第11話 スタンピード(2階層)
蓮のイヤホンから響いたスタンピード警報。先日の、配信者個人の危機を知らせるものとは別種の警告だ。
スタンピード。
原因は判明していないが、その階層のモンスターたちが一斉に暴れ出す事象だ。
フロア全体の危機レベルがぐんと上昇するため、撤退が推奨されている。モンスター自身も混乱状態になっており、適性な力量で臨んでいる配信者でも、巻き込まれると命の保証はない。
――もっとも、死亡しても【リスポーン機能】のおかげで1階層には回帰できるのだが。
■ ■ ■
「……スタンピード」
蓮がつぶやくと、チャット欄も騒ぎ出した。
<チャット>
・なんやて!?
・スタンピード来たん!?
・他の配信も2窓してるけど、いまヤバいぞ
・初心者狩りスタンピードか…!
・2階層のってエグいんよね、初心者多いから
凶暴になるモンスターは、通常、2~3つほど上層の強さに匹敵するという。それが群れをなして暴れ狂うのだから、2階層で足踏みしている配信者など、ひとたまりもない。
それに、ダンジョン配信者は上層階を目指す者ばかりではない。ダンジョンでしか使えない魔法やアイテムを使って配信を彩ろうとするエンジョイ勢は、2階層にもっとも多い。
・スタンピートのリアタイ初めてだ!
・蓮くんさんなら楽勝ちゃう?
・それな
・実力を証明できるチャンスじゃん!
・普通に危ないから逃げようよ
・アンチさんに見せつけてやろうぜ
「証明になる、か――別にそれは」
戦闘の実力なんて配信を続けていればそのうちに浸透していくだろう。いま、躍起になる必要はない。
・推しが死んだんだけど!?!?
・2窓リスナーか
・誰が4んだん?
・リスポーンするし平気でしょ
同じ階層にいる他の配信者たちは、次々と脱落しているようだ。本気でダンジョン攻略を狙っていない者や、初心者たちだろう。
蓮は、幾度もスタンピードを……いや、《《スタンピード以上のもの》》を経験している。かつて、こことは別のダンジョンで。たった1人で。
「…………」
ダンジョン配信者は痛覚もコントロールできるし、リスポーン機能で無事に生還できる。
だが恐怖は消えない。慣れていない配信者たちは、死の恐怖を味わうことになる。それがダンジョン配信を選んだ者の通過儀礼ではあるのだが――
蓮は、配信のほうの音声をミュートにしてから、イヤホンの通話機能でマネージャーに連絡を取った。
《……衛藤さん》
《えっ、蓮さん!? 蓮さんから連絡って珍しい……じゃなくて、スタンピードですよね、把握してます。どうしますか?》
衛藤は突然の通信には驚いていたが、スタンピードには動じていない――2階層のスタンピードごときでは、蓮のことを心配などしていないようだ。その点では、《《分かっている》》マネージャーだ。
蓮はたずねる。
《……行っていい?》
《全開で行くんですか?》
《4割くらいで十分》
《ふふ、それでも出血大サービスですね。ええ、もちろんです。でも気をつけてください。どうかダンジョンを壊し尽くしてしまわないように――》
■ ■ ■
「やっべーーーっす、みんな! スタンピード来ちゃいましたァ!」
・タケトくん持ってる!
・今日はどんなことしちゃうんですかぁ!?
ハイテンションで配信に臨むその男は、深刻そうな様子などまったくなく、ケラケラとふざけて笑いながらカメラに向かってまくし立てる。
「えーーっとぉ、実はいま、モザイクを激薄に設定してぇ、痛覚はゼロにしちゃいましたぁ! 違法ギリギリでっすw」
過激な映像を提供したくなるのは配信者の性……とはいえ、どこまでも許容してしまうと本人とリスナーの精神衛生上、非常に良くない。
そのため、リスナー保護のために残虐すぎる映像には自動でモザイクをかけるようになっているし、配信者の痛覚もコントロールできるようになっている。
「そんでぇ! このままモンスターの群れに無防備につっこんじゃいまーーっす!w 俺がズタズタにされるとこ、みんな見ててねー!w」
・うっわ
・やば
・狂ってる~
「あ、それからぁ、他の配信者が引き裂かれてたらバッチリ映してぇ……インタビューしちゃう予定でーーっすw 『ねえ、いまどんな気持ちぃ?』ってさ、ギャハハハ!」
・さいあくぅww
・ウケるー
・早くしてー
・さっさと4ぬとこ見せて♡
死をエンターテインメントにする――
突き詰めればダンジョン配信自体がそういった要素を含んでいるが、中にはこのように、よりセンシティブな内容を面白半分で配信する輩も存在するし、歓迎するリスナーもいる。
「おっとぉ!? あっちでゴブリンと一角狼が暴れてまぁ~~っす! んじゃ俺、【ピーーッ】されちゃってきまーすwww」
・ピー入った
・なんてゆったの、教えて~
・タケトくんカッコいぃ♡
緑色の肌をしたゴブリンと、額に鋭い一本角が生えた獰猛な狼。どちらもこの2階層ではポピュラーなモンスターで、1匹ずつなら初心者でも十分に狩れる相手だ。
だが、それぞれ十数匹ごとの群れが衝突し、まるで互いが仇でもあるかのように血まみれになって、それでも退かずに殺し合いをしている。そんな戦場へ、配信者タケトはヘラヘラと笑いながら、カメラのほうにピースサインを向けながら近づいていく。
――と。
ちょうどその時、ひとつの塊となって蠢くその集団に、付近にいた別の配信者が1人、興奮したゴブリンに足を掴まれ引きずり込まれていた。
女性の悲鳴が上がるのを、タケトは手を叩いて喜ぶ。
「――――ッ! ナイスっっ! 女の子が襲われてまーっすw これ、仕込みじゃありませ~~んw ヤられちゃってるところに、インタビュー、突撃しちゃいますぅ!w」
下卑た表情で武器も持たずに接近し、軽薄な絶叫をあげる。
「っっべww 迫力やべーーーーっwww」
死を恐れないといえば聞こえはいいが、要は命を軽んじているだけ。痛覚を遮断しているので、みずからの死すら快楽の一部。リスナーも彼をたしなめるどころか、むしろ囃し立てる始末だ。
「うわ、死ぬ死ぬーーーーっww」
――だが直後、彼らの誰一人として予想しなかった事態が起きた。
それは突風だった。
何か黒いものが配信者タケトの視界に飛び込んできたかと思うと、凄まじい挙動でゴブリンを巻き込むと――緑の小鬼を細切れにした。
「――――――は?」
黒い旋風は、それだけで収まらなかった。
標的は、女性配信者を襲うゴブリン4匹――刃の閃光がきらめいて、ゴブリンの腕が、首が斬り落とされ、1匹などは胴を両断された。
それらが、一呼吸の間もかからないうちに巻き起こったのだ。
「にん……げん……?」
あっけに取られるタケトは、それだけをかろうじて認識できた。旋風の正体は、黒いショートマントを羽織った小柄な男……いや、少年だった。
平凡な短剣を右手に持った、背の低い少年。飛びかかってくる一角狼の鋭い角を、事もなげに短剣でいなし、頸部をあっさり切り裂き――取って返す刃でゴブリンのコアを貫き殺す。
暴走したモンスターたちも、その勢いには大いに怯んで、
「ギャギャッ――――!?」
タケトのほうへと、転がるように逃げてきた。
「う、うぉっ……!?」
思わず顔を両腕で覆うタケトの肌を、疾風が切り裂く。
致死の一撃が何度も迫っていることを、配信者用のアラートがけたたましく告げている。
刃が当たったところで、痛くなどないはずだ。死ぬことだって、配信者としては恐れるようなことではない。
だが、生物としての本能が『これは違う』と叫んでいた。
「ぃひィッ――!?」
自分の首が、腕が、足が、ゴトリと落ちる――のを錯覚した。
実際には、少年の刃はモンスターだけに正確な斬撃を浴びせていた。肌を撫でたのは、その余波と、そして彼の放つ殺気だけだった――しかし、それはタケトに恐怖を植え付けるのに十分な体験だった。
痛覚と違って、恐怖は遮断できない。
一級の殺戮者が放つ、冷徹で揺るぎない殺気。魔力による《《かりそめ》》の万能感だけで戦場をフラつく一般人に、それはあまりに刺激が強すぎた。
「はへっ……、ぇ? な、なに? なにが……っっ?」
ぺたり、と尻餅をつくと、股間のあたりが生温くて気持ち悪かった。
・タケトくん漏らしてない?
・うそ
・ビビってんじゃんww
・くさそう
・え、ダサ……
・ねえ今どんな気持ち?ww
・つーかヤバくない!? なに今の?
「――――あのさ」
ふわり、と空気が動くのを感じた。
フードを被った少年が、膝を曲げてすぐそばに着地していた。石造りの、ダンジョンの《《壁》》に。
「へ? え……っ?」
その少年が殺気を放った主だと思うと、それだけで手足がガクガクと震えてきた。
壁に両足をつけた彼は、ドライな瞳で見下ろしてくる。息ひとつ切れていない。いくら魔力で肉体を強化しても、疲労は完全に取り除けない。あれだけの挙動のあとにも関わらず、この少年の心身は、完全に落ち着き払っていた。
「立てるなら、さっさと逃げたほうがいい――と思うけど」
それだけ言い残すと、タケトへの興味も注意もまったく無くしたようで、壁を蹴ると次のモンスターの群れへと疾走していった。
もはや言葉を失ったタケトの配信画面で、チャットだけが加速していた。
・何アレ
・有名な配信者とか?
・強すぎウケる
・あれじゃね、昨日話題になってなかった?
・アイビスの新人? あれヤラセでしょ
・いやいやガチらしいよ
・生配信中らしい! オレそっちに移るわ!
・マジ? 名前おしえて!
・遠野蓮
・見るなら雑魚よりそっちだな
・あ、品のないリスナーは来なくていいです
+ + +
「『品のないリスナーは来なくていいです』……、っと。うん。これで蓮さんの配信の品格が守られますね」
1階層のワークスペースで複数の配信を監視しながら、衛藤はチャットも打つ。複数のウィンドウは、蓮がめまぐるしく活躍するのを映し出している。
「蓮さん……流石すぎます!」
半分仕事、半分は純粋なリスナーとしてワクワクしながら、衛藤は蓮に関連する配信を追い続けた。
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