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第三話 賢者

 シヴィル・ローズウッドは任官して初日の挨拶で柳生連也に『賢者と戦って死ぬ』と伝えられた。


 それでも彼女は、ここにいた。


 第六軍総勢五万に対し、第三軍およそ二千あまり。


 地方軍である第六軍は最前線に配されている関係で、兵士たちの練度は非常に高い。対する第三軍は実戦経験のある予備役が帝都キャメロンから離れない事から、ほとんど新兵が中心であった。


「我はビザンツ帝国第三軍参謀長!『魔剣士』シヴィル・ローズウッドである!第六軍軍団長アステリオス・クレティオス殿に一騎打ちを申し込む!」


 ロンバルディア同盟との国境線地帯、帝国南東部のバイカー地方を管轄とする帝国第六軍は、柳生連也の召喚から1か月後に武装蜂起した。


 丘陵地帯のバイカー平原は放牧が盛んで、両軍が布陣するのに適した地形であった。


 第六軍のトップ、軍団長のアステリオス・クレティオスは獣人族ミノタウロスの出身で、牛頭に2m50cmを超える筋骨隆々とした逞しい肉体を誇る武人であった。


「我に一騎打ちを挑もうという命知らずが第三軍にいようとは思いもしなかったぞ!我がアステリオス・クレティオスである!!」


 巨体を包む金色の甲冑と、身長の二倍はあろうかというポールウェポンの斧槍。そして手綱を握る手。


「……戦車!」


「我がクラス名は『機甲兵パンツァー』と呼ばれている」


 チャリオットと呼ばれる二輪戦車に、二頭の野牛が繋がれている。野牛は発達した角を持ち、金色の甲冑で全身が覆われている。


「卑怯などとは言うまいな?戦車もまた、武器なのだからな」


「そんなことは言わない。私もこの『機甲剣ハスクバルナー』を持つのだから」


「なるほど。貴公があの噂に名高い『白銀』か」


「正確には私一人の呼び名では無い」


「いや、『白銀』の名の由来は、その鎧からだろう?であれば、その名は貴公を指している。ミスリル製の鎧などまずお目にかかれないものだからな」


 シヴィルの着る白銀の鎧は、実は普通の鎧とは材質も製法も異なるものだった。『ミスリル鉱石』は鋼よりも軽く、加工すれば鋼よりも硬くなる性質を持つ。さらに魔法を阻害しない性質があり、剣と魔法を両立する魔剣士にとって最良の鎧となる。


 しかし『ミスリル鉱石』の鍛造技術は亜人種のひとつ、ドワーフ族の秘伝である為、必然的にミスリル製の武具を持つ者はドワーフと、ドワーフと交流のあるエルフなどに限られる。


「私が勝ったら兵を引いていただきたい」


「よかろう。逆に我が勝ったら、その剣と鎧をいただくぞ」


「好きにすればよい」


「よおし、その言葉、忘れるな!─────行くぞ!!」


───────ブモォオオオオオオ!!────────


 野牛の咆哮と共に両の前足が大地を蹴る。戦車の車輪が泥を跳ね上げ、アステリオスの巨体を乗せて動き出す。


 二頭の野牛によって得られる機動力。その機動力を削ぐならば、先頭の野牛のどちらかを先に攻撃するべきであろう。しかし、それをしたところでポールウェポンの一撃を受ける事になってしまう。


 であれば、野牛は放置して戦車の破壊を優先するべきか。しかしこれもポールウェポンによる反撃を受けるだろう。しかも戦車の車輪の中心軸に、回転する鎌状のブレードが設けられている。横に避けようともこのブレードによってその身を切り裂かれる。


 だが、シヴィルの武器は『機甲剣ハスクバルナー』である。対武器破壊用途に限定すれば、これほど頼れる武器はない。


 ────バキィン!!─────


 結果、シヴィルはハスクバルナーで右端のブレードを叩き折る事でアステリオスの初撃を防ぐ事に成功した。


「むはははは!やりおる!」


 平原を戦車で駆け回り、ドリフトターンで旋回しながらアステリオスが再びシヴィルに迫る。ポールウェポンが横からすれ違い様に振るわれる。


───────ガキィィィィン!!───────


「くッ!重いッ!!」


 シヴィルの膂力は連也をも上回るが、それをアステリオスはさらに上回る。単純に体重が重いのだから、当然であった。


 シヴィルの体格は175cmと女性としては高めではあったが、体重は60kg台に過ぎない。


 対してアステリオスは250cmの身長に体重は200kgを上回る。そこに加速が加われば、重さ×衝撃値に応じた倍率のダメージが加算されるであろう。


「ハスクバルナーと打ち合って互角とは、あの斧槍もアーティファクトか!」


 通常の武器であれば打ち合った瞬間に刀身が破壊される筈だが、アステリオスの斧槍は全くの無傷であった。しかも5m近いリーチがある為、ハスクバルナーの刃がアステリオスの身体に届かない。届くのは野牛か戦車の本体までである。


「打ち合いでは不利…ならば!────風よ!!」


 シヴィルは『魔剣士』────つまり、何も剣のみでしか戦えない訳ではない。シヴィルは風魔法が得意で、攻撃魔法から補助魔法まで幅広く扱える。


「────『敏捷強化トレードアジリティ』────」


 シヴィルはまず、肉体の俊敏性を上昇させる身体強化魔法を自身に施した。攻撃魔法で消耗するよりも、持続的な効果を見込める身体強化魔法の方が戦力強化に繋がると判断した。


「────『対衝撃強化アンチインパルス』────」


 次に、空気の層で防御膜を形成する魔法で防御力の強化を図った。


「吹き上げろ風の刃よ────『旋風波ダストプレッシャー』────!!」


 最後にハスクバルナーで横一文字に空間を薙ぎ払うと、不可視の衝撃波が発生してアステリオス目掛けて飛ぶ。


 ────ドパン!!────


「ぬおッ!」


 不可避の魔法攻撃によってようやくアステリオスの肉体に攻撃が届いた。しかし、戦車による突撃は止まらない。


「小癪な!大地よ震えよ!────『大十字グランドクロス』────!!」


 ────ズガァァァアアアン!!────


「地面が!?」


 アステリオスの斧槍が、大地を叩く。それによって起こる隆起現象がシヴィルの足元に十字の裂け目を生み出し、慌ててシヴィルはその場から跳躍して逃れた。アステリオスも魔法による攻撃手段を持っていたのである。


「まだまだ!爆ぜよ岩砕!────『飛砕石バルカンランス』────!!」


────スガガガガッ!!────


「ぐうッ────!」


 十字に割けた地面の裂け目から、無数の石礫が真上に飛んだシヴィルに直撃した。吹き飛ばされたシヴィルは空中でトンボ返りで反転し、地面に着地した。そこへ、アステリオスが突撃してくる。


 シヴィルに迫る斧槍の一撃。


「『ハスクバルナー!────フルドライブ!!────』」


 ────────キュィィィイイイイン!!────────


 突如としてハスクバルナーから猛烈な機械音が生じる。


 ────────ギャリィィィンッ!!────────


「ぬおッ!?」


 ハスクバルナーの回転刃はさらなる加速を行い、互角に打ち合っていた斧槍を弾き返した。横薙ぎの一撃から、さらに背中を見せて回転。連続の二連回転斬りがアステリオスの隙を逃さなかった。


────────ズガン!!────────


「ぐはッ!」


 アステリオスの左脇腹に吸い込まれたハスクバルナーの刀身は金色の鎧を穿ち、鮮血が迸った。


 ザンッ!


 回転しながらアステリオスの後方に着地したシヴィル。回転を続けていたハスクバルナーが作動を止めた。


「────勝負あった────」


 シヴィルは勝ちを確信した。それを連也たちが自軍陣地で見ていた。


「やったわね。シヴィルの勝ちよ」


「あの猛将アステリオスを破るとは」


 クーナとゲオルグが感嘆の声を上げる。しかし、連也は鋭い視線で後方の第六軍の陣地を見ていた。


「出てくるぞ『賢者』が」


 果たして、敗れたアステリオスの傷を癒す為なのか、ステッキを持った人物が歩み出た。


「お見事。『魔剣士』シヴィル・ローズウッド殿。これはしてやられましたね。アステリオス将軍」


 傷付いたアステリオスが後ろを振り返る。


「くッ……『賢者』殿か。いらぬお節介だぞ」


「まあまあ。そう言わずに下がって下さいよ。ここは私にお任せを」


 その人物────『賢者』とは、現代世界では『マジシャン(手品師)』のようなタキシード衣装を着た人物であった。頭にはシルクハットを被っている。年齢はおそらく中年男性で、西側種族であろう。


「私は『七英雄』がひとり、『賢者』ゴールドフィールドと申します。以後お見知りおきを」


「ああ、いや。すぐにあなたは死にます。だから私の名など知らずともよい」


「とうとう現れたか『七英雄』!我が秘剣、受けてみよ!!」


 シヴィルが『機甲剣ハスクバルナー』を上段から振り被り、『賢者』の頭目掛けて振り下ろす。


「甘い」


────ブゥン────


「何だ!?」


 『賢者』ゴールドフィールドのステッキが光を放ち、ハスクバルナーを受け止めた。


「これは『魔力剣ロートシルト』と言います。対『機甲剣ハスクバルナー』専用の剣です」


 発光するエネルギーの刃がハスクバルナーの回転刃を阻害し、作動しない。


「魔力を吸収しているのか!?」


「その通り。魔力を封じればその剣は動かない」


「────ふ。それは過去に出会った事がある剣だ。ハスクバルナーにはさらに対抗する力が備わっている!」


────────バン!!────────


「なに?」


 回転刃の連結が解かれ、バラバラになった鋸刃が四方へと飛ぶ。


「────────踊れ風よ、輝け光よ!────────『世界収束結界陣マイトアトラス』!!」


 シヴィルにとって最終奥義と言える、無数の光の刃。これらが全方向から襲い掛かり、光の竜巻となって敵の全身をズタズタに引き裂く。


 やがて光の奔流は遥か天上へと駆け昇り、そこには────────誰の姿も無かった。


「────え?」


「────残念。こちらですよ」


 シヴィルが全力を以って放った奥義はゴールドフィールドを捉えていなかった。シヴィルには何が起きたのか、全く分からなかった。


「良い技でしたが、実は私は『イリュージョン』が得意でしてね。そこに私はいなかったのですよ。そんなわけで。次はこちらから仕掛けさせてもらいますよ」


 シヴィルより離れた場所、負傷したアステリオスと最初に話をしていた場所に立っている。ゴールドフィールドの左手が赤く光る。


「────『抜魂(ソウルスティール)』」


「────────────────」


 シヴィルは立ったまま、死んだ。

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