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第五話 再戦

 ビザンツ帝国第六軍の進軍に呼応し、ロンバルディア同盟羊蹄騎士団およそ五万五千が国境線を越えてバイカー平原に駐留した。


 第六軍五万の怒涛の進軍に対し、第三軍は僅かに三千あまり。開戦当初は二千人の兵しか招集出来なかったが、三週間の間に退役軍人を呼び戻して予備役に組み込む事で何とか三千人に増員したのだった。


「しかし忠義に厚いと言われたアステリオス将軍が、まさか我らロンバルディア同盟に付くとは思いませんでしたよ。一体、どういった心境の変化で?」


『賢者』ゴールドフィールドはロンバルディア同盟本隊より先行し、第六軍の補佐官という体で僅かな手勢と共に合流をしていた。僅か三か月でロンバルディア同盟の財政状況を好転させ、余剰資金を捻出した事で今回の遠征が可能となっていた。それを主導したゴールドフィールドは比較的自由に動ける権限を与えられていた。


 帝都キャメロンに至る街道の最後の関所、カンバーバッチ大渓谷の攻略が開始された。指揮所として設営された陣幕では第六軍の首脳陣が各部隊に指示を出す。


「第六軍は帝国南東部バイカー地方貴族たちを多く抱える。彼ら貴族領主はバイカー地方で密かにご禁制の麻薬栽培を行い、ロンバルディア同盟に横流しをしてきた。1年前の皇帝陛下の崩御により第一皇太子殿下、第二皇太子殿下、そして第二皇女殿下の三軍が後継者争いを繰り広げておる。バイカー貴族達は今の麻薬権益を手放したくないのだ」


 獣人ミノタウロス族出身のアステリオス将軍は、その牡牛のような顔で鼻息荒くそんな主張を繰り広げる。


「それで第六軍は蜂起したと?いささか短慮に過ぎませんか?」


「第六軍の解体案を帝国議会に出したのだ。皇女殿下がな」


「ははあ。なるほど。その三勢力の中で皇女殿下の第三軍は兵力が少ない。第一軍と第二軍に対抗する為に、第六軍を解体して第三軍に再編する計画だったのですな」


「皇女殿下が身を引けば良いだけの話なのだ。さすれば第一皇太子殿下と第二皇太子殿下の二人で跡目が争われる。皇女殿下が身を引けば、第三軍のゲオルグ卿の勢力はそのどちらかの勢力に与する事になり、後継者争いは比較的早く終結するであろうな」


「ロンバルディア同盟はバイカー地方の一部地域をいただくことになりますが」


「その程度の犠牲は致し方なかろう。貴公には失礼な話だが、帝国の国内情勢が安定してから改めて領土交渉を行って取り返せばよい」


「まあその時はお手柔らかに願いますよ」


 ゴールドフィールドとしてはロンバルディア同盟に召喚された身だとは言え、実際は領土などどうでも良いと思っている。


 その時、陣幕にひとりの兵士が駆け込んできた。


「前衛部隊より伝令!第三軍と会敵!なお敵の突撃部隊に『魔剣士』シヴィル・ローズウッドの姿を確認!」


「何だと!?」


「馬鹿な。私の『抜魂ソウルスティール』で死んだ筈だ。何かの見間違いではありませんか?」


「いえ、アステリオス将軍と戦った女エルフです。見間違う可能性は低いかと」


 伝令の報告に困惑する両者。これは一体どういう事であろうか。


「本人に聞いてみるしかなかろう」


 軍人アステリオス将軍は徹底したリアリストである為か、即座に思考を切り替えて椅子から立ち上がる。


「まさか蘇生したのか?しかし神聖魔法で蘇生は不可能な筈だ……」


 ゴールドフィールドとしては、手品の種を暴かれた時のような、己の自尊心が傷付いたような気持ちになっていた。



 カンバーバッチ大渓谷は渓谷の谷底の渓流が干からび、その河川沿いの街道を突き進む先に砂防ダムと共に街道の関所が設けられた形になっている。街道は大軍が移動するには不便極まりなく、当初から第三軍が防衛線を築くならこの渓谷になるであろうとの予測はされていた。


「再び相見えるとは、我らはよくよく縁があるようですな。アステリオス将軍」


 シヴィルは渓谷の街道を百人の手勢と共に封鎖し、部隊の先頭で『機甲剣ハスクバルナー』を地面に突き立てて仁王立ちで立ち塞がっていた。


「貴公、どうやって生き返ったのだ?エルフの魔術か何かか?」


 アステリオス将軍は今回は戦車には乗っていない。この渓谷では十分な機動力を発揮出来ないからだ。


「ふっ、それは──────愛と勇気!」


 ふんす、という擬音が聞こえてきそうなシヴィルのドヤ顔である。


「この頭悪そうなお嬢さんが『抜魂ソウルスティール』を単独で破ったとは考えられませんねぇ……」


 図体の大きいアステリオス将軍の背後から、音もなく『賢者』ゴールドフィールドが姿を見せる。


「出たな『賢者』!アステリオス将軍を唆す貴様を私は許さない!もう一度『抜魂ソウルスティール』を仕掛けてみせよ!」


 シヴィルは大剣を構えてゴールドフィールドに切っ先を向ける。まさかの『抜魂ソウルスティール』のリクエストだった。


「……調子に乗るなよエルフの小娘。数千年を生きるこの『七英雄』に挑む事がどんな無謀か、再び思い知らせてくれる!!」


「待て『賢者』殿!見え見えの挑発に乗るな!」


「喰らえッ!─────────『抜魂ソウルスティール』!!」


 ゴールドフィールドの手が赤く光る。その光はたちまちゴールドフィールドを中心に同心円状に広がり、エネルギーの渦となって周囲を巻き込む。


「──────『抜魂ソウルスティール』破れたり」


 エネルギーの渦がシヴィルの身体を呑み込もうとした一瞬、シヴィルの身体がその場で転身した。くるっと背を向けぐるりと回転し、再び相対した。


「……なに?何が起きた?」


 ゴールドフィールドは目の前で何も起きなかった事に混乱した。そんな筈は無いのに。そんな事は起きえない。あり得ない。


「何が起きたか、教えてさしあげよう。私はエルフだ。精霊の住まう『精霊界』に近しい精神体構造を持つ種族だ。エルフは四大魔法を扱う時、精霊との契約によって人間よりも少ない魔力消費で魔法を行使出来る」


「成人を迎えるエルフは必ず、精霊との契約の儀式を通過する。ここで幽体離脱という体験をするのだ。『抜魂ソウルスティール』は、肉体から精神が分離している時には作用しない」


「……何、だと?つまり、今の身体を一回転させる動作は、何だったのだ?」


「ああする事で私は幽体離脱、『精神投射エーテルプロジェクション』をしやすい。人によって自分に合った方法がある。私は相手からああやって視線を外し、意識を俯瞰で視る為に『飛ばす』んだ」


「くッ!意味が分からん!もう一度、喰らえッ!──────『抜魂ソウルスティール』!!」


「──────無駄だ」


 ぐるり。


 軽く身体を一回転する動作をするだけで、今やシヴィルは『抜魂ソウルスティール』を完全回避できるようになっていた。


「その技はもう通じんぞ『賢者』殿!ここは我に任せよ!!」


 アステリオス将軍が斧槍をシヴィル目掛けて叩きつける。


──────ガキンッ!!──────


「ハスクバルナー!フルドライブ!!」


──────キュィィィイイイイン!!──────


「ぬおッ!?」


 斧槍がハスクバルナーの回転鋸に弾き飛ばされる。


「まさか『抜魂ソウルスティール』を破る者が『七英雄』以外から現れようとは!しかし、私は『賢者』!四大魔法と闇魔法の使い手である事を忘れるな!!」


「『賢者』殿!我が時間を稼ぐ!!」


 アステリオス将軍がシヴィルにプレッシャーを掛けて前進を試みる。そこへ、銀色の物体が飛んでくる。


「ぬっ!これはっ!?」


──────バキンッ!!──────


 左右より飛来した二枚の円盤。これを咄嗟に斧槍を回転させて弾く。


「──────私もいるわよ、アステリオス将軍!」


「皇女殿下か!」


 弾かれた二枚の円盤が、赤色の軍服姿の少女の手に戻る。


 皇女の身でありながら、クーナが前線に登場したのである。


 二枚の円盤は防御用の小盾バックラーである。クーナはこれを攻撃用途に用いる。円盤は鋭利な隠し刃を備え、ワンタッチで飛び出る機構が組み込まれている。刃は現代日本で例えるならば、電動丸鋸のチップソーに近い。


「帝国式円盤投法免許皆伝の腕前、よーく味わいなさい!」


 クーナが遠距離からシヴィルを援護する形でアステリオスに対峙する。こうなるとゴールドフィールドはアステリオスの援護に徹する以外にない。


 両軍の兵士は先頭で一騎当千の両将軍が戦いを始めてしまった為、真向から激突するタイミングを逸してしまったのだ。


「(アステリオスは一度破れている。しかも今回は戦車が無い……皇女まで加わった今、勝率は低い。ここは一旦、態勢を立て直すべきか……しかしアステリオスを失うのは惜しい。頼れる肉壁が無くなってしまう)」


 例え攻撃力でシヴィルに及ばずとも、その圧倒的な体格は肉壁としては唯一無二の存在である。


「いや、皇女を殺せば第三軍は瓦解する」


 皇族が前線に出てくるという事は兵士の士気を高める一方で、捕縛や戦死のリスクによって即敗北のリスクも伴う。


 しかし、ゴールドフィールドは小心者である。


「……いや、何もここで無理をする必要は無いのだ。アステリオスも引けばよい。何より私の身の安全こそが第一だ」


 例えばギャンブラーが大きな賭けをする時、失敗した時のリスクの大きさに慄いているようでは博打打としての才は無い。大きなリスクを目の前にした時、多くの人は必ず躊躇するのである。


 この時のゴールドフィールドの心情は、この大きなリスクに対する躊躇に似ている。皇女の殺害という大きな賭けに、彼の心が追いつかないのである。


「アステリオス将軍!一度態勢を立て直しましょう!私は先に戻ります!」


 ゴールドフィールドは前線に展開させている兵士の中に紛れて陣幕まで戻ろうと画策した。しかし、この大渓谷の両側に聳え立つ渓谷を、伏兵が囲んでいたのである。指揮を執るのはゲオルグ卿その人であった。


「弓兵第一射放て!魔法部隊、土魔法で崩落!!」


 崖上から次々に投射される弓矢と魔法攻撃。土砂が大量に街道に降り注ぎ、兵士たちの何人かは生き埋めになってしまう。


「ええい小癪な!前線が伸びて分断されたか!」


 渓谷沿いの街道を横一列で通れる訳も無く、五万もいる筈の戦列は縦長に延伸してしまっていた。そこで横からの挟み撃ちを受ければ、たちまち分断されるという寸法だった。


 自陣に帰れなくなったゴールドフィールドは、退路を一人の男によって絶たれていた。


「柳生連也だ。覚悟しろ『賢者』ゴールドフィールド。400年前の無念、今こそ晴らしてくれよう」


 連也は服装を戦闘に耐えられるものに新調していた。黒いソフトレザーで全身は統一され、グローブとブーツは赤い。僅か一か月で用意した柳生拵やぎゅうこしらえの『刀』も腰に吊るしている。


「そうか……『八人目』!!『抜魂ソウルスティール』が破られたのは貴様が原因か」


『賢者』と『サムライ』──────同じ『七英雄』同士の戦いの火ぶたが切って落とされようとしていた。

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