07. 婚約者の妹
「久しぶりです、エイン様」
声をかけてきたのは現副会長。
引退した最上級生を交えた懇親会は、生徒会の引き継ぎの二か月後に行われるのが慣習だった。
生徒の裁量が大きいこの学校で新たな生徒会が発足してしばらく、先代会長の苦労を知った頃合いに、アドバイスをもらう意味が含まれている。
「フィオンは一年の頃から役員として活躍していたから、さほど大変ではないだろう?」
「そうですね、話に聞いていたよりは楽だと思いますよ。会長の経験がモノを言うんでしょうね」
そう話す副会長自身、一年の頃は手伝いとして、二年からは役員としてよく働いていた。
ほかの現生徒会メンバーも殆どが顔見知りだ。
手伝いの一年生が二人増えた。リリアスを含めた三人は来期には役員になるだろう。
「お久しぶりです。エイン様!」
親し気に名を呼ぶのは、懐かしさを感じるほど顔を合わせていなかった友人の妹。
「元気にしていたか、フィオンも」
仲の良い兄妹に声を掛けた。
「最近は遊びに来ていただけなくて寂しいです」
そう思うならディアドラに嫌がらせなどしなかったら良かったのに、とは言わない。自分だってやらかしたうちの一人だ。彼女を蔑ろにしながら三人で楽しんでいたのが黒歴史に変わりつつある。
実際に自分が訪れた際に、敢えてもてなしの一つもないように采配したのは、婚約者以外のマクウィラン侯爵家の誰かで。
それはリリアスの味方なのだ。
「私も少しずつ王の仕事を覚えなくてはいけないからね、遊ぶ時間は取れないんだ。生徒会を引退して会えなくなったのは淋しいけど」
子供の時間は終わりつつある。
楽しかったけど、そろそろ現実を見る時期がきた。
「卒業してデビュッタントを済ませば、今度は夜会で度々顔を合わせられるよ。少しの我慢だ」
「何年も会えないなんて……」
そうは言うが、学生であり卒業後はどこかに嫁ぐリリアスと、皇子として執務を行う俺が顔を合わすのは難しいだろう。彼女が異母姉と仲が良いのなら別だが。
「だったら……」
リリアスが意を決したように口を開いた。
「卒業パーティでエスコートに選んでください」
上目遣いのリリアスに、今までなら是とこたえたものだが――。
「婚約者がいるのに、公の場でほかの令嬢をエスコートはできないよ。俺以上に令嬢側の醜聞になるからね」
卒業パーティでエスコートするのは基本的に婚約者であり、これは一般的な社交と同じだ。理由があればその限りではないが、ディアドラと不仲なリリアスを選ぶ正当性は欠片もない。
婚約者の挿げ替えを提案された件から、フィオンとの間には微妙な空気が流れたが、その後すぐに俺が生徒会を引退して接点が減った。顔を合わす機会が激減したため微妙な空気を感じずに済む。
同時にリリアスとも顔を合わせていない。
今まで婚約者との顔合わせ名目でマクウィラン侯爵家に通っていた。
だが茶会の場が王宮と街の有名店の個室に替わった影響によって、学園以外に顔を合わすこともない。
卒業したらそれも叶わない。
そしてフィオンとの間には微妙な空気が流れ続けているまま。
俺とフィオンとリリアス、三人の立ち位置は変わらないどころか、少しずつ距離が開きつつあった。
フィオンの……マクウィラン侯爵家の後ろ盾を必要としているのは理解している。婚約者を姉妹で入れ替えて問題ないのも。兄妹の母の実家の支援も取り付けられる分、妹の方がより良いのではとも思う。
だが真摯な態度で接してみてディアドラの清廉さと聡明さに触れると、このまま一緒になりたい欲求を抑えられない。
確かにリリアスは可愛いだけでなく努力家だ。
幼いころ何度も寝込み勉強も遅れがちだったが、苦い薬湯を飲み続けて健やかになってからは、必死になって勉強に取り組んでいるのを間近で見ていた。
今ではそれなりの成績を維持している彼女が、以前は勉強も作法もおぼつかない令嬢だったと誰が思うだろうか。
きっと卒業までにもっと学び、優秀と呼ばれるようになるだろう。
それでも俺はディアドラを選ぶ。このまま現状維持に努めるだけで彼女が手に入る。いくらリリアスが可愛くても選ぶ余地はないのだ。
「そうですか……」
目に見えてしょんぼりとするから、少し気まずさが残る。
「じゃあ、せっかくなので、一緒の馬車で帰宅してくれませんか? お兄様も一緒だから醜聞にはならないでしょう? 少しだけ寄り道して、前みたいにお茶をしたいです」
可愛らしいお願いに、仕方がないなと同意する。
きっとリリアスと一緒にお茶をする最後の機会になるだろうから。
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ほのぼのした子育て物になります。
魔女、子供を拾う。そして育てる。
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