第82話 反響:有紗・羽美
「今日もお疲れさまでした、羽美先生」
テニス部の練習終わりに、キャプテンの早川有紗が話しかけてきた。
メガネをかけた、スラっとした黒髪おさげの3年生。
羽美のことを慕ってくれている、頼りになる女子キャプテンだ。
「お疲れさま早川さん」
ちょっと頑固なところはあるが、真面目で素直な生徒。
けれどここ数日、その表情に変化があったように見受けられる。
どこか気を張っていたところのある彼女だったが、その顔から幾分か険がとれたような気がする。
大人にも負けまいと自分を律しているように見えていたが、それが和らいでいるようなのだ。
今は年相応の、「しっかりした中学3年生のお姉さん」といったところ。
「いつもありがとうね。今日も会議で遅れちゃって。新入部員のお世話とか」
「いいえ。やる気のある子たちがいっぱいで、私もモチベーションが高まっていますから」
仮入部を経て正式入部した1年生は多い。
もともと人気の部活ではあったが、今年は特に。
(蓮くん……遠野くんはさすがに無理だったけど)
最初から分かっていたことだ。彼には本業があって、今は大事な時期。
先日のナイトライセンス試験でさらにフォロワーを増やし、スター街道まっしぐらだ。
「早川さん、いいことあったって顔してるね」
「そう……見えますか?」
(あれ?)
有紗の頬が赤らむのは、運動を終えたあとだからだろうか?
(早川さん、男子にあまり興味なさそうだったけど。もしかしてそっち方面だったりして?)
中学生なんて恋多き年頃だ。
彼女が恋愛に目覚めたなら、それはそれで良いことだろう。
「実は私……、ダンジョン配信を見るようになって」
「え!?!?!?」
「えっ?」
「う、ううん、そ、そうなんだぁ……」
つい過剰な反応を見せてしまった羽美。
ダンジョン配信を見ていることはバレてもいいが、担任クラスには『人気者』がいる。
彼のリスナーであること、彼を《《ちょっと》》気に入っていることは、さすがに隠さなければ。
しかし、ダンジョン配信を毛嫌いしていたあの有紗が。やはり何らか心境の変化があったんだろう。
「…………彼」
「うん?」
「彼の配信、見てるんです――」
「彼って」
「……い、1年の、遠野蓮くん……」
「っっっっ!?!?」
「彼とはその、色々とあって」
有紗は、その事情をかいつまんで説明してくれた。
彼女の家庭事情は、部活の顧問である羽美も知っていたし、先日事件があったことも聞いている。
ただ、そこに蓮が絡んでいたことは初耳だった。
センシティブな事情だけに、ごく限られた人間にしか知らされていなかったようだ。蓮自身にはなにも被害がなかったので、担任の羽美にも情報が回って来なかったのだろう。
「話してくれてありがとうね。そっか、蓮く――遠野くんがね」
「はい。それで、見もしないでダンジョン配信を嫌うのは良くないって思い直して。先生、ナイトライセンスって知ってますか?」
「えっ? ああ、うん、聞いたことある、くらいかなぁ――」
嘘だ。
メチャクチャ詳しいし、先日もかじりつくように視聴していた。そしてネットのコミュニティで夜通し語り合った。
「――彼がそのナイトライセンスの試験を受けるというので。その前に予習したんです。彼の配信を」
「は、ハマった……?」
「はい」
真面目なまなざしで有紗は、
「学校での彼とは違って……いいえ、部活のときや私を助けてくれたときに見せてくれた、ああいう彼の姿があって」
「へ、へえ」
「私、憧れました。彼のことが大好きに――あっ!? は、配信者としてですよ? アスリートみたいっていうか、ええっと」
耳まで赤くする姿がいじらしい。
……それに。
(正直に言えるの、羨ましいな――)
教え子が最推しだとは誰にも言えない羽美からすると、とてもまぶしく映る。
「で、でもですね」
有紗は呼吸を整えてから、
「あんまり他の人には言いにくいというか、生徒会長もやってますし、1人の後輩にえこひいきしてるって思われたくないというか」
「それは――」
有紗だって生徒の1人だ。
テニス部の女子キャプテンや生徒会長なんて肩書きを、そこまで重責に感じる必要はないのだが。
そういう生真面目なところが彼女の魅力でもあるけれど。
「……でも、なんで私に?」
「先生は、遠野くんの担任ですし。……もしかしたら」
「?」
「もしかしたら、先生も遠野くんの配信を見てるかもって」
「!?!?!? み、見て、ないよぉ~……?」
変な声が出てしまった。
「だ、ダンジョン配信は見るけどぉ、遠野くんの配信は、ち、チラッとは見たかな? 切り抜きくらいで……」
「そう、ですか」
有紗が残念そうな顔をする。
「――先生となら、彼のことを語らえるかもと思ったんですが。すみません、変な話をして」
「~~~~っ」
有紗は羽美に信頼を寄せてくれている。羽美なら冷やかさないと思ったのだろうし、語らい合う仲間が欲しかったんだろう。
それは、羽美も同じなのだが……。
ネットだけではなく、リアルで語らえる仲間。しかも『彼』のことを知っている者同士として。
「あ、部活動も手を抜くつもりはありませんので」
「…………」
「むしろ力が湧いてくるんです。今まで以上に張りが生まれてきた、というんでしょうか。遠野くんの配信を見るのが楽しみで、それが翌日の活力に変わるんです」
「そ、そう……」
「……あ。『ゆのさん』との配信を見たあとだけは、なぜか頭がズキズキして、不思議な気持ちに襲われるんですけど」
「だよね……」
「それも少しずつ癖になるっていうか」
「……うん」
「勉強も部活も頑張って、ご褒美に彼のアーカイブを見て――いま、とても楽しいんです。だから先生にご迷惑は――」
「――そう!!! だよねっっ!?!?!?!?!?」
「っっ?」
羽美の中でなにかが弾けた。
「せ、先生?」
「ごめんなさい嘘ついて! わ、私も見てるの、遠野くんの配信! っていうか最推し!!」
「! そうなんですね」
「担任教師として公言はできないけど――」
堰を切ったように想いが溢れ出る。
「私のつらい時代を支えてくれたダンジョン配信、その中でも遠野く――『蓮くん』は特別で! あっ、恋愛とかそういうのじゃなくてね!? もう配信を見ている時間が宝物っていうか! 生配信見て、切り抜き見て、またアーカイブで同じシーンを見たくなって!……彼からは認識されなくてもいいんだよ!? ただの『担任教師』ってだけで充分すぎるくらい! そういう特別にはならなくっていいから、ただただ応援していたいの!!――――あっ」
まくし立て過ぎた。これには有紗も引いてしまっているに違いない。
「先生……」
「う、うん、ごめんなさ――」
「羽美先生も同じだったんですね! あの、私、ダンジョン配信のリスナーとしては初心者で……良かったら色々教えていただけないでしょうか!?」
「えっ。こ、こんな先生、気持ち悪くない?」
「そんなわけありません。その、差し出がましいですが――こ、こういうのを『推し活仲間』って言うんですよね?」
ダンジョン配信を見始めたばかりだというのに、もうそんな言葉まで。学習能力の高い彼女らしいというか何というか。
「尊敬する羽美先生と、憧れの遠野くんのことを語らい合えるなら……私、とても嬉しいです」
「っっっ! は、早川さん……!」
リアル推し活仲間。
それも『遠野蓮』の。
「いいの? さっきみたいにたくさん語っちゃうよ!?」
「はい。そういう羽美先生を見るのも楽しいです。もちろん、誰にも言いませんから――。私、リスナーとしてのファンアカウントを作ったんです。よろしければフレンドになっていただけませんか?……厚かましいでしょうか」
「と、とんでもない! よろしくね早川さん!」
「はい、羽美先生!」
――こうして『遠野蓮』という新たな共通点を得て、師弟コンビの絆はいままで以上に深まった。
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