第54話 反響:シイナ
「シイナさんおはようございます……でもないですよね~。どっぷり夜ですしねぇ」
「あっ、あっ、はいぃ……」
四ツ谷ダンジョン1階層を訪れたその女性配信者――シイナは、マネージャーからジト目で睨まれて、ゆ~っくりと視線をそらした。
「約束の時間から3時間も過ぎて――今日こそはゴールデンタイムに配信しましょうね、ってお願いしてたのに」
「お、起きられなくて……」
「シイナさん、よく一人暮らし出来てますよね? ご飯は食べてますか?」
「と、ときどき……ポテチ」
「ときどきポテチ!? 倒れますよ!?」
「眠って体力回復……で」
「はぁあああ」
マネージャーは盛大に肩を落とす。
「寝坊だけならまだしも、そういう生活習慣だから心配になるんですよ。寝てるのか、1人でブッ倒れてるのか、こっちは区別つかないんですからね?」
シイナは、アイビス所属のダンジョン配信者だ。それもチャンネル登録者数は200万人を超える、18歳の若きエース。
綺麗な銀色に染めたロングヘアーはしかし乱れがちで、折れそうなほど華奢な体型を、もっさりしたジャージで包んでいる。
彼女の本質は、ひきこもりの自堕落人間。可能ならば日の光も浴びたくないし、出来ることなら夜の街灯にだって照らされたくない。
家でいい。家がいい。自分の部屋が一番だ。
それなのに、なぜこんな商売に身をやつしているのか。
答えは単純。
これがシイナに一番向いているからだった。
「次のコラボ相手も決まったんですよ? デビューしたての新人、遠野蓮くんと」
「ふえ……?」
これは寝耳に水だった。
さっきまで寝ていただけに。
「ちゅ、中学生と……!?」
「そうですよ。彼はまだナイトライセンスを持っていないので、昼間にコラボの予定です。だから早起きの習慣を――って、シイナさん?」
「こ、怖い、中学生、こわいっ……!」
「何か嫌な思い出でも?」
「そうじゃない、ですけどぉ」
シイナの中学生時代は、とにかく教室では気配を消して、しゃべらず動かず、ただただ時間が過ぎるのを待つだけだった。ゲラゲラ、ケラケラと笑う同級生たちを別の生き物のように眺めていた。
前髪を両目が隠れるほどに伸ばしたのもその頃からだし、本格的に猫背が染みついたのも中学の頃だった。
特にイジメられていたわけではないが、ただずっと『ここは自分の居場所じゃない』と強く感じていた。
だからトラウマがあるとかではなのだけれど――苦手な人付き合いの中でも、そのくらいの年代には苦手意識が強いのだ。
「し、思春期ですよ、思春期……自意識が肥大していて、成長期で……身長が1年間に10センチも伸びて……! 喉仏だって! こ、怖いっ」
震えるシイナ。
「うん。まったく分からない感性です。歳だってたいして変わらないじゃないですか」
「違いますよっ!? わたしもう18だし……成人だし……」
「だったら大人らしく年下の男の子をリードしてあげてください。そしてその前にちゃんと起きて、ちゃんと食べてください。いいですね?」
「ふ、ふぃい……」
遠野蓮の配信は、いちおうチェックしたことがある。あまり興味はなかったが、マネージャーからの言いつけで仕方なく切り抜き動画を視聴したのだ。
コミュ障だった。
がっつりコミュ障だ。
自分と同じ……。同族嫌悪とはこういう感情を言うのだろう。あとは共感性羞恥。
それもイヤなのだ。相手が中学生というだけでなく、自分と似たタイプだから会いたくない。
「彼の今日の配信は――まあ、見てませんよね。さっき私にたたき起こされたんですし。梨々香さんともコラボしてたんですけどね」
「――――ッ、ふえっ?」
梨々香の名前を聞いて、シイナの全神経が反応する。
「り、梨々香ちゃん!? 梨々香ちゃんとあの中学生がコラボ……!?」
「ちょっと共闘しただけですけど。なかなかいいコンビでしたよ」
「ふぇえ!?」
寝起きだった頭の中が、グチャグチャにかき乱される。
「わ、わたしの梨々香ちゃんが……」
「そうですよ。シイナさんの大好きな梨々香さんと、です」
「い、いやがる梨々香ちゃんに迫って……!?」
「違います。むしろ、梨々香さんが積極的にアプローチしてましたねぇ」
嘘だ、彼女があの朔とコンビを組んでいるだけで信じられないのに……!
「梨々香ちゃんは太陽……太陽は嫌いだけど、梨々香ちゃんは別……っ! わたしに優しい、わたしだけの女神……!」
「貴女だけの梨々香ちゃんじゃありませんよ。誰にでも気さくに話しかけられる、みんなのアイドルです。遠野くんにもその調子で絡んでいましたね」
「あわあわ……!」
あわあわ。
アイビスに所属することになって、マネージャーとも目を合わせられなかったシイナを、優しくフォローしてくれたのが梨々香だった。
まぶしい笑顔。自分とは対極の存在。
シイナの最推し。ガチ女神。
そんな梨々香に、男の影が迫っている……!?
「さあ、配信の準備しましょうね」
茫然自失のままマネージャーにズルズルと引っ張られて、レンタルスペースの個室へ押し込められる。
頭では別のことを考えながらも、家から着てきたエンジ色のジャージを脱ぎ捨て、配信用の衣装に着替えていく。
シイナ専用の装備――【夜嵐】。
ダークネイビーのナイトドレス。Aラインのワンピースタイプで、スカートの左足には深いスリットが入っている。魔力に反応して特殊な効果を発揮する、オーダーメイドのドレスだ。
夜に溶け込むその色は、シイナの色素の薄い肌とくっきりとした対比を生んでいる。
肘まであるレースのオペラグローブに手を通し、ヘアピンで前髪を留めて片目を露出させ、薄紫のピンヒールに細い足をはめ込む。
この衣装を着ると自然に背筋が伸びる。
そして、戦闘モードに切り替わる。
肉体も、精神も。
《《変身》》も仕上げだ。
左右の太ももに巻いた黒いバンドに愛用の武器――ダンジョン用の《《二丁拳銃》》をそれぞれ取り付ける。
「…………」
覚悟は決まった。
「…………ヤってやる」
姿見に映る、自分のドレス姿。
普段とはガラリと変わった冷徹な美貌。実際、シイナのこの姿に惹かれてフォロワーになっている者は多い。
だがそれ以上にリスナーを惹きつけているのは、彼女の戦闘――その規格外の強さだ。梨々香たち上位クラスの配信者でも相手にならない、苛烈なスタイル。
「梨々香ちゃんは、わたしが守る――」
シイナの、露わになった右の瞳には青い炎が燃えさかっていた。
「遠野蓮――……覚悟……!」
大人げない殺意とともに、彼女はそうつぶやいた。
楽しんで頂けたらブクマ・評価・感想などで応援いただけると大変嬉しいです。
感想欄はログインなしでも書けるようになっているのでご自由にどうぞ。
評価は↓の☆☆☆☆☆を押して、お好きな数だけ★★★★★に変えてください!




