第86話 迅風
蓮が振り向きもしないまま倒したのは【シャドー・ワーウルフ】。
この20階層ではレアなモンスターで、その名が示すとおり、まるで影のように気配を消して人間に近づき襲う、凶暴な二足歩行の化け物だ。
「……ああ、どうやって倒したかってこと?」
・そうです!
・蓮くんには見えて当然の速度だったのかw
・俺たちにはほぼ見えてないのよw
つい《《普通》》に倒してしまったが、もっと速度を抑えないといけないかもしれない。
最近蓮がやってきた〝淡々とモンスターを倒す配信〟では、限界までゆっくりと戦闘していた。その縛りからは解放されると思っていたが――なかなか調整が難しい。
「黒翼を使ったんだ」
ショートマントを変形させてみせる。
蓮の意志に応じて形状を変えるこの専用装備。最大6枚になる翼のうち2枚を使った。
「爪で僕の背中を狙ってたから――その腕をはたき落として、アゴを横から殴った。人間ほど効率的にはいかないけど、脳を揺らして倒したっていうか」
・あの一瞬でか
・黒いものしか見えんかった
・あれ? 危なくない? まだ死んでないんじゃないの
・早くトドメ刺したほうがいいですよ
「……ん。トドメは刺してる」
蓮の視線に応じて、配信カメラがシャドー・ワーウルフにレンズを向ける。
倒れたモンスターの胸部、コアがある位置に雷魔法の矢が刺さっていた。
「最初にこれで。でもコアを潰してもすぐに動きは止まらないから黒翼で迎撃した――」
・すでに倒してたw
・魔法の発動も見えんかったんよw
・すみません余計なことを言いました。もうトドメ刺されてたんですね。
・ソードを使うまでもないソードセラフさん
『蓮くん、どうやって気づいたの? 後ろのモンスターに』
「? 気配がしたから」
・その気配を消すのがシャドー・ワーウルフなんですが?
・ワーウルフさん涙目ww
・そんなさも当然みたいにw
・蓮くんさんを不意打ちできるヤツなんていないだろうな
・不意打ち成功してもたぶん倒せないしな
(…………)
戦闘のうえではそのとおり。
しかし先日、ベッドの上で結乃から不意打ちを受けて完敗したのは記憶に新しいところ。もちろん、配信では語れない『戦闘』だが。
蓮の足下で、コアを失ったシャドー・ワーウルフが光の粒子となってリスポーンしていった。
『ちょっとトラブルはありましたが――』
気を取り直して結乃が進行する。
――エリアボスを倒して上を目指そう配信。
『まずはこの20階層からスタートします。ここのエリアボスは【レッド・コカトリス】――』
ニワトリと蛇の混合体。
普通のコカトリスはもっと下の10階層周辺のモンスターで、体長は蛇の尾を除くと1mほど。
だが、レッド・コカトリスとなると体長は8mを超える。そこに凶暴な蛇と、巨大な翼が生えているのだ。
コカトリス種の特徴のひとつは、甲高い奇声。特殊な耳栓がないと防げず、直接的な被害こそないものの戦闘においては障害となり得る。
――そしてもっとも厄介なのは【石化ブレス 】だ。
コカトリスが吐き出す息に触れると、生物は石と化してしまう。そこへ蛇の尻尾で一撃を加えられ砕かれる。
それが特大サイズのレッド・コカトリスの攻撃ともなると強烈、ほぼ即死だ。
一応、石化を防ぐ装備はある。
石化ブレスは『ダンジョンとダンジョン由来のもの』には効果がない。
なので、ダンジョン探索で稀に手に入る防具を着けていれば、その防具だけは石化をまぬがれる——防御力は維持できるというわけだ。
ただ結局、人間が浴びてしまって中身が動けなくなっては同じこと。
いかにブレスを避けて、あるいは遠距離からの攻撃で、巨体なのに素早いレッド・コカトリスを倒すか。
そういう勝負になる。
『大きいモンスターだからすぐに見つかりそうだね。今のところ討伐の記録もないし——』
「うん。行こうか」
蓮は20階層を駆けだした。
+ + +
レッド・コカトリスはすぐに見つかった。
羽毛は赤というより緋色に近い。洞窟状になった20階層の奥深くで、ニワトリの巨体と蛇の尾でとぐろを巻き、何やら――他のモンスターらしきものをついばみ食らっていた。
・食事中か
・邪魔したらブチギレそうだな
・俺はじめて見るわ
・配信者は避けがちだもんね、石化ブレス
・今のうちに魔法ぶっぱで倒そうぜ!
指摘のあるとおり、遠距離魔法で攻撃を仕掛けるのが定石だろう。だが――
(警戒してる――)
食事に夢中になりながらも、いつでも戦闘態勢に入れるように身構えている。さすがにエリアボスと称されるだけはある。
『蓮くん……行く?』
最近気づいたことがある。
結乃は戦闘面ではまだまだだが、とにかく目がいい。動体視力という意味ではなく、洞察力という意味で。
人間を見る目も、モンスターを見る目も。
相手の気持ちを察するのが上手いとも言えるだろう。蓮が感じたのと同じレベルで、結乃もレッド・コカトリスの迎撃態勢を察している。
蓮は、パートナーからの問いかけに小さくうなずいて返し、岩陰から歩み出た。
・普通に行った!?
・魔法ちゃうの?
・今日の装備は日本刀か……!
腰に帯びた得物を抜く。これまで使って来た西洋剣とは異なる、細いが鋭利な刀身。
・エリアボス耐久配信なのに日本刀で大丈夫?
・耐久力低いよな
・そこも縛りかよ
案の定、レッド・コカトリスの黒い瞳が動き、ギロリとこちらを睨みつけてくる。食事中の死骸を放棄するとおもむろに立ち上がり、翼を広げ、
「グェエエエエエエエエエエエッッッ――――!!」
・うわっ
・奇声えっぐ!
・ノイズ軽減入ってなかったら耳死んでるわ!
・軽減入ってんの? 入ってこれ?
・洞窟震えてるじゃん!?
・蓮くん大丈夫!?
耳をつんざくどころか脳まで揺らすレッド・コカトリスの啼き声は、たしかに蓮にも強い影響を与えている。けれどこれくらいで戦闘能力が低下する蓮ではない。
過酷な環境下での戦闘には慣れっこだ。むしろ得意な範疇。
「グハァアアアアッ…………!」
大きく開いたくちばしの間から、灰色の吐息が大量に溢れ出す。足下にあったモンスターの死骸が一瞬で石と化し、レッド・コカトリスの足に踏みつぶされて粉々になった。
・厄介なやつ!
・蓮くん、まっすぐ行ったぁ!?
石化ブレスの煙幕へと突っ込んでいく。
「――――【黒翼:迅風】」
蓮の行く手にたちこめる石化ブレスを、風魔法を纏った6枚の翼が払ってのける。
仕組みはシイナの【夜嵐】と同じだ。
あちらは風魔法に特化したブースト機能が付いているので同様の威力とはいかないが――黒翼を蓮が使えば両手を使うのと遜色ない精度で魔法を操れる。
遠くで撮影する配信用カメラの方向すら気に掛ける余裕もある。カメラが石化しないように。
「グゲェエエぇッ!」
止まらず突進していく蓮にレッド・コカトリスは一瞬ひるんだが、すぐさま鋭い爪を備えた足を蹴り出してきた。
――シュキンッ
刀剣一閃。
前蹴りを回避すると同時、身をひねりながら繰り出した斬撃が情け容赦なく凶鳥の足を切り落とす。
「ギェエッッ!?」
斬りながら、蓮は黒翼を操作し緋色の羽毛をガシッと掴み、レッド・コカトリスの身体を駆け上がる。
――シュガッッッ
さらに一閃。
石化ブレスを吐き出す器官ごと、レッド・コカトリスの首を切断。しかし――
・はや!?
・もう!?
・いや怖い怖い!
・蓮くん危ない!
巨木のごとき蛇の尾が、空中に投げ出された蓮に迫っていた。大蛇のアギトが毒液をまき散らし眼前に迫る。
「知ってるよ――」
この魔獣の本体はこちらだ。危険な石化の術をまき散らす鳥の頭部を囮に、敵対者を最後に打ち倒すのはこの大蛇のほうなのだ。
「殺気がバレバレ」
予測どおりの攻撃。
蓮はあらかじめ思い描いていたとおりの回避行動を取る――黒翼のおかげで空中での姿勢制御は完璧に近づいた。
躱しながら、蛇の喉へと刃を突き立て、胴体へ向かって切り裂く。
「シュアァアッ――――っっ!?」
絶叫ともつかない声をあげ、魔獣の蛇は両断されて絶命する。
着地とともに、黒翼で払いのけた灰色のブレスが舞って散る。
「――――まず1つ」
ずしんと倒れる巨獣を背に、蓮はつぶやいた。
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