プロローグ
かつて世界には『七英雄』と呼ばれた救世主たちがいた。
『勇者』
女神の加護を持つ者。聖剣の力と膨大な魔力量を持つ。
『聖騎士』
聖剣と光の盾、光の鎧を持つ。その防御力は七英雄一である。
『竜騎士』
幻想種ドラゴンの脅威に対抗出来るドラゴンスレイヤー。聖槍の使い手。
『弓騎士』
聖弓の射手。森林戦や山岳戦に強い。
『剣聖』
剣術を極めし者の称号。近接戦闘においては勇者をも凌ぐとされる。
『聖女』
女神の使徒であり、神聖魔法の扱いに長ける。回復魔法や支援魔法に秀でる。
『賢者』
神聖魔法を除く四大属性魔法を極める。主に魔族が扱う闇魔法にも精通する。
その伝説は女神教会によって言い伝えられ、世界に危機迫る時、再び現れて人々を救うのだとされている。
エウラシア中央大陸の東端に出現したダンジョンから溢れ出た魔族が軍事国家ティウナを滅ぼし、近隣諸国を蹂躙して10年が経過した。
魔族は大陸の東をほぼ占領したが、大陸の中央を南北に聳える中央山脈が防波堤となり、侵攻はそこで止まった。
西側にある七つの国家は女神教会に伝わる『七英雄』の伝説に縋り、各国がそれぞれ一人ずつ『七英雄』を召喚する事とした。
そんな国の一つ、西側最大領土を誇るビザンツ帝国で『三人目』の召喚儀式が行われていた。
「いいわね、あなたたち!この召喚は絶対に成功させるわよ!」
長い亜麻色の髪の毛を持ち、赤い軍服を着た少女は大聖堂の中央祭壇で声を張り上げていた。
周囲には帝国の女神教会の神官たちが祭壇に両手を翳し、詠唱儀式を行っていた。
「既に隣国ノープル王国では『勇者』が召喚され、ロンバルディア同盟では『賢者』が召喚されました。滅亡寸前とまで言われたノープル王国は僅か1年で立ち直り、ロンバルディア同盟も僅か3か月で経済の立て直しが進んでいます」
儀式を行う神官たち以外にも、多くの帝国貴族たちが参集されている。
「我がビザンツ帝国も図体は大きくとも六つの軍が互いに反目し、足並みはバラバラ。いつ内戦となっても不思議ではない状況にあります。しかし!先の二か国が『七英雄召喚の儀』によって立ち直りつつある事から分かるように、我が国のこの状況も『七英雄』を迎えれば、好転すると確信しています!」
「今回の『七英雄召喚の儀』はこの私、ビザンツ帝国第二皇女クーナ・ルネストラ・アルケウディスが執り行う!我が名にある『聖人ルネストラ』は女神教会の伝承によれば『至高剣アーメドムルケーノ』をこの地上に遺しました」
ビザンツ帝国皇帝には世継ぎとして二人の皇太子と三人の皇女がいた。
第二皇女クーナ・ルネストラ・アルケウディスは二人の兄と同じく軍人として教育を受けており、
若干17歳という若さで上級将校に任官していた。
「そして今、我が手にあるのがその『至高剣アーメドムルケーノ』です。帝国の宝と言われるこの剣があれば、『七英雄』の誰かを召喚出来るのです!」
祭壇の中央に抜き身の至高剣アーメドムルケーノを置き、一息吐いた皇女は祭壇に向き合う。
帝国貴族の中から一人の老将が皇女の隣に控えた。
「皇女殿下。既に『勇者』と『賢者』は他国に召喚されておりますから、此度の儀によって召喚されるのはおそらく『聖騎士』『竜騎士』『弓騎士』『剣聖』『聖女』のいずれか。しかし触媒となるのが『至高剣アーメドムルケーノ』であれば、おそらくは『聖騎士』か『剣聖』が有力でしょうか」
「来ていましたか、ゲオルグ卿。帝国第三軍の将軍としてはどちらがご希望ですか?」
「第三軍は所詮は教導軍ですからな。新兵と予備役ばかりで帝都防衛の常備軍に過ぎません。どちらが来られても、宝の持ち腐れになるでしょうな」
「歴戦の猛将ゲオルグ・オズワルド・バウハーン卿。そんなお方が私の下に付くなんて、この国の人事はあまり危機感が無いようです。この『至高剣アーメドムルケーノ』も帝国博物館で死蔵されていましたからね…」
「皇女殿下が第三軍の改革を志しておられるのは理解しているつもりです」
「頼みにしています。これで『七英雄』が加われば、『お飾り第三軍』なんて言われずになると期待しています」
「そうですな。某も期待はしております…っと、どうやらそろそろ大詰めのようですぞ。祭壇に捧げられた『至高剣アーメドムルケーノ』が光を放っております!」
祈りを捧げていた神官団の一人、サルディーン神殿長が目を見開く。
「おお!女神アリエステよ!我らの願い、聞き届け給え!『七英雄』の魂よ!我が前に姿を現せ!!」
その時、巨大な光の柱が大聖堂から天空を貫いた。
巨大な光の柱は成層圏の上、中間圏のさらに上にある熱圏にあるという電離層を歪曲し、別次元から一つの魂を呼び寄せる。
悪魔を召喚するには己の魂を捧げ、神を召喚するなら自身の肉体を捧げるのと同じく、何かを呼ぶなら何かを犠牲にしなくてはならない。
そのための『至高剣アーメドムルケーノ』であった。
世界に一つしか存在しない伝説級アーティファクトと引き換えに、英雄級の魂を呼び寄せる。これが『七英雄召喚の儀』の正体である。
「ああっ!アーメドムルケーノにヒビが!?」
皇女の目には、至高剣アーメドムルケーノの刀身に亀裂が走っているように見えた。やがて刀身は強烈な光を発し、皇女の目を焼いた。
「皇女殿下!危ない!!」
至高剣アーメドムルケーノは爆発し、ゲオルグは咄嗟に皇女の前に立って四散したアーメドムルケーノの残骸を背中で受けた。ここに至高剣アーメドムルケーノは、永久に失われたのである。
「皆の者!召喚は成功じゃ!『七英雄』の誕生である!!」
サルディーン神殿長の声が大聖堂に轟く。
視力の回復した皇女の目に、祭壇に立つ一人の青年が映る。
「……ここは、何処だ」
青年はどうもこの国の人間とは違う人種のようだった。ビザンツ帝国は多民族国家だが、俗に『西側種族』と呼ばれる人種構成である。
しかし青年は、『東側種族』と呼ばれる黒髪の人種に似ていた。
その青年を見つめていたサルディーン神殿長の顔が、次第に青ざめていく。
「……お前は『七英雄』の誰なのだ?」
その問いに、その場にいた大勢の帝国貴族たちは困惑する事になる。女神教会の神官は女神の加護により『アカシアの記録』に触れ、対象の人物の種族・クラス・レベルなどのステータスを知る事が出来る。
隠蔽などのスキルがあればステータスを隠す事は出来る。
「七英雄はステータスの称号に『勇者』や『賢者』と記される。しかしお前はクラス名は記されていないではないか!」
その青年のステータスのクラス名は『■■■■』と塗りつぶされている。
「俺のクラスはこの世界では表記出来ない。その言葉に該当する名が無いからだ」
黒髪の青年は静かに疑念に答える。
「あなたは一体、何者なの?名前は?」
「俺の名は…柳生連也だ。クラス名は『サムライ』という。この世界には該当名が無い。しかしこれが異世界転生とかいうヤツか。実に面白い現象だ。女神にある程度は聞いている」
ここに『七英雄』の『八人目』、柳生連也はエウラシア中央大陸に召喚された。