08. 婚約者の兄妹と
俺は呆然とするしかなかった。
――どうしてこうなった!
見覚えのない部屋で目覚めたのはどういう経緯があったのか、まったく理解できない。
寝ぼけた頭が急速に覚醒する。
――何故。
何故、俺は裸で寝ていたのか。どうして隣にリリアスがいるのか。
しかも彼女も裸で…………満足そうに微笑んでいた。
「どういうことだ」
「エイン様が、私を望んでくれたのに……。どうしてそんな風に言うんですか?」
恥じらいを見せつつシーツで身体を隠しながらも、どこか達成感のある顔だった。
――嵌められた!
まさかフィオンとリリアスがこんな卑怯な強硬策を取るとは思いもよらなかった。
迂闊過ぎたとは思うが、本当に信頼していたのだ。
少なくともこんな手段を取るような人物だとは思ってもみなかった。
「そういうことにしておこうか……」
俺は絶望しながらも手早く身支度をすると、廊下に繋がるドアに手を掛けた。
「エイン様……!」
「どうせフィオンが近くにいるのだろう? 二人なら帰れるはずだ」
振り返りもせず、そのまま辻馬車を呼んで王宮に戻った。
「何と言う事をしたのですっ!!」
事情を説明し終えるまでもなく、母に激昂された。
「せっかく最高の婚約者を用意したというのに! 迂闊にも程があります!!」
こめかみに青筋を立てた母上は、悪鬼も裸足で逃げ出す様相だった。
「しかし……最悪ではない筈です。マクウィラン侯爵家が味方についたままです」
フィオンとの間は開きつつあって微妙だが、それでもリリアスを大切にしているのだから何とかなるだろう。
「そんな訳ないでしょう! どうして自分の異母妹と浮気するような男の後ろ盾をすると思ったの!?」
「跡取りはフィオンです。リリアスとも仲が良いですから……」
母上の怒りの根源はそこか。
なぜ娘が次期侯爵だと思ったのか。既に亡くなった第二夫人の娘が当主になろう筈もないのに。
「ディアドラが後継者ですよ! お前との婚約がなくなったのなら確実に!!」
「どういうことです……?」
初耳だ。
もし後継者だというなら、何故、俺と婚約した?
そもそも後継者だと言うなら、フィオンより先に生まれていなければおかしい。二人は同い年とはいえ、ディアドラの方が誕生日は後だ。
「異母兄ではなく義兄であってマクウィラン侯爵家の血は一滴も流れてないっていうのに、どうして後継になれると思ったの?」
「フィオンは第一夫人の子ですよね?」
どうなっている……?
夫人は初婚だ。実家はアトリナム公爵家の令嬢で、政略によってではなく、恋愛関係になって結婚したと聞いている。
ディアドラの母の方が先に結婚したが、こちらは政略結婚。元は子爵家の令嬢であり、現夫人との婚姻によって第二夫人になったという話だったが……。
「お前まで騙されているとは」
俺の様子からすべてを悟ったのか、母が大きな溜息をついた。
「第一夫人はディアドラの母親です。実家が公爵家なのもね!」
「――!!」
母は再び大きな溜息をつく。
「後妻を第一夫人としておきたかったのは、先妻が生きていた頃からの付き合いだったからよ。妹の方はマクウィラン侯爵の子だもの、醜聞になるわ。実際には先妻が亡くなったから後妻に収まれただけ。二人の子は連れ子であって庶子ではない。そうでなければアトリナム公爵家が黙ってはいないもの」
「ではリリアスを娶っても公爵家の後見は……」
「得られる訳ないでしょう!」
何を分かり切ったことを、という口調だった。
ガンッと頭を殴られたような衝撃が走った。
「アトリナム公爵は姉ととても仲が良く、その娘であるディアドラのことも大切にしてるわ。絶対に政略の駒にしないと言い切るほどにね! 公爵を外交官として国外に出し、嫡男も後学のためにと同行させて、ようやく整った婚約だったのに……」
はあぁぁぁと三度、特大の溜息をつく。
母はしゃべるか溜息をつくかのどちらかだった。
「本当ならいくら国内にいないとはいえ、後妻が公爵家の娘だと吹聴するのは無理ではないでしょうか?」
「都合が良かったのでしょうよ、姪を守るために敢えて価値を下げるには。政略を結びたがる家は多いわ。本人に瑕疵がなく醜聞にもならないような形だもの。上手くいけばお前主導でディアドラの婚約を解消できると踏んだのね、きっと。そしてその通りになった」
マクウィラン侯爵は現夫人を愛していて、それとなく先妻と後妻の実家が入れ替わるような噂を流した。妻たちの実家も都合が良かったから否定しなかったということか。
「長男が連れ子でありマクウィラン侯爵家の血を一滴も引いてないのは事実よ。夫と死別してその弟が後を継いだから、実家に返されたのは確認が取れているから。妹の方は侯爵家の血を引いているけれど」
「――だったら」
目の前に闇が広がった。
マクウィラン侯爵家とアトリナム公爵家の後ろ盾があれば、母が側妃であっても、正妃の子である第一王子を抑えて王太子になれると思っていた。
この国では第一子でなくとも実力があれば玉座が巡ってくる。
実際、異母兄が成人年齢をとうに過ぎた今でも、王太子は空位だ。
「……爵位と領地は与えられるけれど、今のままでは一代限りの公爵で終わるわ」
永世貴族としての称号を与えるなら、領地も一緒に与えなければいけない。
だが王家の直轄地は有限で、いつまでも与えられ続けるのは無理だ。
フィオンがマクウィラン侯爵家の後継たりえないなら、継ぐのはディアドラになるだろう。リリアスも血を引いているとはいえ、母上の話からすると形式的には連れ子である。
「ディアドラであれば王太子が無理でも、マクウィラン侯爵の夫にはなれたというのに……」
母の気付きたくない事実を告げる言葉に、絶望しか残っていなかった。
――どうしてこうなったのだ。
嘆いたところで、何者もこたえてはくれなかった……。
婚約者の変更は淡々と行われた。
俺には何も言う権利は残されていない。
――どうしてこうなった。
溜息しか出てこない。
俺の卒業を待たず第一王子の異母兄が立太子した。
不仲な俺が王族に残る可能性はない。適当な領地を貰って臣籍降下するのは確定だが、政治の表舞台に上がる未来は決してこないだろう。「これで卒業式はエスコートしてもらえますね」とリリアスが嬉しそうに言ったが、そんな予定はない。一人で参加予定だ。結婚は責任を取ってするが、側に近寄らせるのは憚られる。
俺への好意がなくなったら、次は致死性の毒を盛るだろう。
もしくは寝首を掻かれるかもしれない。
そんな風に思ったら同衾するのも遠慮したい気分になった。
もう二度と俺たち三人の関係は元に戻る日は来ない。
前話の終わり方で、大体のところを察した方は多かったと思います。
その通りになりました。
サブタイトルは別名『エイン破滅回』もしくは『エイン不憫回』
信頼しきっていた幼馴染兼親友にしてられるとは……。
短編をアップしました。
ほのぼのした子育て物になります。
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『魔女、子供を拾う。そして育てる。』
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