを見計らい、スティーブンソンは感情を込めずに事実を突き付ける。
「エルザ、君は密航者だ。わかるかい?」
私は思っていたより悪いことをしたらしい。こっくりと大きくうなずいて見せる。地球に帰るまで、毎日怒られながらでも船内の掃除でもなんでもしよう。
「……この船は事故にあってね。地球には帰れない、みんな死ぬんだ」
「えぇ!うそっ!」
クルーたちは硬直した。
「本当のことだエルザ。でも、5人までなら何とか……」
アダムズがスティーブンソンを遮った。
「事故が起きたのは、僕の責任です!」
アダムズは、スティーブンソンに抗議するように見た。エルザに何を求めるつもりなのか。
「今はそんなことは関係ないだろ。それに君のせいじゃない。小惑星帯はコンピュータも知らなかった」
スティーブンソンは声が少し大きくなった。そんなことで責任を感じていたら、困る。
エルザが割って入った。
「つまり、5人までなら助かるけど、私がいるからみんな死ぬかもしれないって言うこと?」
クルーたちは一斉にエルザを見た。皆、黙ってわずかに首を縦に動かした。エルザの顔が宇宙に吸い込まれていくかのように暗くなった。
レイチェルは咄嗟にエルザに歩み寄って支えた。抱きしめ優しく聞いた。
「エルザ、あなたどこから来たの?」
「施設から」
再び船内が、沈黙した。
――
「その子は悪くない!」
アダムズが再び主張した。
「皆何かあるたびに、パーティを開いていたじゃないか!予備の食材まで手を出して。これは俺たち、みんなの責任なんだよ!」
「なら、一番悪いのはスティーブンソンでは?一番の大喰らいだからね」
ミネルヴァは弾むような声で指摘した。
突然やり玉に挙げられスティーブンソンは慌てた。パーティを主催していたのは、皆でこの長い航海を楽しもうと思ったからじゃないか。宇宙船の事故なんて、ここ100年間起きていない。予備食材の規定も形骸化している。もともとパーティ用として積んだのに。
エドウィンはレイチェルとエルザに歩み寄り、二人を抱きしめた。
「レイチェル、君ならどうする?君はこの少女の代わりになろうとしてるだろ?なら僕は、君の代わりになりたいと思う」
「エド、よして……」
エドウィンはレイチェルのおでこに静かにキスをした。
「僕たちに子供が出来ていたと、考えて」
そう言うと、エルザの細い髪を愛おしげに撫でた。レイチェルは軽率だったと後悔した。そして無言でエルザから手をほどき、エドウィンに両手を巻き付け退いた。
エルザは静かに放逐され、宇宙空間に漂うように2・3歩ふらふらと歩いた。
アダムズは、エルザにこれ以上なく優しい言葉で語る。
「エルザ、おいで君は大丈夫だから」
彼女を引き寄せ落ち着かせた。
「僕が、代わりに乗るよ」
誰もそれには、答えなかった。
――
アダムズは、脱出ポッドに乗り込む準備を淡々と始めた。脱出ポッドは宇宙に放出されるがそれきりで、今回は助けはこない。エルザは次第に小さくなり、じっとして動かなくなっていた。
「こんなこと、二度としたらだめだよ」
そんなエルザに、ミネルヴァが話しかける。
アダムズのためにせめてもの送別会を開くことになり、小さなグラス一杯のワインをフード・ジェネレータで生成した。
エルザの部屋は再び閉ざされていた。
クルーたちの考えは一致していた。12歳といえども参加するべきだ。それができないと彼女は一生後悔するだろう。エルザの部屋の前に集まった。
アダムズが、扉の前で話しかける。
「エルザ、君のせいじゃないから。出てきて欲しいな」
反応がない。
スティーブンソンは、少し威厳のある口調で言った。
「エルザ、アダムズを見送る義務が君にはある」
反応がない。
アダムズが再び話しかけたが、今度も何の反応もなかった。
クルーたちは彼女の態度に少し苛立ち、説得をあきらめて扉を破壊することにした。
扉を開けたが、誰もいなかった。
それと同じころ、脱出ポッドが一つ静かに射出された。
―完―




