第六話 魔神
茜色に染まる夕刻。渓谷の街道にて二人の英雄が雌雄を決する。
夕日を背に立つは『サムライ』。
左の腰に吊るした刀は『肥後守秦光代』を再現しており、さらに片切刃造の脇差『肥後守秦光代・鬼の庖丁』の摸造刀を持つ。
夜の帳が下りようとする山影に身を置くのは『賢者』。
「まずはあなたにも、死の洗礼を受けていただきましょう──────『抜魂』!」
シヴィルに『抜魂』の対抗策を教えたのがこの『サムライ』であるならば、おそらく通じないであろう事は容易に予測出来た。
しかし、シヴィルと同じく完全回避によって『抜魂』は三度破られたのである。
「──────かはッ」
ゴールドフィールドの左肩より腹までが血の噴水となって斬り割かれ、一瞬の交差のあとに刀を振り抜いて残身のまま通り抜けた連也が、瞬時に向き直っていた。一体、いつの間に鞘から刀を抜いたのか。
「柳生新陰流に極意あり──────その名を『転』と称す」
連也とシヴィルの違い。
シヴィルは完全回避だったが攻撃には転じられず、連也は回避と同時に反撃まで実現した。
上段に構えた刀をゆらりと返しつつ軸を外し、『抜魂』の発動に合わせて切り伏せる。本来は剣対剣で追及された術理だが、極めれば間合いに入りさえすればどのような技にも対応出来る必殺のカウンターへと昇華していた。
「がはぁ──────ぐ、ぎぎぎ──────げぼっ!」
肩口から腹まで両断されてしまっては、断末魔の声さえ上げる事は出来ない。悶絶しながらも手が空をかきむしる。
「げぼぼぼぼぼッ!」
大量の喀血と共に、ゴールドフィールドの肉体が膨張を始める。
「!!」
「──────ぶははは!──────私は、私こそは!魔族どもをこの地上へと呼び寄せた者よ!我が贄とする為になぁ!」
膨張を続けた肉体は赤黒く変色し、口ひげのような無数の触腕を生やし、六つの眼を持つ禿頭の異形へと変貌を遂げた。
「くっくっく──────時に『サムライ』よ。『魔族』とは何なのか知っているか?」
肩から腹までに達していた刀傷は再生し、跡形も無くなっていた。気味の悪い粘液がボタボタと足元を濡らす。背中からは蝙蝠のような翼が生えていた。
「さてな。女神からは異世界からの侵略者だと聞いたぜ」
みるみるうちに巨大化を果たした『賢者』だった何か。おそらくは優に10メートルは超えよう。摺り足で距離を取る連也。さすがに体格差がありすぎて距離を取らざるを得ない。
「な、何が起きたの!?」
「レンヤ殿っ!」
クーナとシヴィルはアステリオス将軍と戦いながら、遥か後方に出現した魔神に注意を奪われる。
「何だあの化け物は!?」
対するアステリオスも突如現れた異形の姿の前に、戦いの手を止めてしまう。
「ははは。それを真に受けて、世界を救いに一人で呼ばれてやってきたのか?おめでたいヤツめ」
「俺を呼んだのはあくまでクーナだ。女神は単なるシステムに過ぎない。かつてこの世界を救ったお前たちが、さらなる力を求めて冥府魔道に堕ちたる時、『八人目』は世界に呼ばれるのだ」
「抜かせッ!所詮は我らと同じく古代魔法に縋った者ではないか!我が魔力を受けてみよ!」
『賢者』ゴールドフィールドは数多の魔神の魂を『抜魂』によって取り込んだ為、本来人間よりも上位の精神体である魔神の精神に影響を受けて変容してしまったのだ。
その中でも特に凶悪な存在であった外宇宙の魔神『ク・リトー・クリウルウ』の魂を取り込んだ事により、己の眷属である魔族を呼び込むという英雄にあるまじき行動を取る事となる。
「矮小なる人の身で、この『賢者』ゴールドフィールドの魔力に敵うと思ったか!その愚かさを思い知るがいい!」
赤黒く巨大な両腕を広げ、膨大な魔力の奔流が大気に熱交換反応を起こす。急速に奪われた熱量はゴールドフィールドの頭上で巨大な火球を生み出す。
「遥かフォーマルハウトより来たれ──────『極点爆』!!──────」
「──────レンヤ!!」
「レンヤ殿──────ッ!!」
クーナとシヴィルの悲痛な声が渓谷に響く。
およそ摂氏三千度を超える炎が連也に向かって飛ぶ。これを防ぐ手段が、連也に果たしてあるのだろうか。