第四話 伝承法
『抜魂』は即死スキルである。
HPという能力値はそもそも、キャラクターがどの程度まで打撃に耐えられるかを数値化したデータである。
MPは魔力数値であるし、SPはスキルの使用で減少する。
LPは魂の数値化であり、神が人間を創造した時に定められた魂の大きさであると言われている。この大きさによって寿命が決まり、1年の寿命をLP=1ポイントとして換算される。
この世界における人間の平均寿命が約50歳であるので、人間の平均LP値は50ポイントほどとなる。これが長命のエルフとなれば10倍は生きるので、LPも平均して500ポイントも持って生まれる。
即死スキル『抜魂』はHPを0にし、LPも0にする。
「……シヴィル」
バイカー平原を全力で撤退した第三軍の陣幕で、クーナは冷たくなったシヴィルの死体と対面していた。ゲオルグやサルディーン神殿長、そして柳生連也も共にいた。
「LPを全て失った者は残念ながら、神聖魔法でも蘇生は出来ませぬ」
サルディーン神殿長は悲痛な面持ちで報告した。
「レンヤ。あなたは神聖魔法で生き返らせればいいと、そう言ったわ」
「ああ」
「……それなのに、この結果はどうしようというの!」
悲しみに打ちひしがれたクーナはレンヤを詰った後、陣幕を一人出て行ってしまった。
「……それでレンヤ殿。これからどうするつもりだ」
あとに残ったゲオルグは人の死を多く見てきた経験からか、あくまで冷静であった。
「夜の仕事をすると俺は言ったな」
「……ああ、そういえば昼は鍛冶仕事をして、夜に別の仕事をすると」
「シヴィルが来て三週間、何もしていなかった訳じゃない。俺は夜、仕事をしていた。シヴィルとな」
「……下世話な話ではあるまい?」
「いや、そのまんまの意味だ。三週間、ずっとシヴィルと夜を共にした」
「……それを今、ここで何故、吾輩に聞かせるのか?」
「『抜魂』に対抗する必要があった」
「……どういう意味だ?」
◇
三週間前、連也は夜、自室にシヴィルを呼び出していた。
「──────こ、こここ、これは本当に、しなくてはいけないのですか!」
シヴィルは顔中を真っ赤にして、酷く狼狽えていた。
「『七英雄』にはそれぞれ、『古代魔法』というものが与えられている。『賢者』は魂に干渉する能力を持つ。『抜魂』の本質は、即死スキルではない」
「本来の目的は、魂を回収する為の術だ。肉体から魂を抜き、別の場所へと送る。天国か地獄か、あるいは別の世界か。もしくは別の肉体という方法も考えられるだろう。異世界転生の『転生』の部分は、この術によるところが大きい」
「転生?レンヤ殿は、転生をしたのですか?」
「そうだ。別の世界から転生してきた。この術にかけられると、魂はその大小に関係無く肉体を離れる。普通の死では魂は30分間、その場に浮遊したままとなる。これは世界の法則として神が定めたシステムだ。だがこの術で即死したら、魂は神の御許へと送られてしまう」
「神の御許へ送られるまでの間に、干渉する方法がある。例えば悪魔を召喚する時に、己の魂を代償に契約を交わす。これは神に召される前に、悪魔が魂に干渉して先に回収するからだ」
「これと同じく、契約によって魂を縛る事が可能だ。この術は『伝承法』と呼ばれる」
「『伝承法』……それがあれば、対抗できるのですか?」
「そうだ。『伝承法』は魂を受け継ぎ、『サムライ』としては主に技術を後世に伝える為に編み出された能力だ。この『伝承法』を、シヴィルに覚えてもらう」
「私が覚える……覚えると『抜魂』を破れると?」
「破るというよりは、『抜魂』をその身で体験して習得するんだ。その技を体得すれば、同時に破る事も可能になる理屈だ」
「……確かに。ところで『伝承法』という術を、どうやって覚えればいいのですか?」
「これは魂の継承、記憶の共有から始まる。一子相伝は、親子関係や師弟関係など同じ経験を共有する事により、魂の継承が自然と行われる。しかしシヴィルと俺の間に、まだ信頼関係と呼べるほどの関係性はない。そこで、二人でこれから記憶の共有が起こるような体験をしていく必要がある。ぶっちゃけ、男女の仲になる事だ」
「は?男女?え?えええええええ?」
途端にシヴィルの顔が赤面する。長生きであるエルフにしては反応が初心であった。
「こっちだって恥ずかしいんだよ!元は陰キャ童貞だぞ!」
「陰キャとは?」
「いやこっちの話だ。要するに記憶とはデータだ。『アカシアの記録』に蓄積されるデータだ。同じ記憶を有するのであれば、それは同データとして保存される事になる。『伝承法』はこの『アカシアの記録』を参照する」
「しかし、同じ経験を共有するのなら、他の方法もあるのではありませんか?」
「契約の儀式というものは大体において、血を必要としたりするだろう。アレは不可逆性を担保する為だ。性交渉というものは古来より儀式においては効果の高いものの一つだ」
「し、しかしですね。こういう事は、その。愛し合う者同士のですね……」
「そもそもノーであれば、そんな延々と言い訳をせずに俺を一発ぶん殴って、背後のドアから出ていけば済む。それをしないという事は、必要だからやるのか、それとも自分を愛してくれるのか良く分からないからだろう」
「それは。まあ、そうですね。はい」
「言っておくけど、シヴィルはめっちゃ好みのタイプだぞ。可愛いと思ってる」
「なッ!」
今までも真っ赤な顔をしていたが、さらに茹蛸の如く首筋から耳先まで真っ赤に染まる。
「好きだ。ずっと傍にいて欲しい」
転生前でならとても言えなかったような台詞が、次々に口から出てくる。
「あうっ」
両手で抱きしめられ、そのままの勢いで軽く口付けされてしまう。
「そら、その鎧を脱いでこっちに座って」
連也はベッドに腰掛け、隣を手で叩く。
「ほ、本気で言っておられますか?私が可愛いなど……こんな背の高い、剣ばかり振るってきたような女ですよ」
そう言いながらもシヴィルは鎧の留め具を外していく。決闘で連也に負けてから、ある程度は覚悟していた面はあった。
「思った通りだ。凄いの隠してるじゃないか」
鎧の下から巨大な山脈がドン、と溢れ出た。今までの人生で見た事の無い超弩級の迫力であった。鎧の下の肌着から見える僅かな肌だけでも凄まじい主張をしてくる。
「す、凄いって……特にいい事は無いですし」
「いやいや。俺のいた世界での基準に当てはめたらメートルオーバーどころの騒ぎじゃないぞ。見てるだけで癒されるって。やはり大自然の絶景は、まずは眺めて愛でるべきだ、うむ」
「そ、そんなに見つめないでいただきたい……」
「まず目で見て愛でないと、いきなり触るのは後々の感動を損なうと思わないか」
「……なんで絵画を論評する芸術家みたいな口ぶりなんですか」
「気分を盛り上げていかないと、いきなり触られたら百年の恋も冷めるってもんだろ?」
「それは、まあ。そうかも知れませんけど」
ここまで来るとさすがのシヴィルもいくらか落ち着いてきていた。
「それにしても、でかいでかいって、そんなに大きいでしょうか……」
「うん、ちょっと桁外れだと思うぞ。今まで鎧で抑えつけて隠してきたんだろうが」
「隠すというか、そもそもエルフは細身な種族なので、ここまで育つ者はいないもので……私がハーフだからでしょうか」
「そうかもな。ハーフダークハイエルフ尊い」
「なんですかハーフダークハイエルフって…」
「今思い付いた。それにしても本当にどうしよう。山に登る登山家はいつもこんな気持ちを抱くのだろうか……」
「登山家って……レンヤ殿は面白い例え方がお好きなのですね」
「『そこに山があるからだ』という名言があるんだが、これはイギリスという国の伝説的登山家ジョージ・マロリーが遺した言葉だという。実に良い言葉だ……」
「ボディタッチを登山に例えないで下さい…」
「しかも、未だかつて誰も登った事が無いという未踏峰の世界一高い山だという。これは探検家として、とても名誉な事だ」
「そ、そうですか。そんな話をしながらよく抱けますね……」
既に連也の両腕はシヴィルの身体を後ろから抱きすくめていた。本当にこの男は童貞なのか。
「イギリス人は変態紳士だと言われている。今の俺の心はイギリス人だ。つまり、俺も変態紳士。イギリス人は全裸ネタが大好きなんだ。ストリップ大好き民族だ」
イギリスに対する熱い風評被害である。
「い、いつの間に全裸に!?」
あっという間にシヴィルは服を脱がされており、ほぼ同時に連也もマッパになっていた。
「さあ、冒険しようぜ」
「─────────アッ」
◇
「そんな感じで、三週間ほどみっちり修行をしたんだ。夜の」
「いちいち『夜の』と付けなくてよろしい」
「『伝承法』によってシヴィルの魂は俺の身に宿っている。だからシヴィルの肉体に神聖魔法をかけても意味が無いんだ。神聖魔法はこの俺に対してかけなくてはシヴィルの蘇生はできない」
「なるほど……では早く始めた方がええじゃろう。リミットの30分が過ぎてしまうぞい」
「では始めてくれ」
◇
「シヴィル!!」
クーナがシヴィルの姿を見て駆け寄ってくる。シヴィルに抱きつきすすり泣く。
「よかった……第三軍の敗走よりも、あなたを失った事の方が悲しかったわ」
「……皇女殿下」
シヴィルもクーナの背中を両手で包み、その目に涙を溜めていた。
「感動の再会中で済まないが、『伝承法』だけじゃ対抗策には不十分なんだぜ。『抜魂』は覚えたか?」
「はい、レンヤ殿。『伝承法』はLPを交換する術なのですね。『抜魂』で肉体を離れた魂はレンヤ殿とひとつになった。私の持つLPは1000ほどありましたが、今は999になりました。1ポイントだけレンヤ殿のLPになっているようです」
「シヴィルが『抜魂』を覚えたおかげで、俺にもその記憶が共有されているようだ」
「ちょっと待って。LP1000ってシヴィル、あなた千年の寿命があるの?」
「そういう事になりますね。ちなみに私は今年で120歳です」
LPは年々減少していき、余命あと一年の人物はLPをたった1ポイントしか持っていない事になる。
「へぇー。エルフは寿命が長いって聞くけど、本当なのね」
「長生きしたければエルフを嫁にしろって事だな」
「レンヤ殿……嫁だなんて……そんなまだ心の準備が……でも、婚約くらいは」
途端にシヴィルの表情が蕩けるように緩み、モジモジと身を捩るような仕草をする。
「(チョロっっっ!金髪褐色くっ殺エロフ剣士、チョロッッッ!!!)」
「……ふーーーーーん?」
シヴィルの様子を見て、クーナの氷のような視線が連也に突き刺さる。
「(皇女こっわっっっ!!めっちゃこわっっっ!!)」
久々に転生前の性格が出てしまう。
基本的に転生後は『七英雄』という概念に縛られるが、心の中は転生前とそう変わらないのであった。