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第6話 女子寮

「ここか……」


 二ノ宮社長から送られてきた地図をもとに蓮は、あっせんされた寮を訪れた。

 ダンジョン内での装備はすべて外して1階層の貸しロッカーに預け、今は入学予定の中学校の制服姿だ。


「すご……」


 そこは、まるで荘厳な教会のような外観だった。都心にあって広大な敷地に、3階建ての立派な建物。

 ダンジョンに入るよりよっぽど気後れしながら、蓮はおずおずとエントランスを進む。


 木製の、分厚い観音開き扉から中へと入る。


「す、すみませ……」

「はぁい。――あら、いらっしゃい」


 エプロン姿の女性がすぐに出てきた。ロングヘアーのおっとりとした美女だ。年齢は、マネージャーの衛藤より少し上、20代後半くらいだろうか?


「もしかして、あなたが遠野くん?」

「ぅ、……そう、っす……」


 初対面の相手にはどうしても言葉が詰まってしまう。しかし相手はまったくそんなことはないようで、ニコニコの笑顔で迎えてくれる。


「お話は聞いてるわ。私はここの寮母やってます。先生ではないのよ? よろしくね~」

「あ、う、ども……」


 前かがみで膝を曲げて目線を合わせてくる仕草に、寮母というより保育士のお姉さんのような雰囲気がある。


「ちょうどお夕飯の時間だから、みんな食堂に集まる頃なの。あ、お夕飯は私だけじゃなくって、生徒のみんなも手伝ってくれてるのよ? みんな良い子たちでね~」

「は、はあ」

「遠野くんの紹介にちょうど良かったわ」

「はあ……、えっ!?」


 昼間のダンジョン配信の悪夢が蘇る……!


「こっちよ~」

「う、わわ……!?」

 

 自然と腕を絡め取られて、蓮は食堂まで連行されていく。


(マズい、マズい、マズい……!)


 通路の行き当たりに食堂はあった。蓮が心の準備を終えるより早く着いてしまった。


「ここよ」


 ニッコニコの寮母さんが、あっさりと食堂のドアを開いてしまう。


「ちょ、待――っ」


 広い食堂は、いくつも並べられたテーブルと奥の調理スペースに制服姿の生徒たちがひしめいてガヤガヤと賑やかだった。


「はーいみなさん、注目で~す」


 のんびりした口調なのによく通る声で寮母が言うと、視線が一斉に集まる。


「え……」


 そこでようやく、蓮は違和感に気づく。


(……女子、ばっか……?)


 そう。

 右を見ても左を見ても、近くを見ても遠くを見ても。


 ブレザーの制服や、学校指定らしきジャージ、自前の部屋着に身を包んだ年上のお姉さんたちばかり。男子は1人もいない。


「こ、ここって……」

「どうしたの?」

「なんていう学校の――」

聖華せいか女子高等学校の生徒寮よ~」

「じょ――っ!?」


 ダンジョンで凶悪モンスターに囲まれたときなんて比べものにならないほどの戦慄を、蓮は感じた。


(あ、あのクソ社長~~~~~~ッッ!)



 ■ ■ ■



「じょ、女子校ですかっ!?」


 ダンジョンから帰社する道中にマネージャーの衛藤は、蓮の下宿先を社長から聞かされて、思わず声を張り上げた。


「女子校の寮に、女の子だらけのところに蓮さんを入れたんですか!?」

「うん? あのくらいの年なら男女なんて関係ないですよね」

「ありますが!? 死ぬほどありますが!? 思春期まっただ中ですよ!?!?」


 たまに、この社長に付いていって大丈夫か? と思うことがあったが、今日はことさらだった。


 蓮が、苦手な年上女子に囲まれてテンパっている姿が容易に目に浮かぶ……。


「ま、マズいですって! い、今すぐ連れ出さないと――ストレスで蓮さんが死んじゃいます!」

「そうかぁ、そうですかねぇ。じゃあ、メッセージ打っておきましょう」


 二ノ宮は携帯デバイスを取り出して、慣れた手つきで操作する。


「……うん。遠野くんに、よければ今夜にでもホテルに移っていいと、そう送っておきました。彼から連絡があれば、すぐにスタッフが迎えに行くように手配しておきましょう」

「そ、それなら……まあ……」


 部下の意見をすぐに受け入れてくれるのはいいのだが、もっと早い段階で熟考して欲しい――いや、熟考するまでもなく分かりそうなものだが。


「はあ……、蓮さん、無事だといいんですが――」



 ■ ■ ■



(死ぬ、死ぬ死ぬ死ぬ――! 僕は今日死ぬ!!!!)


 男とならうまくやれる自信があるわけでは決してないが――それでも、数十人はいる高校生女子に注目されて、蓮が堂々としていられるはずがない。


「みなさーん、今日から寮の仲間になる遠野蓮くんです。とっても強いダンジョン配信者なんですって」


「え? 誰あれ?」

「昨日言ってたじゃん。始業式前に中学生が入るって」

「あれ……男の子だよね?」

「配信者って、まさか――!?」


 お姉さんたちが口々にざわめく。


「中学生が特別にダンジョン配信するって」

「知ってる知ってるー、アイビスの新人だよね!」

「待って、あの子ってこと? やば!」

「ウチらと一緒に生活するん?」

「いいじゃん、おもしろそー!」


 赤面しきって、もはや白目を剥きそうな蓮は、直立のまま動けずにいる。

 だがパニックの脳内で、必死に『逃走経路』を模索していた。


(無理、無理だ! こんなの拒否だ! 断固拒否!!!!)


 声に出せないだけで、意志がないわけでは断じてない。社長の二ノ宮からは、『イヤだったら変更できる』と言質を取ってある。


 今すぐにここを飛び出して、社長に連絡を取り、もとのホテル住まいに戻してもらおう! 絶対にそうしよう!


「寮の部屋は2人で1つなの。遠野くんのお部屋はね……あれ? いないかしら? 柊さん、柊さん?」

「あー、柊さんなら今日のダンジョン実習のことで話があるって先生に呼び出されてましたー」


 もはや寮母たちの会話など耳に入らない。


「ぁ、あの僕はこれでッ――」


 くるりと踵を返して食堂から出ようとする蓮がドアに手をかける直前、パタパタと駆けてくる足音とともに、向こうから生徒が1人入室してきた。


「すみません、遅くなりましたっ! ご飯――」


 食堂の出入口で、ばったりと会う2人。

 それは、先ほどぶりの再会だった。


「あ、れ……? 蓮くん?」

「――――は?」


 柊結乃。

 ダンジョンで助けたお姉さんだ。


 彼女も制服姿。紺のジャケットに、白いブラウスとネクタイ。きょとんとした表情が、整った顔をやはり幼く見せている。


「蓮くんだ!? どうしたの!?」


 彼女がぱあっと嬉しそうな顔をするので、脱出する機会を失ってしまった。


「柊さん、ちょうどいいところに。昨日みんなにお知らせしたでしょう? 今日からうちに入る遠野蓮くん。お知り合いなの?」

「はい!――聞いてましたけど、男の子って言ってましたっけ?」

「あら、言ってなかったかしら~」


 この寮母、どこか二ノ宮社長と同じにおいを感じる……優しげなのだが、どこかが致命的に抜けている感じ。


「蓮くんがここに!? あれ、じゃあ――」

「そうよ、空いているの、柊さんのお部屋だけだから~」

「…………っ?…………??」


 頭がフリーズして話についていけていないが――もしかして。


「遠野くんは、柊さんと同じお部屋ね~。……そういえばさっき、何か言おうとしてたかしら?」

「えっ? あ、ぁ……」


 ここを出る。断固拒否。

 そのつもりだったのだが……。


「どしたの、蓮くん?」


 同室。この柊結乃と。


 蓮は震える手で、無意識のうちに携帯デバイスをポケットから取り出していた。チラリと見ると、二ノ宮からのメッセージ。

 いわく、引っ越しをキャンセルしたければ連絡を、とのこと。すぐにでも希望のホテルに移れるようだ。


「~~~~~~っ!」


 かつてないほどの強烈な葛藤に、蓮の全身が熱く煮えたぎっていた。

 そんな蓮の心情を知ってか知らずか、結乃は嬉しそうに、はにかんだ笑顔で言った。


「今日から……今夜からよろしくね、蓮くん」

「よ、よろしく……、しますっ……!」


 彼女のたった一言で、蓮はもろくも陥落した。




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