第51話 結末
■ ■ ■
「お久しぶりです、マスター柊」
結乃たちに絡んできた巨漢の配信者・たくぼうの背後に、見知った人物が立っていた。
「修羅さん」
結乃の身辺警護に付いている女性だ。涼やかな美貌に中性的な振る舞いで、一見、男女の区別がつきにくい。
「このイケメン、結乃の知り合い? アイビス関係の人?」
尋ねてくるカナミに結乃は、
「私のガードに付いてくれてる修羅さん。女の人だよ」
「えっ⁉︎ それはそれで……いつも女子寮の近くにいるってことだよね? 色々とヤバくない⁉︎」
「百合のお花が咲き乱れるんですの⁉︎」
カナミはともかく、麗奈の発言はたまに結乃の理解を超えることがある。
それはともかく。
「ダンジョンの中でも助けてくださってたんですね」
「任務ですから。そして私は――『遠野蓮』の代理」
その名を聞いた途端、たくぼうの太い肩がビクッと跳ねる。それを見た修羅が、彼に問いかけた。
「貴方はなぜ今日、彼から慈悲を得られていたか分かりますか?」
「じ、慈悲? あれで……⁉︎」
「彼の前でマスター柊を傷つけなかったからです。もしも彼女に言及していれば、貴方は地獄を見ていたことでしょう」
「もう十分地獄……」
「そんな程度ではありませんよ」
言って聞かせるように淡々と。
……そういえば、彼女はいつからそこに居たんだろう?
彼女が接近してきた姿を見ていない。まるで、結乃たちがたくぼうと揉める前からそこにいたかのような――そんな気すらしてくる。不思議な人だ。
「ですが貴方は踏み外しました。先ほどの暴言、そして今のこの手……」
見ると、たくぼうの右腕を修羅が背後で拘束していた。
「貴方は終わりです。私は仕事ですからこの1階層のルールに従っていますが……彼は、容赦しないでしよう。彼にこの件を告げたとき、それが貴方の最期のときです」
「さ、さいごっ……!?」
それに――と修羅は付け加える。
結乃には聞き取りづらい、囁くような小声で。
「私は、ダンジョンの中より《《外》》での対応が本分なんです。そして本来は『守る側』の人間ではない……ですから、もう二度と彼と彼女の前に現れないほうがいい。これは仕事としてだけだなく、個人的な忠告でもあります。素直に聞き入れることを強く推奨しますよ? なにせ、人の死体というものは意外と処分に苦労するものなので」
何を告げたのだろう? たくぼうは歯の根も合わず、ガクガクと震えている。
「プレジデント牧」
「わ、私か?」
牧社長も、修羅の謎の雰囲気に気圧されている様子だ。
「ええ。この彼をエスコートするのをお手伝いしましょう」
「う、うむ、助かる」
修羅と牧社長に連れられたくぼうは哀れを誘うほどの表情をしているが、結乃にはまだやり残したことがある。
これだけは譲れない――
たくぼうの正面に立ち、
「あの、さっきの言葉まだ取り消してもらっていません。蓮くんのこと、酷く言ったことを」
「うっ……、うぐ、ご、ごべんなさい……」
かろうじてそう口にすると、子どものように涙を流しながら彼は連行されていった。
「いやいや、身内の者が大変失礼をしました」
牧翁が、結乃たちに深々と頭を下げる。
「そんな、会長さんのせいじゃ――」
結乃は恐縮してしまう。
「無礼ついでに、というのもなんなんじゃが……結乃さんといったかの、貴女のパートナーに引き合わせてはいただけないだろうか」
「蓮くんに、ですか?」
結乃は首をかしげた。
■ ■ ■
梨々香と別れた蓮は、大剣を持ったまま彷徨っていた。
この剣をスタッフに返却するとは言ったものの、イベントの後片付けで忙しそうにしている大人の、誰に声をかけるべきか、色々と考えているうちにタイミングを逃しつつあった。
すると向こうから、
「蓮くん!」
結乃だ。
手を振るその笑顔を見ただけで、心の奥からホッとする。
「クエストお疲れさま!」
「うん、まあ0枚だったけど……」
「ふふ」
結乃はカナミや麗奈とも一緒だった。
それともう1人――
「誰?」
謎の老人だ。
「きみが遠野蓮くんだね」
物腰は柔らかだが、その細い目は猛禽類を思わせるような鋭さを持っていた。
(この人……)
仕草や、魔力の様子を見る限りダンジョン探索の経験はなさそうだが――ダンジョンとは別の戦場で、いくつもの修羅場を戦ってきた人間の眼光をしている。只者ではなさそうだ。
だが蓮が感心するように、こちらの目をのぞき込んでいた老人も難しい顔をしてうなっていた。
「これでまだ12とは……、信じられん……」
「おじさま? 遠野さんにご用があったのでは?」
なぞの膠着状態にあった蓮と老人に、麗奈が声をかけてくる。
「そうじゃったそうじゃった。おや? その剣は――」
「コレは……」
事の経緯をかいつまんで説明する。梨々香経由で渡された大剣で、これから返却しようとしていたことを。
「なるほど。その持ち主はもうダンジョンには来られんかもしれんが」
「?」
「――どれ、忙しいところすまんが、これを預かってやってはくれんか?」
その辺のスタッフを呼び止めて軽く声をかけると、その男性はえらく畏まって、蓮から渡された大剣を慎重に運んでいった。
「どうも……ありがとうございます。あの会社の人?」
「うむ、マキ・テクノフォージの会長、牧じゃ」
「会長――」
蓮の中で『えらい人』といえば社長の二ノ宮の顔が浮かぶが……彼は、あまりいい基準にはならなさそうだ。特殊な人種という感じ。それとも、『社長』とか『会長』というのは、ああいう変わり者が多いのだろうか?
などと考えていると、老人は居住まいを正して、
「本日は我が社の身内が、配信者の【たくぼう】が多大な迷惑をかけた。申し訳ない――」
「いや、そんな頭を下げられても――」
確かに蓮と梨々香に無遠慮に絡んで来たし、イベントを乱した張本人だし、彼のせいでハーピーたちが怒り、大勢が閉じ込められてしまったが――
「……確かに迷惑だったかな」
そういえばあの男はどうしただろう? あれから姿を見ていないが。まあ、とはいえ、追いかけてどうこうするつもりもない。
――《《結乃に手を出されでもしたら、話は別だが》》。
しかし、この老人に謝罪されても困ってしまう。蓮は彼を説得して、頭を上げてもらった。
「これはお詫び……ではないか。ワシからのお願いじゃな」
と、牧会長が言う。
「遠野蓮くん、きみが良ければ、我が社の『モニター』になってくれんか?」
「モニター?」
「マキ・テクノフォージの製品を――我が社の武器や防具を試して、意見を言ってほしい。できればダンジョン配信で。むろん、忖度なしの正直な感想で構わん。一流の使い手からの率直な声は、現場にとっては何にも代えがたい宝じゃからな」
「まあ! それは名案ですわ、おじさま」
「スポンサー的な? 企業案件じゃん中1くん!」
麗奈とカナミが食いつく。
「なんで僕?」
「ワシは今日、恥ずかしながら久しぶりにダンジョン配信を見させてもらった――そこできみの活躍を目にした。いやはや、何年ぶりかに心が躍ったよ」
「それで、遠野さんに試してもらいたくなったのですね?」
「そうじゃ。我が社のよいPRにもなる。もうすでに人気配信者ということで宣伝効果も大きいが、しかし何より――」
また蓮のことを見てくる。
先ほどの試すような、眼光で切りつけてくるような態度ではなく、
「ワシが遠野くんのファンになってしもうた。ダンジョン探索の黎明期、ワシらは探索者のために武器開発に参入した。その当時の強者たちによく似ておる――」
昔を懐かしむような目。
「それに、心意気も気に入った。厳しさと慈愛の心、どちらも持ち合わせておるきみの人柄をな。……つまり、じゃ。ワシ個人の趣味としても、それから我が社のクリーンな広告塔としても、どちらにしても魅力的な配信者と思ったんじゃよ」
牧の意見に、結乃も賛同する。
「蓮くん、自分で手に入れた武器しか使わないもんね。でもこれならいいんじゃない? 蓮くんが勝ち取った成果だよ」
今までは事務所支給の、その中でも安価な装備しか身につけていない。配信者デビューして日が浅く、まだ金銭面で事務所に貢献できているとは思えなかったからだ。
だが結乃が言うように、蓮のことを気に入ったスポンサーからの直接の指名であれば、『自分で取ってきた仕事』ということになる。
「もっとも、遠野くんであれば武器など選ばんのじゃろうがな。今日見た戦果など、素手でも為しえてしまいそうじゃわい」
「言えてる。中1くん、結局ほとんどスキルも使ってないし」
「ですが、それぞれの武器ならではのスキルもありますわよね? おじさまから提供された武器を使って、それらを配信で披露してみては?」
「そういえば一昨日もモップで棒術やってたもんねー。あれメッチャ器用だったし」
なんだか蓮より周りのほうが盛り上がっているが――自分はどうなんだろう、と考えてみる。
「……あの大剣。使い心地は良かった」
手に吸いつくような感触。魔力の伝わり具合。これまで、支給装備以外はモンスターから奪ったものくらいで、上等な武器というのは初めて使った。
「良い物だな、って思った」
正直、武器なんて何でもいいという気持ちもあったのだが、こだわって作られた装備は、使っていて爽快ささえ感じられる。
それに、結乃たちにレッスンするのなら自分自身もまだまだ成長する必要がある。今まで無意識に実行していたことを、丁寧に見返すことで。これを機に、装備の観点から戦闘スタイルを再確認してみるのもいいかもしれない。
うまくコメントを出せるかはともかくとして、
「……僕でいいなら」
「おお、受けてくれるか!」
「でも、事務所にも聞いてみないと」
「それはそうじゃな。ワシのほうも、社内で稟議にかける必要がある。正式には両社のあいだの協議で決まることになるが――うむ。ワシはもうすでに、年甲斐もなくワクワクしておるよ」
牧会長が差し出してくる右手に、蓮は握手で応じる。もとはこの人も武器製造の現場にいたのだろうか? 節くれ立った細い手だが、そこには確かな力強さを感じられた。
「よろしく頼む。ビジネスパートナーとして、そして……ダンジョン配信者と、新参者のリスナーとして、な」
笑うとしわが一層深くなるその顔は、けれど童心に返ったように活き活きとして見えた。
こうして、蓮の初めてのイベントクエストは幕を閉じたのだった。
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