第1話 ただ、出張先の大学の食堂で、飯を食べたかっただけなのに
「白麗さん、この後のお食事はどうなさいます?」
吾輩、白竜大学の校長である白麗が、ローエルハーツ大学で相手方の校長と会議をし終えた時のことである。
ローエルハーツ大学校長は、会議が丁度昼頃に終わったので、客人である私に食事をどうするかと問うてきたようだ。
私はせっかくお昼ご飯を食べるなら、外食よりも学食のほうが費用的にも手間としても楽だったので、食堂を希望すると校長は「自分も食堂でご飯を食べるから、一緒に行こう。」と校長に案内してもらいつつ、食堂で飯を食べることとなった。
ただ、この後、食堂で食事をとることを後悔することとなる。
それは、吾輩が出張先のローエルハーツ大学の食堂のテーブル席で、校長と食事をとっていた時のこと。
「エリス公爵令嬢、お前に婚約破棄を宣告する。そして、聖女を虐めたという証拠がある故、国外追放とする。」
突如として、私が食堂の定食を食べていると、食堂の中央で、誰かが婚約破棄をし始めたのである。
私は、その一声にびくっとして食事の手を止めた。
そして、くるっと首を声をしたほうへと向ける。
声のしたほうを見ると、金髪の男子学生が黒髪の女学生を抱き寄せて立ち、少し離れたところには茶髪の女学生が立っていた。
どうやら、声の発信源から推測するに、先程の声は、この金髪の男子学生のものに違いない。
ただ、ここから先が問題だった。
それは、この金髪の男子学生の身分である。
まじまじと、この金髪の男子学生の服装を見ると、通常の制服と異なり、胸元に王家の家紋をに携えていたのだ。
普通に考えて、王家の家紋を携えられるのは…、王族だけである。
ええと…、ローエルハーツ王国の王族は確か、噂で聞いた限り、国王以外には、皇后と3人の王子がいたはずである。
いずれの王子も、大体年齢が同じであまり見分けがつかないが、大体こんな風に言われてたように思う。
一番末の王子は、本の虫で本を常に身に着けているような子。
2番目に生まれた王子は剣技が得意な子。
そして、長子である王子は国王に最も愛された子で、王太子であるとか。
まあ、あまり詳しいわけではないから何ともいえないが、今婚約破棄をしている男子学生を見る限り、本を携えているというわけでもないし、屈強な体を持っているわけでもない。
顔は、そこそこ良いようではあるが、比較的平凡な体格である。
となると、この子は、王太子である。
されど、王太子というのは、国王の次に偉いがゆえに、身振りの仕方は少しは考えているだろうに、この若者の婚約破棄は、あまりにも王太子として考えられないものである。
一般常識的に考えて、大学で婚約破棄なんてするバカがどこにいるのかという話なのだ。
私自身、白竜大学の校長で、古今東西から色んな学生がやってくるのだが、そんなバカげた話を一度も聞いたためしがない。
はて、あれは本当に王太子か?
え?
「なあ、あれは演劇の練習でもしているのか?」
私は、王太子が婚約破棄なんぞを大学するわけがないなと思い、演劇の練習かと問うたものの、それに対するローエルハーツ大学校長の反応はつらそうなものであった。
校長が、眉間に皺を寄せて沈黙したのである。
これを意味するのは、一つ。
『皇太子が、大学で婚約破棄を宣告している』ということであった。
反対側に座る校長はしばらく、この異常な状況に沈黙していたが、さすがに他国の大学の客にこの状況はまずいと思ったのか、慌てて王太子の動きを阻止しようと席を立ちあがり、食堂の中央へ向かい、王太子に婚約破棄を中止するように告げた。
されど、この王太子、全く酷い輩である。
普通なら、生徒の教育を司る総合責任者の言葉に従うべきであるのに、校長の忠告に対して、「王太子に難癖をつける気か。」と、権力に物を言わせてきたのである。
そう脅されたら、校長は自分の首になることを理由に、反論できないことをわかっているだろうに。
重ね重ね言うが、なんとも、酷い皇太子である。
でも…、なー。
私動けないよなあ…。
だって、私はこの大学の責任者ってわけでもないし、それに王太子になんか下手なこと言ったら、外交的に問題になって、結果的にうちの大学とこの国との繋がりが、断裂してしまう。
かといって、このまま放置するのも学校教育機関の教育者としてよろしい行為とはいいがたい。
どちらに転んでも、面倒くさい状況である。
うぅん。うわぁ…。ホンマ、どうしよう。
あー、もう嫌っ。
『ただ、出張先の大学の食堂で、飯を食べたかっただけなのに』
私は、心の中で全力で叫ぶのであった。