第一話 皇女とサムライ
「それであなたは、一体何が出来る人なのかしら?」
大聖堂の応接間にて、クーナとゲオルグとサルディーン神殿長、そして柳生連也がソファに座って会談を行っていた。
ビザンツ帝国第二皇女クーナ・ルネストラ・アルケウディスは亜麻色の長い髪の毛を持ち、帝国内でも一二を争う美貌の持ち主であった。
赤い軍服に身を包み、肩章に飾り糸が施されている。飾り糸は帝国軍士官の身分を現している。
身長は160cm前後でスタイルは良く、少し勝気な顔立ちではあったがそれは軍人的な生真面目さが表情に現れているだけであり、笑顔を見せれば誰しもが振り返るであろう美しさを備えていた。
「まあそんなに急かすな。可愛い顔が台無しだぞ。茶菓子でも食べながら、笑顔で話をしよう」
召喚されし『七英雄』の『八人目』、己を『サムライ』と名乗った青年、柳生連也。黒い髪は長くもなく短くもなく、背格好はクーナより頭一つ分は高いが細身で、黒い細身のズボンと白いボタンダウンシャツというシンプルな装いであった。
かつて日本の戦国時代~江戸時代に存在した『侍』を名乗っておきながら、服装は現代的であった。
「ちゃんと答えて」
「しょうがないな……俺はいろいろ出来るぞ」
「いろいろって何?曖昧な説明しないで」
「……なあ、あんたのお姫様は、なんだか堅物じゃないか?」
「軍人だからな。しかしおぬしは気さくだな」
「よく言われる」
「いいから早く答えなさい」
「皇女様、『七英雄』について何処まで知っている?」
「一般的な知識は知っているわ。『八人目』がいるなんて知らないけど」
「だろうな。『勇者』だの『賢者』だの、それは単に女神が力を与えるにあたってパターン化しただけの話でな。そういう召喚システムに過ぎない」
「システムって何?」
「つまり、女神が力を与えたのが『七英雄』のクラスだ。だが『サムライ』というクラス名はこの世界には存在しない。そんな力もない。だから俺は女神に力を与えられていない。女神に義理も責任もない」
「意味が分からないわ」
「他の七人とちょっと違うって事さ」
「そうなの?……それで最初の質問。結局、何が出来るの?」
「意味が伝わるかどうかは分からないが、『サムライ』の範疇に納まる事なら大抵の事は出来るぞ」
「だから、それが分からないって言ってるでしょ!」
「うーん、分からないか。そうだなぁ。例えば『勇者』は剣が使え、魔法も使えるんだろう?」
「ええ、そうでしょうね」
「俺もそれと同じだぞ。剣が使えるし、槍も使える。弓も使える。治水工事や金勘定も出来る。そもそもお前、俺をどういう了見で呼び出したんだ?何がして欲しかったんだ」
「それは、当面は第三軍の改革を手伝ってもらおうかと思って」
「それは『七英雄』にやらせるべき事なのか?」
「うっ…そう言われるとちょっと違うかも知れないけど」
「英雄を呼ぶ。それは『救って欲しい』からだろう」
「それは確かにそうあるべきでしょうな」
「分かるね、おっさん」
「……あなた、本当に無礼よね」
「英雄ってのは世界を救うヤツの事だ。私たちの国を救って下さい?何からだ?同じ国の他の勢力からです、って?そんなもんは自分たちで何とかしろ」
「……実はこれはまだ確たる証拠は無いのだけど、隣国のロンバルディア同盟が第六軍をそそのかしているらしいのよ」
「第六軍?何だそれ」
「我がビザンツ帝国軍は第一軍から第六軍まであるわ。第一軍がエリートで構成され、主に貴族による構成。第二軍はエリートだけど平民出身者。私たち第三軍は新兵や予備役、退役軍人などの訓練が主で、帝都の守備隊としての側面もある。第四軍から第六軍は地方管轄軍で、第六軍は東南のロンバルディア同盟との国境地帯が管轄よ」
「ふむ、それで?」
「そのロンバルディア同盟がウチにちょっかいをかけてきたのが3か月くらい前。ちょうど『賢者』が召喚された時期」
「ほう。その『賢者』の仕業か」
「私たちはそう睨んでいる。世界を救った『七英雄』が、まさか敵になるなんて思いたくはないけど。でも状況的には、それが妥当な判断かと思う」
「つまり、同じ『七英雄』に対抗したいと?」
「そうなるわね…そんな事言ったら協力してくれないと思ったのよ」
「いいぜ」
「……えっ?」
「協力しよう。『七英雄』がお前の前に立ち塞がるのであれば、俺が対処してやろう」
どんな心変わりなのか、急に連也は態度を変えた。
「でもあなたも同じ『七英雄』なのでしょう?仲間と戦えるの?」
「仲間じゃない。『八人目』が何故存在するのか。その答えをお見せしようじゃないか」
「当初考えていたシナリオとは違ったけど、協力してもらえるなら良かったわ。これからよろしく。レンヤ」
「ああ、任せろクーナ」
「皇女殿下と付けんか」
「いいのよゲオルグ卿。私たちは対等な関係になるのだから」
「そうですか。殿下がよろしいのであれば」
「そうと決まればまずは武器を調達したい」
「武器…ってあなた、何でも使えるんでしょう?」
「そりゃあな。しかしやはり『勇者』に聖剣があるように、『サムライ』には刀が必要だ」
「…かたな?」
「湾曲した剣だ。通常の剣より反りがある分、叩きつけるよりも引いて切り裂く為の剣だ」
「帝国お抱えの鍛冶師に作ってもらいましょうか」
「…いや、製造方法がまるで違う。製鉄方法から違っていて、砂鉄から作られる。恐ろしく手間のかかる製造方法で、こちらの世界に『サムライ』がいないならば刀も無いし、当然ながら製造方法も無いだろう。自分で作るしかない」
「自分でって、あなた自分で剣が打てるの?」
「女神が用意してくれたなら良かったんだが、どうやら俺には何の加護も無いらしい。全くの丸腰で放り出しやがった。知識も経験も『サムライ』としてこの身に宿っているから作れるっちゃあ作れるんだが、一人では難しい仕事だ。だから優秀な鍛冶師を数人見繕って欲しい」
「それはいいけど、どのくらいの時間が掛かりそうなの?」
「そうだな…およそ3か月」
「は?バカじゃないの?」
「何を言う。むしろ短いくらいだぞ」
「折角呼び出したのに、いきなり3か月もいなくなるつもり?」
「いや、朝から日が暮れるまでは鍛冶仕事だが、夜に他の仕事もやろう」
「いきなり不安になるような提案しないでちょうだい」
「あのなあ。相手は『七英雄』だぞ?出来合いの武器で対抗できると、本気で思っているのか?」
「…それは、分からないけど」
「まず無理だ。何の対策もせずにいれば、初見でいきなり死ぬぞ。何も出来ずにな。それだけ手強い連中が『七英雄』だ。だから最低限、俺の性能が発揮出来る武器は揃えなくては戦えない」
「…確かにそうかも知れないわね」
「あと、普通の人間には絶対に『七英雄』と戦わせるな」
「…何故?」
「必ず何も出来ずに殺されてしまうからだ」
「どういう事?一騎当千の兵だとしても、数で押せばいつかは倒れるのじゃなくて?」
「英雄とは、たったの一人で万の軍隊と同等の戦力を持つ。数で対抗しようとしても無意味だ。それだけの力を持っている。『神』に人間が数でかかっても、絶対に勝てないのと同じだ」
「でも相手から襲い掛かってきたら、どうしようも無いじゃない」
「逃げろ。国境線が下がってもいいから、必ず逃げろ」
「ええ…それでは戦略的には負け続ける事になるわよ」
「そうだな。だから3か月、俺の準備が整うまで撤退を繰り返せ。敗走では無い。戦略的撤退だ。じりじりと戦線を下げる場合、敵は滅多やたらに進軍速度を上げる事は出来ない。向こうもじりじりと注意深く進軍する事になる」
「はあ……ゲオルグ卿。どう思う?」
「そうですな……一人の将としては無様もいいところですな」
老将軍は溜息を吐いてクーナの問いに応じた。
「しかし、第三軍しか現状動かせません。であれば、新兵と予備役だらけの第三軍を無駄に損耗させるのも如何かと思います。撤退戦を繰り返すとして、最後に逆転する策が無くてはなりませんな」
「相手は『賢者』なのだろう?おそらくは病的にまで慎重だと思うぞ。少なくとも突撃してくるような性格はしていないだろう」
「それでは答えとしては不十分だな」
「だから『賢者』が出てきたら、俺が相手をする。それには充分な対策が必要だ。武器もそうだが、ヤツの『切り札』を無効化しなくてはならない」
「切り札?そんなものがあるの?」
「ああ。とんでもなく厄介な切り札を『賢者』は持っている。その対策が無い以上、逃げの一手しか無い。そして残念な事に、この対策とは、誰かが犠牲になる必要がある」
「犠牲?何をしようと言うの?」
「いいか。戦えば万の兵隊だろうと、必ず初見で全てが死ぬ。だから、最低限の犠牲で済ませる。つまり、一騎打ちだ」
「一騎打ち?それはまた古典的な。相手が応じなければ意味が無いわよ」
「これは『賢者』が必ず初見で相手を殺す切り札を持つから、成り立つ戦術だ。必ず勝てるという自信が『賢者』にはあるだろう。だから万の兵隊だろうと、一騎当千の兵と一騎打ちだろうと、『賢者』にとってはさして変わらないんだ」
「よく分からないけど、それならそれでこちらは必ず一人の犠牲者を出すのよね?私は誰かに『死んでくれ』と命じなくてはならないわ」
「そうだ」
「……ちょっと。それが策なの?お粗末すぎるわ」
「神殿長、ちょっといいか」
「な、なぬ?」
今までソファの後ろで黙って突っ立っていたサルディーン神殿長が、急に話を振られて狼狽えていた。
「人が死んだとして、神聖魔法で生き返らせる事が出来る筈だな」
「そ、それはそうだが。しかし無暗に出来るものでは無いし、せいぜい一日に一人しか生き返らせる事は出来ないぞい。それもこの大聖堂の神官の力を結集して、ようやく一人じゃぞ。それに死んで30分以内で無くてはならない」
「可能だな。撤退しながら生き返らせろ」
「無茶な事を言うな。それが可能だとして、そんなもんは一度しかやれんぞい」
「一度だけでいい。一騎打ちは一度だけでいい。あとは全て全力で撤退だ」
「それならば……しかしじゃな。『賢者』は四大属性魔法を極めし者じゃ。その切り札とやら以外にも、攻撃魔法がバンバンと飛んでくるんじゃなかろうか」
「そりゃまあ、飛んでくるだろうな」
「ちょっと、それじゃ他に犠牲者が出るじゃない」
「第三軍の術士は総出で防御魔法を展開し、全力で『賢者』の攻撃魔法を防御しろ。『賢者』が非常に強かなヤツならば、向こうも全力で逃げに入ってる相手にいつまでも攻撃魔法を打ち続ける事はしないだろう。自分の身が可愛いからだ。自分の精神力を無駄に消耗したいと思わないだろう」
「…本当でしょうね」
「多分な。今から過剰に心配しても仕方がない。やれることをやっていくしかない」
「ふう、分かったわ。それで次。『かたな』というものを作るのはいいとして、他に夜にも仕事をするって言ったわよね。具体的には?」
「一騎打ちをするには、強力な一騎当千の兵が必要だ。そこのゲオルグ卿は適任だが、指揮官が真っ先に死んだら軍が瓦解するからな。出来れば他の者がいい」
「それはそうね。ゲオルグ卿の代わりは中々いないわね」
「そこで、人材を募集する」
「なるほど…ようやく私が理解できるマトモな案が出てきたわ」
「失礼な。まるで俺が頭おかしいヤツみたいじゃないか」
「おかしいのよ!」
「そうか?至ってマトモな提案ばかりだと思うんだが…」
「撤退を続けろなんて言う指揮官はマトモじゃないわ!」
「俺は指揮官じゃないからな…まあそんな事は些細な問題だ。人材募集の話をしようぜ」
「英雄なのに外道すぎるでしょ…」
「戦争なんてものは外道のする事だぞ?」
「言いえて妙というヤツですな」
「おっさんはよく分かってるじゃないか。それで人材の募集だが、第三軍は教導軍だと言ってたな。それならば国内の兵役志願者は必ず第三軍に入るんだな?」
「そうなるわね。だから募集は常にしているわ」
「ふむ、それで、一騎当千の兵はいるのか?」
「……いない、わね」
「いませんな」
「だろう?普通はそんなもんだ。兵とは数だ。一騎当千などというものは本来は必要ない。軍は平均を尊ぶ。だから軍の訓練とは、必ず平均的な能力を持つ兵を育てるカリキュラムになっている」
「あなたの策、いきなり破綻しているじゃない」
「だから新たに募集をしなくてはならない訳だ。しかも今まで通りでは意味が無い。俸給目当ての従来通りの徴兵で強者は来ない。何故なら、刺激が足りないからだ」
「刺激って…もしかして頭おかしいあなたの理屈じゃないの?」
「有能な人材というものは、自分の能力を全力で発揮したいものだ。活躍したいんだよ。だから普通の兵士と同じ給料では見合わない。良い人材には良い報酬を用意しなくてはならない。例えば、地位とかな」
「地位って、つまり貴族とか?」
「軍隊だから階級だな。上級将校として抜擢するべきだ。しかも『七英雄』を相手に出来るような人材となれば、それこそそこのゲオルグ卿と同程度の地位が保証されてようやく手に入るものだろうぜ」
「……それはさすがに無理よ。皇女である私のすぐ下って事になるわ」
「現在の階級制度では無理って事だろ。それならば、新たに作ればいい」
「作る?階級を?」
「そうだ。軍の階級とは、そのまま隷下の規模を指す。それを崩せない以上、部下を持たない上級将校という待遇を用意するしかないだろう。なあに、ほんの数人の話だ。皇女殿下の立場があれば、そのくらい造作もないだろう?」
「……あまり地位を乱用するべきものじゃないわ。まあ今回はしょうがないけど」
「決まりだ。そうと決まれば具体的な徴兵の方法を考えよう。帝国には『冒険者ギルド』はあるか?」
冒険者ギルド。
魔族があふれだしたのがダンジョンであったように、この世界では各地にダンジョンと呼ばれるものがある。多くは地底深くまで続く大迷宮で、最深部は異界へと繋がっているとされている。
それら各地のダンジョンには貴重な財宝が眠っており、それらを目指して探索を行う『冒険者』という生業が成立している。現代の価値観で当てはめれば、日雇い労働者に近いかも知れない。
それら『冒険者』に仕事を斡旋しているのが『冒険者ギルド』である。
「ええ、当然あるわ。帝国内にもダンジョンはいくつか存在しているし、そこそこ多くの冒険者が活動しているのよ」
「よし。一騎当千の強者は、そういった冒険者の中にいるだろう」
「……そう言われればそうね。平均は期待出来ないけど、ピンからキリまでいると思うわ」
「冒険者ギルドに募集をかけろ。そうすれば多くの人材から応募があるだろう」
「ええ、分かったわ。すぐに手配しましょう。ゲオルグ卿、城に戻りましょう」
「そうですな。鍛冶師の手配も致しましょう」
「一定の募集が集まったら実力を競わせて振るいにかけろ。最終的に残った者を採用しよう。三か月の間、募集を続けてくれ」
こうして召喚された柳生連也はビザンツ帝国第三軍の改革と、他の『七英雄』の一人である『賢者』との戦いの準備を始める事になったのである。