第83話 成長(前半)
「どーーーっも! お兄ちゃんお姉ちゃん、元気にしてる!? 今日も俺がみんなを楽しませてあげるからね☆」
配信カメラに向かって、蓮が勢いよく語りかける。
ナイトライセンスを取って1年。
身長は30cmも伸びたし、オシャレの重要性も理解した。
目にはカラコン、前髪にはゴールドのメッシュを入れた、この姿が今のスタンダードだ。
もうリスナー相手に緊張することも、まったくなくなった。
「うわ、コメント速すぎじゃん? そんなに俺に会いたかったワケ? あ、ギフチャあざっす!」
軽いノリこそダンジョン配信の醍醐味だ。
目も合わせず、チャットも読まないなんて言語道断。
蓮がこんなふうになれたのも――
「――ん?【ゆの】はどうしたって? すぐに来るよ。ちょっと遅れてる。ハハ、先に始めてて、怒られるかもな」
リスナーに肩をすくめてみせる。
背が伸びたことで専用装備【黒翼】も丈が合わなくなり、今は長いマントの形状にグレードアップされている。そして蓮の【創造の炎】にも耐えられるようになった、ロングソードを帯びた姿。
蓮はチャットに目をさっと通すと、爽やかに笑って、
「えっ? 本気でキレられて婚約破棄されるかも――だって? そんなことないって。俺たち毎日ラブラブだからさ。お、来た来た。結乃、こっちだ。おいで――――」
・ ・ ・
「――――っ、うぁああああッッッ!?!?」
蓮は汗だくで跳び起きた。
「?……っ???」
今は夜。
ここはベッドの上だ。
女子寮の2人部屋。自分のベッドで。
自分の体をペタペタ触って確認する。
Tシャツとハーフパンツ。身長は……たぶん変わってない。暗くて分かりづらいが、前髪もメッシュではないようだ。
デジタル時計が示す時間は、深夜の2時。
「……ゆ、夢??」
どうやら夢の中でダンジョン配信していたらしい。
それも、成長した姿で。
悪夢だった。
「あ、あんなのが願望……? なわけないじゃん……!」
アレは憧れの姿というより、『配信者なんだから明るくなきゃ』という強迫観念が生み出した恐ろしい幻影というべきだろう。
さすがにあんな薄ら寒い配信はしたくない――。
「願望……、結乃……」
ただ、夢の中ではどうやら結乃は『婚約者』だったらしく。たとえ中学2年生になったとしても婚約なんてできないが。
けれど……あれが自分の願望?
「…………ん、どしたの? 蓮くん」
「っっっっ!?」
通路を挟んだ隣のベッドで、結乃が目を覚ました。
「眠れなかった? 大丈夫?」
寝起きでふにゃっとしているが、とても優しい声。
「ご、ごめん、起こしちゃって――」
「ううん。……悪い夢でも見ちゃった?」
「――――っ」
悪い夢だし、変な夢だし。
結乃には言えない。
でも蓮が押し黙っているせいで、結乃を心配させてしまったらしい。
「……蓮くん。そっち行っていい?」
「えっ!?」
「怖い夢、見たんだね。汗も掻いてる。拭いたげるね、待ってて」
「あ、いや」
それはそうなんだが、そこまで心配されると気まずい。
結乃は常夜灯をつけると、タンスから自分のタオルを持って来て蓮の肌をぬぐってくれる。
「もう大丈夫だよ。ここには怖いものなんてないから」
もしかしたら結乃は、蓮が『あの頃』の夢を見たと思っているのかもしれない。
御殿場ダンジョンに閉じ込められて、あの地獄のような日々のことを。
――しかし実態は大きく異なって、単に、本当に変な夢を見ただけなのだ。
「いや別にそんな――」
言いかけて、ぼんやりした薄明かりの中で結乃と目が合う。
「うん?」
とても落ち着くのに、蓮をドキドキさせる柔らかなまなざし。タオルを持つ手はどこまでも優しくて、結乃からはほのかに甘い香りもする。
「っっっ……!」
視線を逸らしても、結乃はパジャマ姿が目に入る。
半袖に、太ももがほとんど見えてしまっている短かいズボン。彼女の白い肌。
――『婚約者』
さっきの夢がリフレインする。
結婚したらどうなるんだろう?
一緒に暮らして、一緒に食べて、一緒に寝て……いつも通りだ。でも夫婦なんだから、ただ一緒に眠るだけじゃないだろう。もちろんああいう――
「っっ!?」
「蓮くん?」
「な、なんでもないっ!」
煩悩を振り払うように、壁のほうを向いて寝転がり、薄い布団をかぶる。
けれどそれが、結乃を余計に心配させてしまったらしい。
「…………うん。私、ここにいるからね」
「――えっ」
結乃も寝そべると、同じ布団に入ってきた。
衣擦れの音。スルスルと伸びてくる結乃の腕。蓮を背後からギュッと抱きしめる結乃の唇が、うしろ髪に触れた。安らかな吐息。
蓮の背中に押しつけられる柔らかな感触。
(まずい、誤解とかないと――!?)
蓮のメンタルはそんなに弱っていない。夢のダメージは違う意味で深刻だけれど。
これじゃあ、結乃を騙して役得にあやかっているようなものだ。
(……うぐ、でもこれは……ッ)
幸せすぎる体勢。
さっきの『婚約者』を意識し過ぎてしまっているせいもあって、ドキドキするのが止まらない。
申し訳なさに小さく丸々と、さらに誤解が深まり、結乃の抱擁はすっぽり蓮の全身を包むようになる。
抱きしめられる恥ずかしさと、それを大きく上回る心地よさと、男子としての興奮と。
(あ、頭が……! おかしくなる……!!)
当然、眠れるはずもない。
今は5月。
昼はだいぶ気温も上がってきたが、夜は少し気温が落ちる。それでも2人分の体温を包んだ布団の中は、じんわりと熱せられてくる。
結乃の吐息、胸の感触、柔らかく回された腕、足もぴったりと。
(し、しぬ……! 僕は、ここで死ぬっ……!!!!)
結局2時間ほど、深夜4時を過ぎるまで蓮は意識を保ったまま、天国と地獄の狭間をさまよった。
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