第八話 女神
アステリオス将軍の登降により、第三軍は歴史的勝利を飾った。
だがしかし、後方のバイカー平原にはロンバルディア同盟羊蹄騎士団およそ五万五千の大軍が居座り続けていた。
「まさか『賢者』殿が敗れるとは…」
ロンバルディア同盟の盟主、ヴェニス公国公子マウリッツオ・ガルバーニは羊蹄騎士団の陣幕にいた。
此度の侵攻を画策した人物である。
片目が隠れる程の長髪と鋭い目付き、白い長衣を纏った偉丈夫で、『白公爵』として周辺国に知られる。
「次を呼べば良いではないか」
「さすが元傭兵。合理的な考え方をしてらっしゃる」
同じ席には同盟国であるマリアーノ公国大公タルタリア・デルピエロが相対している。
この男は2メートル近い長身に鍛え込まれた肉体を誇り、口髭と右眼に眼帯をした人物で、両肩に獅子の顔を装飾した黒い甲冑を身に付けている。
傭兵隊長の身でありながら、公爵家を簒奪したという野心家である。『剛将』などと呼ばれている。
「ですが、今から増援を呼んでもすぐに合流は難しい」
机の上の地図には机上演習の駒が並べられている。
「第三軍の三千の兵力に、第六軍の五万が加わります。こちらの五万五千と拮抗します。加えてヤツらが今いるカンバーバッチ大渓谷は難所中の難所。こちらから仕掛けても、まず抜けるとは思えませぬ」
「正面から突っ込むなど戦素人の所業よ。ここは回り道が良かろう」
「仰る通り。帝国第二都市アーガイルを通り、然る後に帝都キャメロンへと侵攻する。アーガイルを占領すれば強制徴募を行い、兵力を増強可能でしょう」
「アーガイルの人口は?」
「およそ二万と聞いてます」
「では五千は徴用出来よう。合わせれば六万だな。問題は第一軍と第二軍が動くかどうかだがな」
「第一軍は第四軍と共に北のリヒトニア聖王国と睨み合いを続けていますし、第二軍と第五軍は南西のウルマール連邦との小競り合いで動けませんよ」
「さすがに帝都が落ちれば動かざるを得んだろうよ」
「ふっ、そこで停戦ですか」
「左様。第三軍と第六軍、それに帝都キャメロンでも強制徴募を行えば十万近くになろう。『七英雄』の再召喚は何時になるか?」
「十四五日といったところでしょう。満月か新月の日が好ましい」
「よく分かった。やはりアーガイル占領後になろう」
「あと、他の国も『七英雄』の召喚をしたようです」
デルピエロの片眉がぴくり、と動く。
「……何だと?」
「どの国がどの英雄を呼んだのかはわかりませんがね」
◇
第六軍を糾合した第三軍はアステリオス将軍の処遇について決め兼ねていたが、当人が将軍を辞して家督を我が子に譲って隠居したいと申し出ていた。
これをクーナが了承し、急遽、後任のクレティオス家当主が赴任する事になった。
「お久しぶりです、皇女殿下」
陣幕に現れた人物は、アステリオスの娘であった。
「まさか貴女が後を継ぐとは思わなかったわ。元気してたかしら、アエリア・クレティオス」
「士官学校を卒業後はずっと第六軍でバイカー地方に赴任してましたからね。皇帝陛下の国葬でお見かけはしましたが」
アエリア・クレティオスは父と違い、頭は人間の女性と変わりない。少し癖の付いた赤毛はシニヨン状に纏めており、両側からは角が生えている。黄金色の部分鎧を身に付けているが、肌の露出が多い。
「アエリア、こちらは『魔剣士』シヴィル・ローズウッドよ。有名だから知ってるとは思うけど」
クーナに紹介されたシヴィルはアエリアの前に立つが、175cmのシヴィルより大きい。さらに連也よりも大きいのだが、そんな事すら霞んでしまう要因があった。
「……がーん」
「?」
何故かシヴィルはがっくりと項垂れて、横に立つ連也の方に涙目で顔だけ項垂れたまま向けてくる。連也に世界一と言わしめた山脈だが、実際には世界二位だと思い知らされた瞬間だった。
「い、いや。そんな涙目で訴えられてもね…イギリス変態紳士なら、むしろ二番目に『K2』と名付けるだろう。ちなみに名付け親はイギリスのモントゴメリーだ」
連也も反応に困ってよく分からない事を言う。
「…シヴィル・ローズウッドでありますぅぅ」
語尾から力が抜ける。
「ど、どうも?アエリア・クレティオスです。シヴィル殿のお噂は、兼ね兼ね伺っております」
「こちらは『七英雄』のレンヤ・ヤギュウよ」
「柳生連也だ。アエリアは何が得意なんだ?」
「父と同じで斧槍を使います。魔法は土属性が得意です。クラス名も父と同じ『機甲兵』になります」
連也の前に立つと、アエリアはさらに背が高い。185cmくらいあるだろうか。
「それにしても、ミノタウロス族の女性は人間と顔が変わらないんだな」
「はい。男性は牛頭ですが、女性は角だけしか人間と違いがありません。体格は大きいですが」
「で、こちらがお馴染みゲオルグ・オズワルド・バウハーン将軍ね」
「お久しぶりです、ゲオルグ卿」
「うむ。よろしく頼む」
「これからはアエリアには将軍として私の片腕になって貰うわ。シヴィルとアエリアが両翼を担ってくれると期待してるわね」
「「ははっ」」
シヴィルとアエリアが一礼する。
「ところで皇女殿下、ひとつよろしいか」
「改まってどうかしたの?ゲオルグ卿」
「実はですな。殿下に謁見を願い出ておる者がおりましてな。作戦行動中につき再三断ってきたのでありますが、この機会に申し上げておこうと思いましてな」
「なあに、それ。ゲオルグ卿がそこまで言うからには、合って損は無い人物なのでしょう?」
「実はシヴィル殿の後に、選抜試験を勝ち抜いた者なのです」
「それは会いたいわね」
「では呼ばせましょう。誰か!例の者を呼んで参れ」
しばらくして、兵士に連れられて、大きなローブ姿の人物が陣幕に入ってきた。顔はよく見えないが、身体が大きい。アエリアよりも大きく、それどころかアステリオスと変わらないくらいの巨体であろうか。
「皇女殿下の御前であるぞ。ローブを脱いで控えよ」
ゲオルグに注意され、その人物はローブに覆われていた顔を露わにした。
「……は?」
その顔を見たクーナは、思わず卒倒しかけた。
「熊か?」
面会した筈のゲオルグも呆気に取られていた。そこにいたのは、動物の熊かと思われる顔であった。
ただし、白黒模様の。
「パンダじゃねーか!」
その正体をこの場で知っていたのが唯一、連也だけである。思わず全力でツッコミを入れてしまった。
「ひさしぶりー!連也くん!」
パンダから、何故か可愛い声が聞こえてくる。ローブの中から、ニョキっと少女の顔が出てきた。銀髪の長い髪を後ろで一本の三つ編みに束ねた、まだ10歳くらいの少女である。
その顔を見た連也は何かを悟ったようで、一瞬で距離を縮めて少女をローブのパンダ?から引っこ抜いた。
「(ちょっ!おまっ!女神が何しに来たんだよ!)」
『七英雄』を召喚した女神アリエステその人が、何故かパンダに乗って人間界にやって来た。
「(しーっ!僕が女神なのは秘密だよ!)」
何やら連也と女神がコソコソと話し合ってる為、事情をよく知らない者が訝しむ。
「じゃあ何しに来たんだよ」
「あっ、ひっどいなあ。これでも僕、連也くんのお役に立てるとおもうな」
パンダの両肩にしがみている少女。
「僕の名前はエリス。『魔獣使い』だよ。連也くんの妹だよ」