第78話 遊園地(後編)
フェアリーランドはダンジョンが発生する前からあるテーマパークだ。
当時は『フェアリー』みたいな架空の生物が、まさか本当に『ダンジョン内のモンスター』として顕現するなんて誰も思っていなかった時代だ。
ダンジョンが発生して一時は、不謹慎だ、という声に押されて客足が遠のいていたが、次第に業績は回復。
今では、平日の夜でも大勢の客が押し寄せる人気スポットとして復活している。
そのアトラクションの数々を蓮たち4人は……というか、結乃と梨々香が率先して満喫している。
最初は乗り気じゃなかった蓮も、2人に引っ張られて次第に楽しめるようになってきた。シイナは、人の多さにゲッソリとしていたが。
「次なに乗るー?」
「その前に、みんなで写真撮りませんか?」
結乃の提案に梨々香も、
「そだね! 4人で撮ろ☆」
「あの、すみません――撮ってくれませんか?」
結乃は近くにいたスタッフに声をかける。ああして気軽に話しかけるところは、蓮とシイナには真似できそうにない。
「ええ。もちろんいいですよ。どこで撮りますか?」
「あ、じゃあこの噴水の前で」
「はい。――――あっ」
4人の顔を見たスタッフが、小さく驚く。どうやらダンジョン配信者であることに気づいたようだ。
しかしそこはプロ。
騒ぐでもなく態度を変えるでもなく、スマイルを崩さずに応じる。
「皆さん寄ってくださーい」
「レンレン、真ん中だよ!」
「えっ、いや」
「蓮くんが主役なんだから。はい、ここね」
結乃に背後から、蓮の両肩に手を置いて。左から梨々香がギューッと詰めてきて。
「シイナちゃん、もっとくっつきなよ☆」
「うぇっ……!? う、うぃ……」
蓮のことをじとーっと見つめてから、観念したようにシイナが寄ってくる。
「もっとだよ、レンレンにぴたっと!」
「…………っ! しょ、少年に……、は、犯罪では……?」
「えー? じゃあ梨々香と結乃ちゃんは大犯罪者だねー☆」
「ですね」
言って、ますます体を密着させてくる梨々香と結乃。
(――――っ!? いい匂い……じゃなくて!)
微笑ましいモノをみるようなスタッフさんの視線も痛くて、
「し、シイナ先輩っ、はやく!」
「ご、強引っ……! は、ハーレムの王っ……!?」
「そういうのいいから……!」
「撮りますよー」
JKコスプレのお姉さん3人と、彼女たちをはべらせる蓮の記念撮影。
「蓮くんにも送るね。あとは梨々香ちゃんとシイナさんにも――」
「やったー」
「ふ、ふぁい…………」
シイナと結乃のまともな接触は、今日がほとんど初めてだ。2人がスマホでやり取りをしているあいだ、蓮は何気なしに園内に視線を巡らせる。
もう日も落ちて、夜のとばりの中を園内の照明がきらびやかに照らしている。カップルも多く、手を繋いで歩いている。
「…………」
「あー、レンレンもあーゆーことしたいんだぁ?」
「ち、ちが」
「結乃ちゃんの手をさ、ガッと強引に掴んじゃって、ドキドキさせてあげなよー☆」
「い、いいって――」
「そんなこと言ってると、梨々香がレンレンの手を狙っちゃうぞ?」
「――それは色々と……」
せっかく修復されたシイナとの関係が、おそらく一発で崩壊するだろう。また命を狙われ兼ねない。
「結乃ちゃんだって、人気者になって狙ってる男も多いだろうからさ、レンレンも頑張らないと!」
「う……。いやそういうんじゃないし……!」
「あは、照れてる照れてる~」
チラリと盗み見る、ライトに照らされた結乃の横顔。もし彼女が自分以外の誰かと手を繋ぐなんて……考えたくはない。
だが、
「別に、デートってワケじゃないし……ああいうの、人前ですることじゃないし……」
「ふ~ん。ま、いいけど☆」
含みのある言い方をして梨々香は、
「――じゃあレンレンには関係ないかもしれないけど」
「?」
「フェアリー城ってあるでしょ、ここ」
園の中央にある巨大なお城。フェアリーランドの中でも人がよく集まるシンボル的な施設だ。
「このあと花火が上がるんだけどさ、あそこで手を繋いで一緒に花火を見たカップルは、永遠に一緒で幸せになれるんだってさ☆ まー、レンレンには関係ないだろーけどー?」
「ま、まあね」
「あ、シイナちゃんたち終わったみたい。ほら行こ☆」
その後も、ポップコーンを買い食いしてみんなで分けたり、またアトラクションを楽しんだりしているうちに、帰宅の時間が近づいてきた。
「最後に花火見ていきたいですね」
と、結乃が言う。
(…………っ!)
さっきの梨々香の言葉が蘇って、蓮は無駄に緊張してしまう。
「それ! ぜったい見ないとね☆」
フェアリー城前の広場は、同じように花火を見ようとする客でごった返していた。
「ひ、人が……、す、スタンピード…………っ! お、おのれ人間め…………っ」
人混みに揉まれてシイナが死にそうだ。
「シイナちゃん、だいじょぶ? 梨々香に掴まったらいいよ」
「ふいっっ!? な、ナイト様っ……じゃなかった梨々香ちゃんに!? ふわわわ……っ!」
「ふふ。あの2人ってホント仲良しだね」
「うん」
「……私たちも、そう見えてるかな?」
「――――っ!?」
挑発的とも取れる結乃の言葉に、けれど蓮はうまく答えられず、
「ど、どうかな……」
と言うので精一杯だった。それでも結乃は、
「そうだといいね」
優しく微笑んで寄り添ってくれる。
(僕は…………)
梨々香ほど積極的にはなれないし、シイナほどストレートに喜べない。この気恥ずかしさが邪魔をする。
これが戦闘なら簡単に踏み込めるのに。どうにも上手くできない。格好だけは高校生のコスプレをしたところで、自分は――
「きゃっ!?」
蓮が葛藤していると、人混みはさらに密集度を増して、その流れに結乃が巻き込まれてしまった。
「結乃……っ!?」
ベストポジションで花火を見ようとする人の流れに、結乃が連れ去られそうになる。
その手を、蓮は必死に握った。
「れ、蓮くん……!?」
「こ、こっち」
大人たちに押しやられそうになりながらも、どうにか結乃を救出した、そのとき、
――――ッッドンっ!
フェアリー城の向こうから、花火が上がった。
「――わぁっ」
結乃が小さく歓声をあげる。
夜空を彩る花火が、幻想的な風景をつくりだす。
「綺麗だね――。ね、蓮くん」
ほとんど結乃のことしか見ていなかったので、こちらを振り向いた結乃とばっちり目が合ってしまう。
そんな結乃も、蓮と手を握っていることに気づいて、
「――あっ!? 手……」
「ご、ごめん!」
「ううん。……もうちょっと、このままでいよ?」
「…………っ!」
花火が終わるまでの約1分間。
じわりと手に汗をかいてしまうのを気にしながら、でも結乃の手の柔らかさと温かさを心地良く思いながらの、短くも長くも感じられる1分間だった。
「花火、良かったね」
「――うん」
「…………」
「…………」
2人とも、なかなか手を離せずにいたそのとき、蓮のスマホが鳴った。業務用のほうのスマートフォンだ。
「なんだろ? お仕事のことかもしれないし、見てみたほうがいいんじゃない?」
結乃に促されて、スマホに届いたメッセージを開く。
「――あ。受かったって」
「受かった……ナイトライセンス!」
「うん。合格」
「やっぱり! やったね!」
結乃は自分のことのように目を輝かせる。
「おめでとう、蓮くん!」
「……ありがと。結乃たちが応援してくれたから」
「蓮くんの実力だよ。私も、蓮くんに置いていかれないようにもっと頑張って追いつかないと」
「置いてったり、しない……」
「うん?」
蓮は今度こそ、結乃の目をはっきり見つめて言った。
「――ずっと、一緒だから」
「…………っ!?」
「あっ!? ち、ちがくて、そういう意味じゃ……な、なくて……?」
でもそういう意味でもあるわけで。
「ふふっ、ありがと。嬉しいよ蓮くん。ずっと一緒だよね」
そう言ってはにかむ結乃の顔は、花火よりずっと鮮明に蓮のまぶたに焼きついた。
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