第49話 報酬
梨々香の【ルミナスアロー】で射出された蓮の目前に、
『キィイイイっっ――!』
数体のウィムハーピーが迫る。
「――――っ!」
急激な方向転換。蓮の体には強いGがかかる。
梨々香は、蓮のオーダーどおりに【ルミナスアロー】を操ってハーピーの群れを器用に回避してくれた。
ぐんぐんと上がる高度。【雲の監牢】が迫ってくる。それは、空に作られた監獄。どこか卵を想起させる、巨大な楕円の牢。
蓮は大剣を構え、【ルミナスアロー】の軌道と呼吸を合わせて――雲の一端を切り裂いた。ぶわっ、と強風とともに内側から白い雲が流れ出す。一瞬見えた内部。白い乱流。規則的に循環する雲が、幾人かのプレイヤーを捕らえていた。
だが蓮が見ていたのは――
(――――あそこか)
風の流れ、雲の流れ。魔力の流れ。
それらから【雲の監牢】の中心部を推測する。
【ルミナスアロー】の推進力は【雲の監牢】の上端を追い抜いたところで停止し、光の矢は霧散した。
ここまで来れば十分だ。
あとは蓮の力で中心部を貫けば――
『ギュィイイイっっっ!』
クイーンハーピー。
巨大な卵を守護する、ハーピーの女王。憤怒に満ちた形相。風を掴む大きな翼。
殺すのは容易いが、ハーピーは斬らないと決めた。だから、
「――どいてくれる?」
『ギュイっ――!?』
殺意だけを斬撃にして投げつける。クイーンハーピーはエリアボスとまで呼ばれるモンスター。どこかの、実力差をわきまえない、強さをはき違えた人間とは違う。野生の感性を持ち合わせた相手だ。
『ピ、ピィイっ……!』
――逆らってはいけない相手だ、と彼女は即座に悟った。もしも敵に回せば、眷属もろとも根絶やしにされてしまうと。
「いい子だ」
自由落下する蓮は、重力魔法で中空に足場を作る。空に足を向けた状態で、その足場をドンっと蹴る。
大剣を両手で構え、戦意を喪失したクイーンハーピーのそばを通過し、【雲の監牢】へと突入。
「――――っ、……――っっ!」
まとわり付いてくる雲が魔力を奪っていくのを感じるが、構わない。視界も最悪。だが方向は見失わない。
速度を維持したまま、先ほど見抜いた中心部へ。雲の渦が塊となったそこへと大剣を突き立て、穿ち――
【雲の監牢】を破壊した。
■ ■ ■
「おお~~っ! レンレンさっすが!」
地上の梨々香は、一連の様子を眺めて感嘆の声を漏らした。
「やっぱ梨々香も天才だねっ、本番で一発、大成功っ!」
・さすりり!
・いつ見ても魔力コントロール天才的です
・人間飛ばすとか最強スキルじゃん!
「いやー、レンレンよく耐えたなぁ。バラバラにならなくって良かった良かったぁ☆」
・えっ
・バラバラ?
・どゆこと?
「【ルミナスアロー】は攻撃スキルだもん。出力を抑えればダメージは下げられるけど、さっきのは『全開』だったし」
人間サイズのものを遥か上空まで打ち上げる必要があったのだ。
「もち、レンレンを壊しちゃわないように調整はしたよ?……でも【ルミナスアロー】あんなふうに動かしたら、普通の人なら手足がもげて、体がグニャアってなって爆発四散してたかも! レンレンがうまく対応してくれて良かったよ。結果オーライ! てへっ☆」
・てへちゃうわw
・エグくて草ァ!
・ギリギリセーフ?
・蓮くん死ぬとこだったんかw
◎梨々香ちゃんになら、バラバラにされても本望ですお願いします!
・まあでも梨々香ちゃんが可愛いから……ヨシッ!
「おお? レンレン、本気でみんな助けちゃう気かぁ」
梨々香に見上げる先、壊された【雲の監牢】から、囚われていた配信者たちがバラバラと落下していた。そのまま落ちていけば、魔力を吸われているだろう彼らは地面に叩きつけられて、やはり絶命するだろう。
蓮は重力魔法で跳躍しながら、彼らを救出している。抱きかかえられないまでも、首根っこを掴み、あるいは風魔法で落下の衝撃を和らげるように。
しかし、それだけでは全ては救えない。
――そのとき。
はるか遠くの蓮が、チラッとこちらを見た気がした。
「…………っ!」
ここまで彼の想定内か。
それだけ、梨々香の実力と性格を信じてくれているとも取れる。梨々香はなんだか嬉しくなって、
「どこまでもナイト様だね、レンレンっ! 手伝うって約束したし、梨々香もやるよ~?【ルミナスアロー】――落下ダメージなんてキャンセルしちゃえっ!」
出力調整した光の矢で、配信者の体を側面から打つ。落下速度を緩めて、ダメージを最小限に留める。
ドサドサっと地面に転がる配信者たちは、誰一人リスポーンすることはなかった。それを確認した梨々香はカメラに向かって、渾身のギャルピースをキメた。
「いぇい! 梨々香たちのアイビスパワー、見たかっ☆」
リスナーたちはもちろん、おおいに湧いた。
■ ■ ■
無事に【雲の監牢】を破壊し、地上へと戻ってきた蓮は当惑していた。
「ありがとうっ……!」
「助かりました、ありがとうございます!」
「あのままハーピーに食べられるかと――」
10人ほどの配信者たちに囲まれて、謝辞を受け続けていたからだ。
「やっほーレンレン、おっつかれー!」
梨々香もやってきた。
「リスポーンした人いない? そっかー、レンレン本当にみんな助けちゃったんだね」
ハーピーたちは、クイーンへの蓮の『ひと睨み』が効いたらしく、女王に引き連れられて山岳地帯へと引き上げていった。襲撃は終わったものの、さすがにもうクエストは続行不能だろう。けっきょく、金の羽根は1枚も手に入れられなかった。
「あのさ、良かったらもらってくれないか?」
「え?」
20代らしき男性配信者が、自分のポーチから金羽根を取り出して蓮に差し出す。それを皮切りに他の配信者たちも、
「私のも。あのままだったら、どうせ全部ロストしてたし」
「そうだな。オレらを見捨ててたらまとめてゲットできてたんだしな」
「え。いやそんなつもりは……」
もとより蓮はプレイヤーキルをするつもりはなかった。ルール違反な行為ではないが、どうにも気乗りしなかったからだ。
見殺しにして回収するなんて考えもしなかったし、こうして譲られても困ってしまう。
「いいじゃんレンレン、もらっときなよ。みんなの厚意なんだし!」
「でも半分は梨々香先輩の――」
「梨々香はレンレンに頼まれたことやっただけだし? あとのことは知らなーい。んじゃね☆」
「あ、ちょっ、先輩――」
それだけ言うと、梨々香はさっさと去っていってしまった。
「遠野くん、ほら受け取ってくれ」
「私たちの気持ちだから!」
「あんたが1位になるべきだよ!」
「…………」
みんなから捧げられる金色の羽根。
――蓮はちょっとだけ、色んな人間から贈り物を突きつけられるウィムハーピーの気持ちが分かった気がした。
■ ■ ■
『トラブルもありましたが、大盛況だった本日のイベントクエスト【気まぐれハーピーの金羽根】!!』
司会者のアナウンスが、1階層のイベント広場に響いた。
『もっとも多くハーピーの金羽根を手に入れたプレイヤーは……、MAKITOさんっっ! おめでとうございま~~~ッす!!』
会場からは拍手が起こり、壇上では男性配信者が1位の報酬であるシャドウブレードを、スーツ姿の男性――マキ・テクノフォージの社長から授与されていた。
「良かったのレンレン? 梨々香はエレメンタルバングルもらえたからいいけど」
さっきまで壇上にいた梨々香が、蓮の隣までやってくる。彼女は自力で入手した金羽根の成績で、3位の報酬を受け取っていた。
「助けた人たちから受け取ってれば、レンレンが1位だったのに」
けっきょく蓮は謝礼を固辞して、0枚の成績のままクエストを終えていた。
「1位になれば配信的にも映えてたのに。もったいなーい」
「それはそうだろうけど」
「報酬のシャドウブレードもさ、あの大剣に負けないくらいの逸品らしいよ?」
「ああ、これ……」
そういえば、たくぼうが使っていた大剣を携帯したままだった。
「返してくる」
「え、アイツに?」
「いやその辺のスタッフにでも。あの会社の関係者だって言ってたし。っていうかこれ――」
「ん?」
「これ持ってるとアイツの顔思い出してイヤだし」
「それは確かに!」
梨々香も納得した。
「それはそれとして……レンレンってさ」
「?」
「ドライに見えるけど、ドライじゃないよね。……うん。結乃ちゃんみたいに優しい子が一番お似合いなんだろうなぁ」
「な、なんすかそれ」
「あはは、わっかりやすーい☆」
笑って茶化してくる。
けれど梨々香は、ふいに真面目な表情になって、
「……でも。梨々香も本気になっちゃうかも。ガチでかっこ良かったよレンレン。今度はちゃんとコラボしようね」
言って、優しく微笑んだ。
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