第91話 外堀
■ ■ ■
(どうしてこんなことに……)
寮母の沙和子さんに貸してもらった管理人室で、蓮はため息をついた。
沙和子さんが使っている木製のデスクと簡単な応接セットが置かれた8畳ほどの洋室。結乃と並んでソファに座り、ローテーブルを挟んだ対面には長身の女性がどっかりと腰を下ろす――蓮の里親である荒巾木アーカーシャだ。
親とは言ってもビジネスライクな関係に過ぎない。ダンジョン孤児だった蓮には書類上だけでも親が必要だったし、D財団も蓮をつなぎ留めておく理由を欲していた。
そこで白羽の矢が立ったのが彼女だった。
飛び級で高等教育を修めた天才。ダンジョン研究の最先端で腕をふるう第一人者――御殿場ダンジョンを生き抜いた『遠野蓮』を分析するのに打ってつけの人材というわけだ。
ただし、当時23歳で独身と里親になるにはまったく適さない条件だったが、そこは財団がいろいろと手を回したらしい。
蓮自身としては誰でも良かった。
当時は特に、本来の家族のことですら遠くに感じるほど擦り切れていたのだから。誰が『親』になろうと構わなかった。
のだが――
「いやぁ元気そうで安心したぜ最愛の息子!!」
ソファで身を乗り出し犬歯を剥き出しにして獰猛に笑う荒巾木。
(これ、喜んでるんだよね……)
血も涙もない研究者だと聞かされていたのだが、なぜだか蓮には愛着を持ってしまったようで、今もニコニコの上機嫌だ――笑い方が凶暴すぎてこれを好意の証だと理解できる人間はごく少数なのだが。
荒巾木は仕事が忙しく、また蓮は実際には施設で育ったので日常生活での接点は少なかったが、会えばこんなふうに絡んでくる。
――親というより大型犬にでも好かれたような、そんな気分。
「しかも……アタシの知らないところで成長しやがって……」
「? ああ、身長も――」
「そっちじゃねぇよ」
「…………。じゃあなに?」
「あん? 決まってるだろ。そりゃあビビるぜ、こんな美人のお嬢ちゃんを射止めてるなんてよぉ!」
「「っっっ!?」」
驚くことに寮まで荒巾木を案内したのは結乃だという話だった。
「い、射止めたって……結乃は、別に……」
言いながらふと横を見ると、結乃はちょっとむくれているように見えた。
「…………。結乃には仲良くしてもらってるけど」
控えめながらも言い直すと結乃の機嫌はなおったようだった。
しかし、
「『結乃』って呼び捨てにしてんのか!? すまねぇなお嬢ちゃん、ウチの息子が無礼でよ!」
不作法が白衣を着て歩いているような女性に言われたくはなかった。
「い、いいえ! 私がお願いしたんです。それより挨拶が遅れちゃって本当にすみません……そ、その、一緒のお部屋で蓮くんにお世話になってます」
「部屋ァ!?」
シチュエーションだけ見れば『蓮の母親に同棲していることを結乃から告白した』状況だ。考えてみると色々ヤバい。
「あっ、でもまだ清い関係で――」
「マジか……マジかよ……」
さすがにショックを受けたのかうつむいて肩を震わせる荒巾木が……ガバッとあげた顔は泣いていた。
「んで! 孫の顔はいつ見れるんだ!?」
「そういうのセクハラだからね?」
本当に疲れる母親だ。
しかし頼りの結乃は耳まで赤くして固まっている。
「っていうか、僕の配信見てない? 結乃とコンビでやってるんだけど」
「それが初配信しか見れてねぇんだ」
今度はガッカリと肩を落とす。
「助手が見せてくれねぇ……研究が手に着かなくなるからって。ん? そうか、あの初配信に出てたのが結乃ちゃんか!?」
「やっと気づいた?」
「アタシが人の顔覚えねぇの知ってんだろ! いやしかし、そうか――」
改めて結乃の顔を眺める。
「マジで可愛いな。……結乃ちゃんよぉ」
「な、なんでしょう?」
「アタシのこと『お義母さん』って呼んでいいからな?」
「えっ」
「ちょっと!?」
「娘もできるなんて最高じゃねぇか」
さすがに10歳も違わない年齢差でそれは厳しいと思うが。
「結乃だってそんなの言われても――」
「お、おかあさん……」
「結乃?」
「あっ。蓮くんの『お母さん』って意味だよ!?」
凄いスピードで外堀が埋まっているような気がする。
気恥ずかしくなって来たので話題を逸らす。いや、こっちが本題か。
「それより、なんでこっちに来たわけ?」
急に現れた荒巾木。
ただ一応は見当が付いている。あにはからんや、
「蓮が『お姉ちゃん』に目を付けられたって聞いてな。新田の野郎に呼び出されたんだよ」
「ああ、ダンジョン庁の」
「お、知ってんのか?」
「さっき会ってた」
アイビスの事務所で打ち合わせたダンジョン庁の新田は荒巾木とも接点があると言っていたが、招集をかけているとは聞いていない。
「始まるんだ、特別討伐クエストが」
事務所で聞かされた内容を2人に話す。荒巾木のためというより結乃に説明するためだ。配信者が多く駆り出されるであろうこと。通常のモンスター討伐ではないのでイレギュラーな危険もあり得ること。それから――
「……ただ、参加条件はナイトライセンスなんだ」
だから結乃は参加できない。
これは蓮にとっては安心できる要素だった。通常の探索や討伐ならともかく、今回は何が起きるかわからない。結乃には申し訳ないが――
「うん。どっちにしても私のレベルじゃ足手まといになっちゃうしね。その代わり全力でフォローするよ」
「そっか、ありがとう」
「蓮が……、ありが……、とう?」
「?」
荒巾木が見たことのない顔をして驚いている。
「せいぜい『ども』くらいしか言わなかった蓮が、アタシみてーのが親だったからさらにひねくれた蓮が……普通に言いやがったぜ、ありがとうを……」
「そ、そんな言う? 別に普通だし――」
「結乃ちゃんよぉ!!!」
ローテーブルを大股でまたいで結乃の手をとる。
「えぇっ!?」
「あんたの影響だな!? 蓮がこんなに素直になったのは! 末永くよろしく頼むぜ、最高の娘!!!」
「は、はい……っ!」
まったく予想しなかった意気投合に、蓮は苦笑いするしかなかった。
――そしてこの翌日。
特別討伐クエストは開始された。
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