第12話 本格バズ
蓮は、あり得ないレベルの戦闘機動でモンスターの群れを壊滅させていく。
装備していた短剣は、その激しさに耐えきれずに折れてしまった。代わりに、ゴブリンが手にしていた獲物を素早く奪い取り、振るう。しかしゴブリンの武器は質の悪いものばかりなので、剣にしても棍棒にしても、すぐに壊れてしまうのだが。
その粗悪な武器でも、嵐は止まらない。
一方で、スタンピードから逃げ惑っていた他の配信者たちは、さらなる混乱に陥っていた。蓮のことをほとんど認識できないまま、その暴風のような――モンスターの血の雨も伴った、暴風雨のような災害をただただ唖然と眺めるしかできなかった。
――そのあいだも配信は続いている。ただし、配信カメラはその性能の限界を発揮して蓮の挙動を追ったが、すべてを捉えられたワケではない。
<チャット>
・は……?
・なにこれ
・えっっっっっぐ
・早すぎぃ!!
・もはや笑えてきたんだが?ww
・カメラぶれてんじゃん、もっとちゃんと映して!
・アイビスのカメラでこれかよ……
・これアイビス以外だったら影も映ってねぇな
蓮の所属する【アイビス】は、もともと社長の二ノ宮が立ち上げた小さなベンチャー企業だ。その頃は今のように配信マネージメント業ではなく、配信環境を提供する、技術系の会社だった。
実際にはカメラそのものを開発しているのではなく、そのアプリケーション開発を手がけていた。高度な戦闘でも配信者の姿を逃さないよう、自律的に学習し、予測し、レンズで追う。
・蓮くん止まった! 顔見えた!
・替え玉じゃなかったか
・まだ疑ってるやついるのかよ乙
・そういやギフチャ(※ギフトチャット)さん黙っちゃったな
・武器がコロコロ変わるのおもしれー!
・他の配信も同時に追うと面白いぞ、みんなマジでビビってるww
・ゴブリンがフィギュアみたいにポロポロ崩れてるんだが
・そらビビるわ
アイビスは他に、モザイク処理の技術でも抜きんでていた。
たいていの配信アプリでは、残虐な場面はモンスターの全身にまとめてモザイク処理を施すが――アイビス製は、その『断面』だけをカバーして、映像視聴の快適性を保っている。
・壁に着地⁉︎⁉︎
・これ重力魔法か?
・重力魔法だね。昨日も一瞬だけど使ってた。そうだと気づかないくらいのさじ加減で戦闘に活用してる
・チャット欄にバトルガチ勢いるな
・敵を倒すのにも使ってる?
・いいや、移動だけだと思う。敵を斬ってるのはただの魔力強化
配信主の蓮が参加しなくとも、チャットはどんどん盛り上がっていく。
・蹴った!折った!
・蹴りも重そう…あれもスキルじゃなく?魔法でもないの?
・ないね
・こんな低層でこんなバトル見れるの神かよ
・半分くらい見えてないけどね
バトル型のダンジョン配信は『苦戦からの逆転パターン』や『パーティー連携』、『技術指南系』などか人気だが、いま蓮が図らずも披露している『無双系』も人気ジャンルのひとつだ。
・2階層のモンスター全滅すんじゃね?
・ダンジョン壊れちゃううううう
・他の配信者はたまったモンじゃないなw
・むしろラッキーだろ、これを生で見れるとか
・何人かはトラウマになってそうww
実際、蓮のリスナーたちは、これまでにない爽快感に浸り、画面に釘付けになっているのであった。
■ ■ ■
◆米国ロサンゼルス 同時刻(現地時間 21:37)
「やあリスナーのみんな! 日本の【ヨツヤ・ダンジョン】で、とんでもないことが起こっているよ!」
とあるインフルエンサーが、急遽配信を始めた。
彼はダンジョン配信者ではなく、『ダンジョン配信を紹介することで人気を博している配信者』だ。基本は動画を見ながら解説をするスタイルなのだが、ライブ配信をリスナーと同時視聴することもある。
それでも、普段は事前に周知したうえで開始するのだが、今日は日本のとある配信に驚き、慌てて配信アプリを立ち上げたのだった。
カメラとモニターに向かって叫ぶ彼に、集まったリスナーたちが反応する。
・どうしたんだい?
・緊急招集とはワクワクするね
・日本か。またナナイが何か《《しでかした》》かな
「日本のアイビスに所属するルーキーさ。昨日デビューしたばかりの、【レン】という12歳の少年だ!」
・レン?
・初めて聞く名だ
・12歳だって?
・そんな若い配信者が日本にはいるのかい?
・興奮している、珍しいね
「彼の配信へのリンクを――いま、貼っておいた。ボクが口で説明するより見てもらったほうが早いからね。ありえない強さだ! こんなルーキーは……いや、こんな配信者は僕の記憶にはない!!」
・そこまでなのかい?
・これは……、凄まじいね!
・どういう状況だ?
・低層階だけどスタンピードが起きている
・モンスターが弱いのでは
・それでもこの速度で処理するなんてあり得ないよ
・スムーズだね、実に慣れた動きだ
「そうだね。コアを砕く動きに《《よどみ》》がない。けれど、コア狙いばかりに固執していないんだ。まずは敵を無力化することを優先させている。倒すべき敵の選び方、倒す順番――まるで訓練された戦士のようだよ。チーターの《《それ》》とはまったく違う! 魔力をブーストしただけでは、こうはならないよね!」
・加工された映像ではないのか
・フェイクの可能性が考えられる
「それはボクも疑ったさ!」
カメラの前で大きなリアクションを見せながら、しかし演技ではなく、彼は本気で興奮していた。
「だけどね、複数の判定アプリにかけてみたんだけれど――これは間違いなく現実だった! そして僕の見立てでは、彼はまったく全力ではないね。かなりのマージンを持って戦っている」
・本当かい?
・彼は全力ではないのか
「おそらく、60%から70%程度の力で戦ってるんじゃないかな? いや、こんな配信を独り占めするなんてもったいないと思ってね、急いでみんなを集めたんだ」
・新鮮な情報をありがとう、いつも助かっているよ!
・アイビスのレンか、覚えておこう
・日本にこれほどのルーキーがいたとはね
・これは追ってみる価値がありそうだ
・我々も拡散しよう
――と、蓮の知らぬところで海外のリスナーも右肩上がりに増えていた。
■ ■ ■
蓮の勢いは、たった1人で2階層をまるごと制圧してしまいそうなほどだった。
結局蓮は、スタンピードが収まるその瞬間までフロアを駆け回り――ようやく、カメラの前に戻ってきた。
戦闘時間は、およそ1時間半。
その間、ほとんど足も止めず、ひたすら戦闘行動をとっていた。迷宮めいた2階層の広間が、通路が――至るところが、凶暴化したモンスターの死骸で埋め尽くされていた。
他の配信を見ていたリスナーもどんどん集まっていて、今ではリアルタイムに配信を見ている視聴者数は、実に6万人を超えていた。平日の昼間にこの数字は異常だ。
・おかえりー!
・凄かったぞ
・Excellent!!!!
・チャンネル登録しました!!
・高評価100万回押しといた
・それってゼロになるんじゃ
・返り血ほとんどないって…どんなスピードだったんだ(震え
フードを取った蓮は、至って落ち着き払った表情だ。戦闘直後だというのに昂揚している様子もなく、疲労も感じさせず、もちろん恐怖などカケラも感じていなかったようだ。
幼いが端正な顔立ち。年齢よりずっと落ち着いて見えるのは、殺気の残滓が漂う瞳や、返り血を拭った細い頬のせいかもしれない。
・え、普通に惚れる
・これは蓮くんさんだわ
・モンスターより化け物だった
・学校サボって良かったわ、マジ熱かった
そんな蓮がカメラの前で何を話してくれるのか、否が応でも期待が高まる。一連の戦闘を解説してくれるのか、それとも、さっきのレスバトル相手に勝利宣言を叩きつけるのか。
「あー……、…………」
ついさっきまで敵という敵を葬り去っていたその最年少配信者は、カメラからゆっくりと視線をそらし、消え入りそうな声で言った。
「今日の……配信始めます……、えっと、まずは、昨日ちゃんとできなかった自己紹介から……とか」
・いやいやいや!?w
・今からは無理ぃ!
・LMAO
・普通に配信すなwww
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