第六の方程式
宇宙船。事故が起こり、積荷の大半が船外に放出された。
スティーブンソンはパーティを盛り上げる旗振り役だったが、最年長者らしくまず冷静に状況把握をクルーたちに提起した。
航海士のアダムズは、航行機能に支障がないか調べた。
エドウィンとレイチェルの夫妻は、他に破損がなにか船内を調査した。
コンピュータ技師のミネルヴァは、僅かな食材から地球への帰還プランを練った。
コンピュータの厳密な計算結果をミネルヴァが発表した時、クルー全員が胸をなでおろした。5人の生命を維持するためのレシピは連日パーティで浮かれていたことを後悔させたが、全員が生きて帰還できることを示している。
これで地球に帰れる。
今こそ祝杯でもあげたいところだが、それは自粛した。
みな言葉を発するのも惜しんで、目で微笑みあった。
(ガタッ)
音がした。
「あっ、痛い」
6人目の乗船者が現れた。
――
全員の顔から感情が消えた。12歳くらいだろうか。密航した理由は知らないが、あぁなんてことを。
「再計算…」
「無理だ…」
少女はとうとう密航がばれてしまったことを、恥ずかしがっていた。宇宙船に一番乗りし、鍵をかけて部屋を占拠。船室は多く、部屋の一つが開かなくとも誰も気にしなかった。数ヶ月が過ぎ、退屈することも無く部屋に籠もって宇宙旅行を楽しんだ。無限に広がる宇宙は彼女の心を解放した。
2日ほど前、大きな衝撃がありフード・ジェネレータが機能しなくなり、空腹に耐えられず出てきた。
「あ…」「え…」
怒られたら、まぁ、ごまかし通すか、素直に謝るか、泣いて見せるか。きょろきょろ見回しても、彼らは彼女を無視してひそひそ話を続けている。
両手を広げて片足だけのステップを一回踏む。いいですか、これはバランスを取るのが難しい。片足を上げ……途端にふらつき、尻もちをつく。それを得意の笑顔で取り繕うが、反応はうすい。
もしかして、お咎め無しで済む?
横目で少女のおふざけを見ていたクルー達は、ますます落ち着かない。
“宇宙旅行が安全になった頃は、好奇心からの密航者はよくあった”
航海経験の豊富なスティーブンソンは、そんなエピソードを話して少しでも場を和らげたかったが、その後の話が却って辛くなることに気づいて黙った。
少女はそうしている間もひとりひとりを見て、アイコンタクトを試みる。「コラッ」と怒鳴ってくれたら。首をすくめて「ごめんなさい」そう答えれば良い。もう準備万端だけれど、皆なぜか目を背ける。
少女と同じくらいの娘のいるアダムズは、彼女の視線の順番が来た時、思わず顔を手で覆った。
レイチェルは少女に優しく話しかけようと、前のめりになった。(ねぇ、どこから来たの?)レイチェルも冒険心の強い少女だったから、彼女の気持ちがよくわかる。
エドウィンは妻のレイチェルが何を言おうとするのか察し、腕を強く引いて首を振った。彼女が身動きできないくらい、しっかりと抱きしめた。
(……)
「一応一晩だけ再計算を試みますか。12から14歳は最も消費カロリーが高いのですが」
ミネルヴァは、つとめて冷静に提案を口にする。
少女に必要なカロリーを捻出するために、一人辺り20%摂取を減らすことになる。再計算で一人分の猶予ができるとは、誰も思えなかった。現状でも運が悪ければ、心臓麻痺でショック死するリスクがある。『一晩だけ再計算』も『二晩議論する余裕は無いぞ』というミネルヴァ独特の言い回しに過ぎない。皮肉屋の彼女の性格は皆分かっていた。
レイチェルは操作盤を指先で叩いて、判断を急かす。
――
スティーブンソンは、実質の船長として最終決定を下すのは自分になるだろうなと覚悟した。覚悟を決めると気持ちが穏やかになる。ゆっくりと瞼を開くと、少女と目が合った。口角を上げて笑顔で答える。少女はようやく得られた反応に、彼に歩みよろうとしたのを見て、慌てて拡げた指を突き出し顔を伏せた。
アダムズは胸に手を当て、動悸が収まらない理由を考えていた。地球で待つ娘と変わらぬ無垢な少女を我々は……。そんなことはできるわけがない。小さくうめき声をあげながら、頭を振った。
「あ……の……あたし、ごめんなさい」
沈黙に耐えられず、少女が謝罪した。
レイチェルはすぐさま振り向いた。悪意など全くないのは見て分かる。自分も子供のころそのくらいのことはした。なんなら父の宇宙船を勝手に乗り回したこともある。この子がそんなに悪いことをしたのか?
エドウィンも、感情が揺さぶられる。レイチェルとは15年前に結婚したが、子供は出来なかった。もし娘が産まれていたら、この少女と同じくらいになっているだろう……。
「名前は?」
一人ミネルヴァだけは、気さくに少女に話しかける。
「エルザ……です」
しばらく沈黙が続き、誰も話し出さないのを見計らい、スティーブンソンは感情を込めずに事実を突き付けた。
「エルザ、君は密航者だ。わかるかい?」
突然、神妙になった顔のおじさん。自分が思っていたより悪いことをしたらしい。こっくりと大きくうなずくエルザ。その眼には覚悟がみえる。地球に帰るまで、毎日怒られながらでも船内の掃除でもなんでもしよう。
「……この船は事故にあってね。地球には帰れない、みんな死ぬんだ」
「えぇ!うそっ!」
クルーたちは、少女の受けた衝撃を自分のことのように感じた。昨日までの自分たちの反応と同じだからだ。
スティーブンソンは、更に続けた。
「でも、5人までなら何とか……」
次の言葉を、言いよどむ。
アダムズが遮った。
「事故が起きたのは、僕の責任です!」
スチーブンソンはエリザに聞かせて。何を求めているのか。
「今はそんなことは関係ないだろ。それに君のせいじゃない。小惑星帯はコンピュータも知らなかったんだ!」
そんなことで責任を感じていたら、皆後ろめたいことの一つや二つはある。
エルザは一呼吸して口にした。
「つまり、5人までなら助かるけど、私がいるからみんな死ぬかもしれないって言うこと?」
一斉にエルザを見た。年齢のわりに知性が高い。誤魔化す必要はない。皆、黙ってわずかに首を縦に動かした。
エルザの顔が、次第に宇宙が映り込んだように暗くなった。
レイチェルは。咄嗟にエルザに歩み寄って支えた。
ぎゅっと抱きしめ、優しく聞いた。
「エルザ、あなた何処から来たの?」
できるだけ明るく、目を見て言った。
「施設から」
再び船内が、沈黙した。
――
「その子は悪くない!」
アダムズが再び主張した。
「皆何かあるたびに、パーティを開いていたじゃないか!予備の食材まで手を出して。これは俺たち、みんなの責任なんだよ!」
「なら、一番悪いのはスティーブンソンでは?一番の大喰らいだからね」
ミネルヴァは情に流されるクルーたちにあきれて黙っていたが、責任論なら別だ。そういう話なら興味がある。
突然やり玉に挙げられ、スティーブンソンは慌てた。パーティを主催していたのは自分だが、それは皆でこの長い航海を楽しもうと企画したことじゃないか。宇宙船の事故なんて、ここ100年間起きていない。予備食材の規定も形骸化している。もともとパーティ用として積んだのに。
エドウィンはレイチェルとエルザに歩み寄り、二人を抱きしめた。
「レイチェル、君ならどうする?君はこの少女の代わりになろうとしてるだろ?なら僕は、君の代わりになりたいと思う」
「エド、よして……」
エドウィンはレイチェルのおでこに、静かにキスをした。
「僕たちに子供が出来ていたと、考えて」
そう言うと、エルザの細い髪を愛おしげに撫でた。
レイチェルは今になり、自分の軽率な行動を後悔した。そして無言でエルザから手をほどき、エドウィンに両手を巻き付けた。
静かに放逐される、エルザ。
アダムズは、再び一人になるエルザを見つめた。エルザが犠牲になるのは避けられなくても、なにもこんな仕打ちを受けなくても良かったのに。
「エルザ、おいで君は大丈夫だから」
彼女を抱きしめ、落ち着かせた。
「僕が、替わりに乗るよ」
誰もそれには、答えなかった。
アダムズは、脱出ポッドに乗り込む準備を淡々と始めた。脱出ポッドは宇宙に放出されるがそれきりで、今回は助けはこない。
エルザは自分のやらかしたことの重大さを次第に理解し、塞ぎこんでいた。
そんなエルザに、ミネルヴァが話しかける。
「こんなこと、二度としたらだめだよ」
こんな時にどんな神経しているのだ。だれも少女を死なせたくなくて、苦悩しているのに。
アダムズのためにせめてもの送別会を開くことになり、小さなグラス一杯のワインをフード・ジェネレータで生成した。
エルザの部屋は。再び閉ざされていた。
12歳といえども参加するべきだ。それができないと彼女は一生後悔するだろう。
クルー達は、エルザの部屋の前に集まる。
アダムズが、扉の前で話しかける。
「エルザ、君のせいじゃないから。出てきて欲しいな」
反応がない。
スティーブンソンは、語気を荒げて言った。
「エルザ、アダムズを見送る義務が君にはある」
反応がない。
クルーたちは少し苛立ち、扉を破壊することにした。
扉を開けたが、誰もいなかった。
それと同じころ、脱出ポッドが一つ静かに射出された。
―完―




