第50話 自業自得
■ ■ ■
どうしてこんなことに――
大剣を失い、それ以上に自信を失ったたくぼうは、イベント広場のアナウンスも耳に届かず、茫然自失としてヨロヨロと歩いていた。
そのとき、虚ろになったたくぼうの目に、女子高生らしき3人組の姿が映った。そのうち1人には見覚えがある――あれは、【れんゆの】としてデビューした、あの少女だ。
遠野蓮とコンビの――
「~~~~っっ、っっ!」
あの最年少配信者の顔と名前を思い出すだけで頭がおかしくなりそうになる。
しかしあの『ゆの』は正真正銘の素人だ。たくぼうの脅威になりえるはずがない。憂さ晴らしには丁度いいし、遠野蓮にもダメージを与えられる――普段からの浅はかで愚かな思考が、こんなときにも働いてしまい、たくぼうの足は彼女たちへと向いていた。
「…………」
無言で近づくと、3人組のうちツインテールの少女が怪訝そうな顔で、
「うわっ、え、なに? なんですか」
「――おいらのこと知ってるでしょ?」
「あー、さっき映ってたような……?」
「ハァ!?!? ちゃんと見とけよガキが!」
これもほぼ反射的に、怒声が出る。
(そうだ、おいらはこうやって……いける、いけるぞ!)
次第に調子を取り戻してきた。拳を握り、たくぼうは続ける。
「なんでそんなイキってんの!? あーそうか、『有名人』と一緒だもんねぇ!?『ゆのちゃん』だっけぇ!?」
「私、ですか?」
気の優しそうな、とびきりの美少女だ。ゴリゴリと押していけば簡単にこの美貌を歪めさせられるだろう。
「そうだよビッチ! 年下をたらし込んで、自分も有名人の仲間入りってか!?」
「そんなつもりじゃ――」
「つもりとか知らねーんだよ! いやいや、ゆのちゃんは可愛いと思うよ? でもそんな子が、あんなガキを好きになるわけないもんなぁ!? まともに育ってない、生意気なだけのクソガキを!」
「…………」
彼女は閉口してしまった。
(ほらな!? 雑魚いんだよ……! おいらならこのくらい……!)
たくぼうが攻勢を強めようとしたとき。
「――取り消してください」
結乃が、それまでに見せなかった強い意志を瞳に宿して睨みつけてきた。
「あぁ!?」
「取り消してください。さっきの発言。蓮くんへの言葉を」
「なにを――」
「――――」
「うっ……!?」
相手はただの女子高生。ダンジョンに挑んだ経験だって、片手で数えるほどしかないだろう。
「謝ってもらえますか、蓮くんに」
「な、なんだよ……っ!」
1階層だから暴力を振るわれないと高をくくっているのだろうか? それとも、周りの誰かが助けてくれると確信しているから?
……どれも違う。
そういう種類の、保身を前提とした気構えではない。おそらくこの少女はダンジョンの外でも、誰が助けてくれなくてもこうして立ちはだかる。そう確信させられてしまう、そんな眼光だった。
おそらく、どんなシチュエーションであっても彼女は同じようにしただろう。そう思わせる毅然さだ。
似ていない――
似ていないはずなのになぜ、あの『遠野蓮』を想起させるのだろう。
「ひっ、うッ――!? な、なんだよ、おまえぇ……っ!」
彼の姿が重なるのを錯覚して、情けない声が漏れる。呼吸が苦しくなって、足下がふらつく。
「ちょっと、こいつ大丈夫? 顔真っ青じゃん」
「あ、あの、具合が悪いんですの?」
3人組の最後の1人、色素の薄いロングヘアーの少女がたくぼうを気づかって声をかけてきた。その無垢な、憐れむような表情もまたたくぼうをイラつかせる。
「う、うるせぇ、このメス豚ぁっ――!」
「え、ええっと……」
長髪の少女はたじろぐが、
「そういうのもやめてください」
またしても結乃が立ちはだかる。
巨漢のたくぼうに対して、微塵も怯んでいない。
「うっ、ぐぅ……!」
「おやおや、どうしたのかね?」
と。
少女たちの背後から、見知らぬ老人がふらりと近づいてきた。腰の曲がった、みすぼらしい高齢男性だ。
「麗奈ちゃん、なにか揉めごとかい?」
「まあ、おじさま! いらしてたんですの?」
「麗奈ちゃんが会場に来ていると聞いてね、飛んで来たよ。久しぶりにダンジョン配信も見られたし……ワシがむかし作った製品も景品になっとったしな」
おじさまと呼ばれるにはあまりに高齢だが、どうも会話からするとマキ・テクノフォージの武器と関係がある人物らしい。
「あぁ……、そっかそっか! ウチの会社の職人だったジジイってか? それが退職して――はは、そんなJKとパパ活してんのか、年考えろよな!」
弱い相手を見ると嬲らずにはいられない、そんな行動が染みついていた。
「ほっほ、まあ似たようなもんですの。麗奈ちゃんは小さい頃から、ワシの遊び相手になってくれとったからな」
「おじさまが私の面倒を見てくださっていたんですわ。お元気そうで何よりです」
「麗奈ちゃんは、ダンジョン探索の勉強かな?」
「それもありますが……今日は友人の応援ですの。遠野蓮さんってご存じですか?」
「あの少年か――」
「こちらの柊さんは遠野さんの恋人……配信のパートナーですわ」
「あ、はじめまして」
「ほうほう」
老人はうなずいて、
「それはちょうど良かった」
「なーにワケわかんねぇこと言ってんだよジジイ! つーか、おいらが話してたんだ、割り込んでくんな!」
と、叫んではいるが、たくぼうは無意識に結乃からは目を逸らしていた。……そう、もはや彼女すら恐怖の対象になっている。あまりに情けなくて、たくぼう自身はまだそれを受け入れられていないが。
認めたくなくて、別の人物に噛みついているだけだ。
「……きみは、たくぼう君と言ったね。正直、きみの振る舞いはどうかと思うよ。武器も鎧も、そのような使い方はして欲しくなかった」
「はぁ!? 雑魚職人のジジイに言われたくねぇよ! おいらの父ちゃんは、おまえんトコの会社の専務なの! せ・ん・む!」
「うむ知っておるよ、拓ヶ山くんのことは。少々、息子を甘やかしすぎかのぅ……」
「んだジジイ、偉そうに――」
手が出そうになったそのとき、またしても邪魔者が乱入してきた。
「お義父さん! フラリといなくならないでください、まったく……!」
今度はスーツ姿の中年男性だ。
この男には見覚えがある……彼は……、
「ま、牧社長っ!?」
たくぼうの背筋がピンと伸びる。
マキ・テクノフォージの代表取締役社長。今日のイベントのプレゼンターとしてここにやって来ていたのだ。
「ああ、きみは拓ヶ山専務の」
「は、はいっ、たくぼうです、父ちゃんがいつも……! ん? 父ちゃん……父……『おとうさん』?」
腰の曲がった老人と、牧社長とを見比べる。顔つきは似ても似つかないが――そういえば牧社長は、先代社長のところに婿入りしたのだと父親から聞かされた覚えがある。
その先代の社長は一代で会社を大きくした、豪腕で知られる偉大な経営者だったと。
「え……、あ……」
「仕方がないじゃろう」
たくぼうのことは無視して、老人が言う。牧社長に対しても当然のようにタメ口で。
「麗奈ちゃんが来ておると耳にしたもんでの。どうしても会いたくなったんじゃ」
「?――あっ!?」
牧社長が、そのダンディな顔を驚きに染めて、
「れ、麗奈お嬢さま!? これは挨拶が遅れまして、とんだ失礼を……! ち、父から聞き及んでおります。父が大変お世話に――」
「とんでもございませんわ、おじさまにお世話になっているのは私のほうですから」
「お世話か、そういえば麗奈ちゃんのおしめを代えたこともあったかのぅ」
「もう、いつもその話を持ち出しますわよね?」
なにがどうなっているのか、たくぼうの理解を超え始めていた。
「こ、このジジイと、このメスガキって……」
「はぁッッ!?!?」
牧社長が鬼のような剣幕で振り向き、
「会長の顔も知らんとは……いやッ、いま麗奈お嬢さまのこと何と呼んだ!? こちらは三条グループ総帥のご令嬢、三条麗奈さまだ!」
「え、うぇっ……!?」
「三条家がその気になれば、我が社など吹けば飛ぶような――」
「これこれ俊彦くん。三条さんはそんなことはせんよ。気分で他者を踏みにじるような愚行はな」
「す、すみませんお義父さん」
どうも次元の違う話が目の前で繰り広げられていた。
牧会長? 三条グループ?
だとしたら、『弱者』に脅しをかけていたつもりが途方もない相手に喧嘩を売っていたことになってしまう……。
「……しかし。現場から退いて、最近はダンジョン配信からも遠のいておったからのぅ。いかんな、お飾りの役職とはいえ、自社の製品とその使われ方には気を配っておくべきじゃった。――のぅ、拓ヶ山くん」
「ヒッ――!?」
ふいに、老人の眼光が鋭くなる。
「きみの行いはそこのモニターでじっくりと見させてもらった。いつもああいう振る舞いをしておるそうだね?」
「お、おいらは……」
全身から、不快な汗が噴き出して、喉が詰まる。結乃から感じた迫力とはまた別種のプレッシャー。
「配信のためのパフォーマンスは、ワシも多少は理解する。あれも仕事、綺麗事だけではやっていけん。ルールの範疇での工夫を、全ては否定せん」
「そ、そうだよな……じゃなかった、そうですよね!?」
「じゃが」
今度こそ老人――牧会長の雰囲気が変わる。
「先刻、この彼女たちに何をしていた? 今は配信中ではないだろう。何をしていた?」
「え? えっ、あっ」
「拓ヶ山!?」
社長も詰め寄ってくる。
「麗奈お嬢さまにどんな無礼を働いた!? 事と次第によっては――」
「俊彦くん」
「お、おとうさ――」
「麗奈ちゃんのことだけではないよ。誰に対してでも、だ。我が社の鎧を着込み、暴力に頼って何をしているのか……これは個人だけの問題ではない。企業としての問題だ。――この件、きみに処分を一任しても良いかな、牧社長?」
「――は!? はいッッ! 牧会長!」
まるで初めて説教を受けた新入社員かのように、社長は直立不動で汗を流す。
このあとどうなるのか――さすがのたくぼうも、絶望的な状況に立たされていることは理解した。媚びても謝っても、どうにもならない事態だと。
だから……拳を握った。
どうにもならないなら、最後に暴れて滅茶苦茶にしてやる。ここにいる誰もが、たくぼうには暴力では敵わないのだ。この拳で片っ端から殴りつけてしまえば、もう誰も自分を責めることなんてできない。
「う、らぁあァ――っ、あ? へひっ!?」
破滅的な行為に及びかけた瞬間、その右腕を背後から誰かに締め上げられた。
身動きが取れない。
たくぼうの吠える声とそのあとの悲鳴に気づいて、一同がこちらを見ている。
一瞬、あの『遠野蓮』かと冷や汗をかいたが、違う。たくぼうに並ぶほどの長身だ。背中から声がした。中性的で、ゾクリとするほど平坦な声。
「お久しぶりです、マスター柊」
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