第60話 仮入部
平日の朝。
「いってきまーす」
「……行ってきます」
「は~い、いってらっしゃい」
エプロン姿の沙和子さんに見送られて、蓮は結乃と一緒に寮を出る。結乃の高校と、蓮の中学校は途中まで同じ通学路だ。
「ゆうべの配信、大丈夫だった? 衛藤さん、何か言ってた?」
配信切り忘れで(主にリスナーたちが)盛り上がってしまった件。
変な会話をしたわけでも衝撃的な映像が映ったわけでもないが、それでも彼らにとっては刺激的な内容だったらしい。
マネージャーの衛藤から怒られるかもと思っていたが、
「事務所的にはセーフだって。バズってるらしい……結乃は良かった? アーカイブ消すこともできるけど」
「うーん、恥ずかしいけど……いつもの私たちだったし、変なことしてないし」
「そっか。まあ結乃がいいなら」
どのみち、アーカイブを消してもリスナーの記憶は消えないし、録画されたものが残っていればネットであっという間に共有されてしまうだろう。
とにかく、2人とも昨日でさらに有名人になってしまった。
通学路、同じ道を行く生徒たちからの注目を浴びてしまう。結乃の学校は寮生以外にも、実家から通う生徒もいるので蓮を初めて見るお姉さんも多いのだ。
高校2年生と中学1年生の『カップル』。ブレザー姿の結乃と、学ランの蓮。そんな2人を見て口々に――
「あ!【れんゆの】だよ!」
「1年の遠野くんだ……!」
「え?『ゆの』マジ可愛くね?」
「加工じゃなかったんだな」
「ホントに付き合ってんの? ズリぃなあの一年」
「んじゃお前も同じ感じでダンジョン配信やればいいじゃん」
「あのレベルは絶対ムリだわ……」
「ほらあれ、蓮くんだよ? 一緒に撮ってもらいなよ」
「ううん、柊先輩の邪魔しちゃ悪いし――」
五感の鋭い蓮は遠くの声も拾えてしまうが、そうでなくても耳に入るレベルだ。
「なんか……いろいろ言われてるね」
「なんかゴメン」
「ううん」
結乃は照れ笑いして、
「蓮くんと『ウワサ』になるなら……嬉しいかな」
「ま、またそういうことを――」
「あ。ここでお別れだね。蓮くん、中学校楽しんでね」
通学路が分かれる交差点で、手を振り、高校へと向かって行った。
■ ■ ■
区立第一中学。金田羽美は、1年2組の担任だ。彼女はホームルームで教壇に立って生徒たちに呼びかけた。
「あさってから『仮入部』の期間です。まだ希望用紙を提出してない人は、今日中にかならず出してくださいね」
第一中学では部活への所属は強制ではないが、そもそも部活がどんなものかを知ってもらうために、仮入部だけは全員参加にしている。やる気マンマンの生徒はとっくに仮入部届を提出済みだが、そうでない生徒も、もちろんいる。
例えば、塾に通うために部活には入らない方針の生徒だったり、サッカーのユースチームに所属している生徒だったり。
あとは――
ダンジョン配信を仕事としている生徒だったり。
「あの……」
ホームルームを終えた羽美に1人の生徒が話しかけてきた。同級生の中でも小柄で、他人との会話が苦手な男子だが、彼こそが最年少のダンジョン配信者。
デビュー以来、破竹の勢いでフォロワーを増やしている――羽美の最推し配信者、遠野蓮だ。
希望欄が空欄のままの仮入部届を手に、羽美に話しかけてくる。
「先生。これ、出さなきゃダメですか……」
配信で時折見せる凜々しい表情とはかけ離れた、人見知りな顔。だが羽美にとっては、
(――――っっ!? 推しの生ボイス!!!!)
脳内で歓喜の歌が流れるが、それを決して表に出すわけにはいかない。羽美は教師なのだ。それも遠野蓮の担任だ。
最推しだからって、えこひいきはしないと決めているし『自分の担任が熱烈なフォロワーだ』なんて蓮に意識させたくもない。だから、至って平静を装って、
「書けないのかな、遠野くん? ダンジョン配信が忙しいとは思うけど、仮入部は体験して欲しいな。2日間だけだし、少しでも興味のありそうなものを選べばいいんだよ」
「はあ……」
(しょんぼり顔……っ!? 待って無理!!)
表情筋が悲鳴を上げているが、教師の微笑は崩さない。根性。
「遠野くんはダンジョンで体を動かすの得意だよね? 中学だからまだ探索部はないけど……気になる運動部でもいいし、他に、普段楽しんでるものがあればそれでも。うちの中学、漫画部とかもあるんだよ」
仮入部前の現在、すでに部活動の見学はオープンになっているが、蓮がいずれかに参加している様子はなかった。
それはそうだろう。彼は、放課後に時間があればダンジョン配信に注力している。フォロワーとしてはそれが嬉しいのだが、羽美は教師でもある。部活動の楽しさも、ちょっとだけ味わって欲しいと思う。
部活に入ることが学校のすべてではないし、それ以外で熱中できるものがあるなら素晴らしいことだが、同年代の中で学べることも多いのだ。
「本業の配信に支障がない範囲で、遠野くんが『一番負担が少なそうだな』って思えるところを選んでもいいよ」
「…………」
少し考え込んで蓮は、ポツリと言った。
「ソフトテニス……だっけ」
「うん?」
「羽美先生のやってる部活――」
「う、うみっっ!?!?」
「? そう呼べって――」
「も、ももも、もちろんそうだよっ!?『羽美先生』って呼んでくれていいよ!」
(推しに名前を呼ばれたっっっ!?)
羽美の心臓が燃え尽きるほどヒートしてきた。
(えっ? しかも私の顧問、覚えてくれてたっ!?!?)
入学式の自己紹介で話して以来、ホームルームで触れたことのない話題だったのに。
人見知りの蓮だ、知らない教師より知っている教師が顧問をしている部活のほうが負担が少ないと、そう考えたに過ぎないのだろう。
だがそれでも、である。
(死ぬほど入って欲しいっ! でも職権濫用っっ!)
「うちのソフトテニスの練習は男女共同だし、初心者ももちろん大歓迎だけど……廊下の掲示板で、他の部活も見てから希望書いていいからね」
「……いい。ソフトテニスで」
(えーーーーーっ⁉︎ これは夢⁉︎⁉︎⁉︎)
見開いた目から、往年の少女漫画みたいにキラキラ星が舞い飛んだ。
彼にとっては消去法的な選択だとしても、羽美にとっては神の福音に等しい。
(ごめんなさい他のリスナーさん! 「お兄ちゃん」に「お姉ちゃん」のみなさん!! 私は……私は!!!)
「遠野くんがそう希望するなら。顧問としても嬉しいな。仮入部、一緒に頑張ろうね!」
「はい――」
そう言う蓮が去って教室に1人になった羽美は、
「――――っし!!」
小さくガッツポーズをきめた。
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