第74話 試験②
「…………黒翼、とは!?」
蓮の新装備のお披露目に、司会の神部が声をあげる。解説のキューゴがそれに応えて、
「ううむ、イージスマントの改良版ですかな? しかしあれは翼というより……銃弾をはたき落とした動きは、人の手のようでもありましたな!?」
・蓮くんが前に配信で言ってたやつ!
・黒がいいとか言ってたね
・イージスマントの形状変化か
・それにしても変形速度が異常じゃなかったか!?
「イージスマントの形状変化は、もっとゆるやかだったように思いますが」
「これは蓮殿の魔力操作の賜物でござろうな。マントの隅々まで魔力を行き渡らせて、明確なイメージをもって操作している――そのレベルが高いのでござるよ」
「なるほど! 遠野蓮といえば怒濤の攻撃のイメージがありますが、これで防御面も強化されたというわけですね?」
「うむ! 距離を取って戦えば、おいそれと被弾はしなさそうでござるな!」
・いいぞ蓮くん、反撃だ!
・遠距離もいけるところ見せてやれ
・いけ蓮くん! 極大の魔法でぶっ飛ばせ!
蓮たちには、運営の配信画面は見えていない。だからチャット欄の盛り上がりも知らないが――
蓮は距離を取ったあと……再び突っ込んだ。
・また!?
・それ無理だって分かったろ
・いや黒翼を使えば
シイナの銃弾が応じる。
眉間、肩、膝――
各部位を狙った凶弾を、蓮は突進しながら黒翼で払い落としていく。
・おおお!?
・行った!
・距離詰めたぞ!
・斬れ!
接近。蓮の間合いだ。けれど――銀光が鋭くきらめく。
「――――っ!」
シイナの蹴りだ。ピンヒールの踵で蹴り上げただけの一撃だが、剣で受けた蓮の身体を後方へ吹っ飛ばすほどの衝撃があった。
「シイナ先輩……強いね」
「当たり前――」
表情は崩さず、しかし眼光は暗く、蓮を睨みつけてくる。
「――貴方、舐めてる?」
「……なにが?」
「ずっと真っ直ぐに突っ込んでくるだけ」
そう、蓮は左右への回避行動を取っていない。
「シイナ先輩もじゃん。……1歩も動いてない」
今の蹴りのあとだって、足をもとの位置へと静かに降ろしただけ。戦闘開始時から、1ミリも移動していない。
――つまりお互い、手加減はしていないがまだ《《本気の様子見》》といったところ。
「シイナ先輩が本気の本気になるまで、正面から戦ってみようと思ってさ……次は魔法で」
蓮は左手を頭上にかかげて、水魔法を発動させる。
「【アクア・スピア】――――」
形を自在に創造できる水魔法。アクア・スピアは、槍の形に尖らせて撃ち出す魔法だが――
・でかぁい!w
・デカすぎw
・てか魔法発動早すぎない!?
・おっ? 蓮くんさんの配信は初めてか? こんなの平常運転やぞ
「遠野蓮の、規格外のアクア・スピア! シイナこれを迎撃できるか!?」
「……そんなモノ」
飛来する水の槍へと、シイナは銃口を向ける。乱射。ただし今度は1点集中だ。槍の尖端への集中射撃。
「く、砕いたぁああああ!」
「あっさりと! ピストルで硬化された風の銃弾、水魔法では突破できませんな!」
「…………次」
「おっと? 遠野蓮、ふたたびのアクア・スピアです。サイズもそのままで――」
・万策尽きたか?
・やっぱ舐めてるんじゃね?
放たれる水の槍。迎撃する風の弾。
――が、今度は槍の尖端が銃弾をものともせず弾いて、シイナに殺到する。
「――――っ!? チッ」
とうとうシイナが動いた。
横飛びにアクア・スピアを回避。
「今のは!? 同じ水魔法のように見えましたが」
「う、ううむっ……!? そうか、あれは重力魔法でござるな!?」
「というと?」
「槍の先端だけを重力魔法で固めた……コーティングしたでござるよ!」
「おお、重力魔法は遠野蓮の得意属性ですね!?」
・突貫力アップか!
・複数魔法の合成、つまりスキルじゃん
・こんなスキルあったか?
・汎用じゃないんやろ、ユニークスキルや
「やっと動いたね、シイナ先輩」
「死ぬほどムカつく……!」
・この新人くん煽るねw
・ちょっと楽しそうやな蓮くん
・シイナ様に睨まれるとかご褒美じゃん……
・私は蓮くんに煽られたいです←
・アイビスの配信者とリスナー、やべぇやつ多いなw
「――でも。まだあの【夜嵐】は見せてくれないんだ」
実際、蓮はこの戦闘を楽しんでいた。ダンジョンを生き抜く、血なまぐさい戦闘とは違う。結乃たちにレッスンして心を通わせる、温かな楽しさとも違う。
――そう、言うなら好敵手。
こういう戦いもあるのかと、新しい発見だ。
「それなら……スキル【荒ぶる海神の槍】」
「ほほう! 蓮殿のスキル名はポセイドンですか!」
「まさに海神ポセイドンのトライデントが如く……っと!? おおお!?!?」
掲げた左手。蓮の背後に、水と重力魔法で生成した巨大な槍が生まれる――ただし、幾本も。
「きょ、巨大な槍が、何本も……!?」
「エグすぎでござるぞ!? これはもはや対個人に使うスキルでは――」
中空に浮かぶ、12本の【荒ぶる海神の槍】――
・城攻めでもするつもりか!?w
・城
・でっか! ふっと!!
・ちょっと待て、これってナイトライセンス試験だよな!? 中級者の登竜門……ってレベルじゃねーぞ!?
「シイナ先輩、これはどう捌く?」
「――――っ!」
・蓮くん、楽しみ方が魔王のそれなんよw
・悪役のセリフだこれw
・黒翼もいい感じに魔王だな
・この生意気ガキンチョ……嫌いじゃねーぜ
・シイナ様、逃げてぇえええええ!
「――――――」
ふと、シイナの両眼から光が消える。焦点の合わない瞳。両腕を脱力させ、立ち尽くす。それはまさしく《《嵐》》の前の静けさ――
(…………来る)
蓮の肌がピリピリとプレッシャーを感知する。
「――――――、【夜嵐】」
つぶやくのと同時、シイナの全身から風魔法がほとばしる。ドレスの裾がはためき、銀髪が乱れ舞って、風が轟音とともに渦を巻く。
・きちゃああああああああ!
・夜嵐キタ! これでかつる!
・風の結界か!
「遠野蓮のポセイドンに対し、シイナも夜嵐を展開!! 中継カメラも揺れています!」
「おほーーッ!? カメラ越しの我々まで吹き飛ばされそうですぞ!」
「行くよ、【荒ぶる海神の槍】――――ッ」
12本の槍が同時に飛翔。風の結界に接触。
水魔法によりクリエイトされた槍が怒濤の水流で射出されているが、その勢いも夜嵐の障壁に押しとどめられる。
「スキルとスキルの力比べ!! 遠野蓮が押し勝つか!? シイナが防ぎ切るか!?」
「――夜嵐は、そんなに生ぬるくないでござるよ」
「っ!? どういうことでしょう!?」
「あれは防御スキルではないでござる。あれは――周囲をズタズタに切り裂いて、殲滅するためのスキル……!!」
拡大し続ける風の渦。洞窟の壁――内壁や柱を削り取り、その瓦礫も含んだ嵐に変わる。
「シイナ殿の牙が……突き立てられるでござるよ!!」
発砲。
発砲。
発砲。
嵐の中心で風に嬲られるように四肢を揉まれているシイナが――けれど、正確すぎるほどの射撃で【荒ぶる海神の槍】を迎撃する。
発砲。
発砲。
発砲。
(押し負ける――のか!)
目を見開く蓮の前で、水の槍がガリガリと削られて飛散していく。
「――――っ!?」
水魔法の飛沫とともに、洞窟の瓦礫が蓮の顔面へと飛んでくるのを、黒翼で打ち落とす。
この【夜嵐】は、ただの防壁ではない。シイナ《《そのもの》》なのだ。彼女のテリトリーが、この風の渦が及ぶ範囲、すべてに拡張されている。風が触れるものを感知し、削り、砕き、おのれの手足として操る――。
(これがシイナ先輩か……!)
蓮は、昂揚に口元を歪めた。
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