第二話 魔剣士
柳生連也が召喚されてから、一週間が経過した。
隣国のロンバルディア同盟が召喚したという『賢者』に対抗する為、一騎打ちを挑む一騎当千の猛者を冒険者の中から選抜。
「栄えある帝国第三軍に新たに『参謀長』を置く事となった。今回の参集により最も優れたる武を示した者をここに任命する!」
ビザンツ帝国帝都『キャメロン』の中心に聳える帝国要塞『コルムーン城』。その威容はエウラシア中央大陸で最大規模と謳われ、帝国第三軍の営舎も中庭に配されていた。
兵営舎の公会堂の玉座に皇女であるクーナの姿があった。その両脇に第三軍副将軍ゲオルグ・オズワルド・バウハーンと柳生連也が立つ。
「Sランク冒険者パーティー『白銀』の一人。『魔剣士』シヴィル・ローズウッド殿」
「はっ!」
クーナの呼びかけに応じ、一人の冒険者が片膝を付く。
周囲に並び立つ兵士たちは、その姿を見てひそひそと囁き合っている。
「見ろよ。エルフだぜ」
「しかも女だ」
「初めて見た」
「いや、褐色の肌をしている。ダークエルフってヤツじゃないか」
「しかし金髪じゃないか」
エルフ、あるいはダークエルフ。
尖った耳を持ち、美しい外見を持つ亜人であり、生息地は主に森林である。
人間社会では滅多に見かけない亜人だが、稀に冒険者として各地を旅している者がいる。他民族国家であるビザンツ帝国ではいくつかの集落を形成している。
「魔剣士だってよ」
「レアクラスじゃないか」
この世界において『魔剣士』とは、剣と魔法を両立して戦えるという、『勇者』に近いクラスである。『勇者』との違いは『女神の加護』という特別な恩恵が無い事で、毒物耐性や呪いへの耐性、病気耐性などのスキルが無い。
しかし一方で攻撃力に関しては『勇者』を上回っており、攻撃力に能力を全振りしたようなクラスと言える。
「皆の者、傾聴!」
ゲオルグの一喝が公会堂に轟き、兵士たちの囁き声が鎮まる。
「シヴィル殿。面を上げよ。皇女殿下の下知である」
シヴィルが目線を上げると、エルフ特有の美貌が露わになる。髪の毛は金髪で総髪にまとめ、背中から床に届くほどに長い。白銀に輝く金属鎧は腕や足など可動部においては革鎧となっており、背中に巨大な両手剣を背負っている。
そして上腕や太腿など一部の肌は露出しており、その肌色は褐色であった。エルフは金髪であるが肌は白く、ダークエルフは褐色の肌をしているが銀髪である。
「……金髪のダークエルフとは珍しい。いえ、褐色のエルフなのかしら?」
「私はハーフです。ハイエルフとダークエルフの」
「それは分類上、どちらになるのかしら」
「さて、自分でも分かりません。父はハイエルフで、母がダークエルフでした。しかし育ったのはダークエルフの里になります。ハイエルフは帝国の北方に住み、ダークエルフは南方に住んでおります」
「へぇ…それは面白いわね。ところであなたは今回の選抜試験において、他を寄せ付けない圧倒的な力量を示したわ。特にその剣……随分と珍しい形をしているわね」
「これは『機甲剣ハスクバルナー』と申します」
その言葉に連也が反応した。
「皇女殿下。口をはさんでもいいだろうか」
「いいわよ」
「悪いな。俺は『七英雄』の一人、柳生連也という。その剣は相手の剣を破壊するためのものだな」
「よくぞご存じで、英雄殿」
「そいつの機構はちょっと見覚えがあってな。刀身の周囲を鎖鋸という多数の小さな刃がドライブし、対象物を削りながら斬るという兵装だ。魔力を動力源としている為、『魔剣士』にしか扱えないという古代アーティファクトのひとつだ。俺がいた世界では『チェーンソー』なんて呼ばれる」
「その通りです。この『機甲剣ハスクバルナー』と鍔迫り合いになれば普通の武器であれば、ほぼ確実に使用不能に陥ります。対人戦闘においてこの剣に勝る武器はあまり多くないでしょう」
「そいつに対抗できるのは、聖剣魔剣の類だけだろうな」
「まさに仰る通りです。この剣を扱えるのは世界広しと言えど、この私しかおりませぬ。故に、Sランク冒険者でも対人戦闘においては私より優れる者はまずいないと自負しております」
実は、魔剣士シヴィルは連也を挑発している。
クーナやゲオルグも強いが、この『七英雄』に対して興味があった。単純に、この男が一番強いと思ったのだ。長年の冒険者としての勘であった。
「英雄殿。まずは我が力を御覧いただきたい」
「ほう。どうしたいんだ」
「手合わせ願いたい」
その一言に、場内に一気に緊張が走る。
「シヴィル殿!あなたの力はこの私が既に見届けています!」
これに反応したのはクーナであった。
クーナは軍人教育を受けたエリートで、皇女という立場にありながら戦闘面における実力も高く評価されていた。
彼女は戦闘では主にビザンツ帝国軍正式採用の軍刀『M3型ドレスソード』と呼ばれるレイピア状のショートソードを用い、副兵装としてバックラーを左右の腰に一対下げるというスタイルを取る。
「この場は任命式であって、決闘の場ではありません」
「では、この件は無かった事にしていただきたい」
シヴィルはそんな事を冷めた表情で言い放った。一国の皇女に対して取る態度では無かった。当然、周囲の兵士たちは色めき立つ。
「なんという不敬!」
「何様だ!」
しかし兵士たちは誰一人として動かない。口だけである。既に彼らはシヴィルの実力をその目で見たのだ。だから口では何とでも言えるが、実際に行動に出る者はいない。
だが、決闘を挑まれた当の本人は涼しい顔をしていた。
「面白いな。才ある者というのは、誰よりも負けん気が強いものだ。自分が認めた相手でなければ、その下に就こうなどとは思わないよな」
連也はゲオルグの腰を見た。
「ゲオルグ卿。剣を貸して欲しい」
「……皇女殿下。如何なさいますか?」
「……はぁ。分かった。好きになさい。シヴィル殿、あなたも立っていいわよ」
「借りるぜ」
ゲオルグから剣を受け取った連也は、その感触を確かめながらシヴィルに対面する。シヴィルも軽く一礼して立ち上がり、背中の両手剣を引き抜いた。
シヴィルの身長はおよそ175cm前後、両手剣も同じ程度の長さがあった。おそらく相応の重量があるだろう。それを軽く抜くとは、相当の筋力を備えている証と言えた。
「その両手剣を振れるってだけで、とんでもない膂力の持ち主だってのが分かるぜ」
「それはどうも。英雄殿が選んだ剣は、どうやら普通の剣のようですな。武器の差で負けたなどと後で泣き言を言わないように願いたい」
「言うね。問題無い。ゲオルグ卿、合図を頼む」
「よかろう。では殿下。始めさせてもよろしいですかな?」
「ええ。始めてちょうだい」
「はい……それでは、始め!」
ゲオルグ卿の合図と共に、両者が構えを取る。シヴィルは上段。連也は八相の構えである。本来は片手剣であるゲオルグのブロードソードを、両手で構える。両手で構えるようには作られておらず、一方の手は柄頭に沿えている。
「……」
シヴィルの顔に汗が伝う。これは冷や汗なのか、それとも興奮か。
上段に構えるシヴィルの意図。
これは『機甲剣ハスクバルナー』の回転刃により、一撃で相手の受けの剣を破壊しようというものだ。
日本の剣術であれば『示現流』の『蜻蛉の構え』に近い。
しかし、シヴィルはその最初で最後の一撃をなかなか放てずにいた。
初動には必ず、踏み込みが発生する。
だが連也はその僅かな体重の移動を察知し、機先を制するように剣先の僅かな動きで牽制を仕掛けていた。リーチはシヴィルに圧倒的に分があった。それでも動けない。単純に剣の重量が、連也の方が圧倒的に軽い為である。おそらく踏み込む速度は連也に分があるからだ。
つまり、初手を外せば必ず連也に懐に潜り込まれる。
それを無力化するのが『機甲剣ハスクバルナー』であるのだが、シヴィルの想像の先には、連也の繰り出す剣が無数に視えるという現象が発生していた。達人は相手の動きの機微を読み、空間の認識能力によって立体的に対処方法を講じる。
「(私は初手に全てをかける。振りかぶった瞬間、あちらが先に踏み込む。剣が届く距離に間合いを詰めるだろう。あちらのリーチで先に届くには、突きしかない。それを剣ごと叩き潰す!)」
実際にそんな事を一瞬で考えたかどうかは定かではないが、この読み通りの展開となった。
「ふッ!」
連也はシヴィルが両手剣を振りかぶる一瞬、一歩の間合いを詰めた。剣術における一歩はおよそ1メートル。ブロードソードの長さはおよそ90cm程度である。
連也の持つブロードソードとシヴィルの持つ『機甲剣ハスクバルナー』の差は175cm-90cmで約85cmであり、連也とシヴィルの身長差は僅かに5cm程度。
つまり、大雑把に考えれば、80cmほど間合いを詰めれば相打ちとなる。
これは連也の踏み込みが10cmほど深い事になり、連也の放つ突き技がシヴィルの初撃より早い事になる。
しかし、これをシヴィルは想定していた。
「────貰った!!」
────チュイーン!────
果たして、『機甲剣ハスクバルナー』は甲高い機械音と共にブロードソードとかち合った。
────ガイン!────
ブロードソードは弾かれ、連也の手から中空に舞う。
「やるな!」
しかし連也は剣を弾かれたのでは無かった。
「────なッ!?」
同時に、『機甲剣ハスクバルナー』も弾かれていた。剣から手こそ離れてはいなかったが、上段から振りかぶった筈の一撃が頭上に跳ね返され、シヴィルの態勢が仰け反る。
連也の間合いが、いつの間にか下がっている。
「(でも剣をうしなっている!私の勝ちだ!)」
態勢を崩したシヴィルだが、再び上段から剣を振ろうとする。連也は既に無手である。
振り抜けば勝てる。それどころか殺してしまう。弾かれていなければ寸止め可能であったが、一度崩れた態勢を立て直して振りかぶる為、手加減は出来なかった。
「(これで死ぬような相手の下で働くつもりは無い!)」
シヴィルは知らなかった。
『柳生』という名の、『活人剣』の技を。
「────そんな、馬鹿な」
「教えてやろう。これが『柳生新陰流』────『無刀取り』だ」
────チュイーン!チュイイイイイイン!!────
虚しく回転を続ける『機甲剣ハスクバルナー』であった。刀身の非回転部を両手の手の平で挟みこまれ、絶対の自信を以って放たれたシヴィルの一撃は止められた。
「ぐッ!────それならば、このまま力押しで!!」
男である連也よりも女性であるシヴィルの方がより細身であり、外見から見れば単純な筋力は劣っているように見える。だが、シヴィルの膂力は人間の一般男性を遥かに凌駕し、いくら『七英雄』である連也でも、単純な力比べではシヴィルに分があった。
「力は凄いな!」
しかしここから、連也は後ろに倒れ込む。
「────がッ!?」
倒れ込むと同時に片足が跳ね上がり、シヴィルの鳩尾を蹴り上げる。白銀の金属鎧によって大したダメージは入らないが、そのまま連也の後方へと投げ飛ばされてしまう。同時に『機甲剣ハスクバルナー』から手が離れてしまっていた。
「ふう。一歩間違えれば死んでたぞ。ちなみに今のは普通の『巴投げ』だ」
立ち上がった連也は奪い取ったハスクバルナーの切っ先を、倒れ込んでいたシヴィルの首元に突き付けていた。
「どうだ?これで俺を認めるか?」
「────参った。私の負けだ」
────────うおおおおおおおおおお!!────────
シヴィルが負けを認めた事で場内の緊張が解け、兵士たちの歓声が周囲に木霊する。
この出来事は後の世に吟遊詩人ハイオーラによって戯曲『聖王記』の一節となり、永く語り草となる。